気楽おっさんの蓼科偶感

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2019年 01月 05日

いかにもブーレーズといったコアな作品群を聴く

2019年1月5日(土)

 NMLではピエール・ブーレーズが指揮した11枚が新たに珍しく大量配信され、ライブラリーに加わっている。これはブーレーズが亡くなって今日でちょうど2年ということからなのだろう。
 それにしてもストラヴィンスキーを中心に自作曲も含め、いかにもブーレーズといったコアな作品群が並ぶ。オケも手兵のクリーヴランド管弦楽団以外に ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、シカゴ交響楽団とさすが超一流どころが揃い、聴きごたえ十分である。でもこれを聴きこなすには相当の覚悟がいるのも一方では事実であるけれども、せっかくの機会でもあるので今日は一度チャレンジしてみようと思う。
 で、まず比較的入りやすい音楽からということで、やはり「ペトルーシュカ」あたりからということになる。ただ生理的にどうしても受け付けないシマノフスキだけは最初からオミットしておこう。

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⊛ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」/「春の祭典」(クリーヴランド管)
⊛ストラヴィンスキー:歌曲集(ブリン=ジュルソン/シャーリー=クァーク/マレイ/アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
⊛ブーレーズ:レポン/二つの影の対話(ダミアン/アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
⊛ストラヴィンスキー:管楽器のための交響曲/詩篇交響曲/3楽章の交響曲(ベルリン・フィル)
⊛ストラヴィンスキー:幻想的スケルツォ/カンタータ「星の王」/交響詩「ナイチンゲールの歌」/組曲「兵士の物語」(クリーヴランド管)
⊛リゲティ:エチュード第1番「ハーモニー」/アヴァンチュール/3つの小品(コンタルスキー兄弟/アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
⊛ラヴェル:シェエラザード/クープランの墓/ドビュッシー : フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード/2つの舞曲(オッター/ハーグリー/クリーヴランド管)
⊛シマノフスキ:/ヴァイオリン協奏曲第1番/交響曲第3番「夜の歌」(テツラフ/ウィーン・フィル)
⊛マーラー:嘆きの歌/ベルク:歌劇「ルル」組曲(プロハスカ/レシュマン/ラーション/ウィーン・フィル)
⊛ヴァレーズ:アメリカ/アルカナ/砂漠/イオニザシオン(シカゴ響)
⊛ブーレーズ:デリーヴ II/二つの影の対話/メモリアル/アンテーム II(ダニエル&マイケル・バレンボイム/IRCAMライブ・エレクトロニクス・アンサンブル)



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d0170835_10295738.jpgブーレーズは70年大阪万博の時45歳で、ジョージ・セル率いるクリーヴランド管弦楽団に帯同来日しているが、当時は首席客演指揮者の地位にあったがまださほど有名ではなかった。セルがベートーヴェンの「英雄」モーツァルトの40番などを披露したが、そのときのブーレーズが指揮した演目は以下の通りで、当時から、いわゆる独自の世界を形成していた。なお彼は4年後の1974年9月にも、レナード・バーンスタインがニューヨーク・フィルを率いて来日公演した時にも同楽団の常任指揮者として同行している。先輩バーンスタインがマーラー5番を興奮気味にぶちかましている横で、そのときにもキルクナーの「管弦楽の為の音楽」やウェーベルンの「管弦楽の為の6章」といった普段耳にすることがない珍しい楽曲を披露している。


1970年5月17日:フェスティバルホール
ワーグナー:パルシファル、第1幕への前奏曲
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番(VN/ダニエル・マジェスケ)
ドビュッシー:管弦楽の為の映像

1970年5月18日:フェスティバルホール&5月24日:東京文化会館
シューベルト:交響曲第2番
ドビュッシー:海
アイヴス:ニューイングラドの三つの場所
ストラヴィンスキー:火の鳥、組曲(1910)


by kirakuossan | 2019-01-05 08:58 | クラシック | Trackback
2018年 12月 30日

続・指揮者100選☆21 二人のメキシコ人指揮者バティス&マーター

2018年12月30日(日)

d0170835_20515826.jpg 指揮界では珍しいメキシコ人指揮者が二人いた。二人とも同じ1942年生まれの、エンリケ・バティスエドゥアルド・マータ(左)。互いにメキシコシティ出身で類似点が多いが、でも二人の音楽は全く対照的なものである。
 バティスは”爆演”指揮者として知られ、極彩色の音を聴かせる。一方のマータは、優雅で丁寧な洗練された演奏が持ち味である。
 また、バティスは早くからヨーローッパの作曲家の音楽を主に展開したのに対し、マータの若い頃は自国のオーケストラを中心に棒を振り、中南米音楽に熱心であった。レスピーギの「ローマの祭り」「ローマの松」を二人とも同じころ録音しており聴き比べてみるのも面白い。

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マータはのちにアメリカに渡り、フェニックス交響楽団の首席客演を皮切りに、1977年から1993年までダラス交響楽団を率い、シカゴ交響楽団やヨーローッパのロンドン交響楽団、ベルリン・フィルと幅広く活動の場を広げていった。そしていよいよ本格的に大成しようとした矢先、グイド・カンテッリやイシュトヴァン・ケルテスと同じ悲運が待ち受けていた。1995年、不幸にも飛行機事故にあい、52歳でこの世を去ってしまった。
 一方、バティスはメキシコ州立交響楽団の音楽監督、メキシコ・シティ・フィル音楽監督、ロイヤル・フィル主席客演指揮者などを歴任し、今年76歳でますます意気盛ん、日本での評価は、決して器用とは言えないが、歳を経てきて、”爆演”だけでなくハートのある演奏をすることで人気がある。



レスピーギ:
交響詩「ローマの祭り」 P. 157

ダラス交響楽団 - Dallas Symphony Orchestra
(録音: 1993)

ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 - Royal Philharmonic Orchestra
(録音:1991)





by kirakuossan | 2018-12-30 20:22 | 続・指揮者100選 | Trackback
2018年 12月 28日

「100巻からもれた作曲家たち」 その18 ヒンデミット

2018年12月28日(金)

朝7時に湯治場で二流のオーケストラによって初見で演奏された「さまよえるオランダ人」序曲
 クラシック音楽の作品は無数にあれど、これだけ奇妙な表題の付いた音楽も珍しい。NMLでは、午前7時に村の井戸端で 二流楽団が初見で演奏する「さまよえるオランダ人」序曲と紹介されているが、題名の通り、ワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」序曲を下敷きとした、いわゆるパロディ風序曲。通常、他の芸術作品を揶揄や風刺、あるいは批判する目的を持って模倣したものをパロディと称するが、これは作曲家パウル・ヒンデミット(1895~1963 ドイツ)がワーグナーに敬意を表しつつも、真剣に冗談を愉しんだ作品である。
d0170835_18575596.jpg 演奏は2本のヴァイオリンと、チェロ、そしてヴィオラといった四重奏編成だが、ヒンデミットはオーケストラを構成するほぼすべての楽器のためのソナタを数多く作曲した。なかでも自らが奏者ということもあってヴィオラを独奏楽器として頻繁に採用し、いくつかのヴィオラ・ソナタは彼の代表作とされる。
そもそも、交響曲「画家マティス」一曲で知られるヒンデミットはロマン派からの脱却を目指して新即物主義を推進した作曲家とされ、難しさの印象が先に立ち、どことなくとっつきが悪かったが、いくつかの作品を実際に聴いてみると、バッハの対位法を好んだとあって思うほどに退屈さは感じさせない。
なおヒンデミットは指揮者でもあり、モーツァルト生誕200年の1956年4月、ウィーン・フィルが初来日した際の帯同指揮者として日本の土を踏んでいる。


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
パウル・ヒンデミット(指揮)
(録音: 1934, Berlin, Germany)





午前7時に村の井戸端で 二流楽団が初見で演奏する「さまよえるオランダ人」序曲
Ouverture zum Fliegenden Holländer, wie sie eine schlechte Kurkapelle morgens um 7 am Brunnen vom Blatt spielt
Thomas Timm (ヴァイオリン)
Romano Tommasini (ヴァイオリン)
Wolfgang Talirz (ヴィオラ)
Tatjana Vassiljeva (チェロ)


今日12月28日は彼の55回目の命日である。


by kirakuossan | 2018-12-28 18:48 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2018年 12月 20日

クラシック雑記帳 4 指揮台で足踏みする音がはっきりドーンドーンと響いて

2018年12月20日(木)

 名指揮者カール・シューリヒト(1880~1967)は専属や常任のオーケストラをとくにもたなかったが、最晩年になって数多くの著名なオーケストラを指揮した。以前から好きな指揮者の一人で、彼の演奏するディスクを見つけるとCD,レコードを問わず熱心に買い集めて来た。そんなことで昨日も2枚のレコードをゲットしたのだが、昨夜コンサートホールソサエティ盤のワーグナーを聴いたが、実はもう一枚のレコードの方もこれがさらなる掘り出し物だった。
 そもそも1956年1月、ウィーン・フィルが初の米国演奏旅行を計画、最初これに同行するはずだったエーリヒ・クライバー(カルロス・クライバーの父)が急逝したため、急遽、シューリヒトに白羽の矢が立った。日頃からウィーン・フィルの楽員たちから尊敬の念を抱かれていたシューリヒトはこのときすでに76歳を迎えていた。人の運命は分らないもので、この米国遠征を大成功に導いたおかげで、その2年後に今度は大規模なヨーロッパツアーを敢行、これによりシューリヒトは大指揮者の地位を不動のものにした。
 だからシューリヒトは70歳代半ばから亡くなるまでの10年あまりの間に今まで以上に多くの録音を遺した。ただ残念なことに、ステレオ録音が始まったというものの、多くはまだmono録音が主流であった。
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 以前にCDで聴いたものと同じ演奏かどうかは定かではないが、昨日150円で手に入れた「序曲集」のなかで、ウエーバーの「オベロン」や「オイリアンテ」、それにメンデルスゾーンの「ルイブラス」などは確か、1960年代前半なのにmono録音だったよいうに思う。ところがこのレコードは1962年9月、南西ドイツ放送交響楽団と共演したものでステレオ録音、しかも雑音もなく鮮明な音質ときている。
 そしてもうひとつ驚いたのは、「ルイ・ブラス」の終りの盛り上がる場面で、指揮台のうえでシューリヒトが足踏みする音がはっきりとドーンドーンと響いて聴こえ、レコードならではの迫力を感じさせる貴重な一枚となった。




by kirakuossan | 2018-12-20 11:14 | クラシック雑記帳 | Trackback
2018年 12月 14日

クラシック雑記帳 3 あのチェリビダッケも真っ青? の「運命」

2018年12月14日(金)

 ベートーヴェンの9つの交響曲でどれも完成度が高いが、そのなかでも非の打ち所がない完璧な作品は第5番ハ短調だと僕は思う。もうこの曲は第一楽章冒頭の”ダダダダ~ン”から始まって、最後の第四楽章では彼の交響曲中で唯一”ジャーン”とフェルマータの音で終わるまで、全くムダな箇所が見当たらない。

 で、NMLで新たに配信された名指揮者フェレンツ・フリッチャイがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した1961年9月の録音を聴いてみた。そこですぐさま気がついた。”ダダダダ~ン・ダダダダ~ン”がこの演奏では”ダ―ダ―ダ、ダ~ン・ダ―ダ―ダ、ダ~ン”なのである。これほどにゆっくりとしたテンポで始まるのは今まで知らない。遅い演奏で有名なあのセルジュ・チェリビダッケでさえ、”ダ、ダ、ダ、ダ~ン・ダ、ダ、ダ、ダ~ン”で、8秒、フリッチャイは9秒とそれより1秒長い。一方、あの軽快な名演奏で知られるカール・シューリヒトがパリ音楽院を指揮したものなどはなんと6秒で済ませている。
 冒頭からこの調子なので、結局第一楽章は、チェリビダッケでさえ7分31秒なのに対して、フリッチャイに至っては9分10秒と1分40秒も長い、シューリヒトなどは7分8秒だから、その遅さがわかる。
 これは続く第二楽章のアンダンテも当然ゆったりとしたペースで、チェリビダッケは12分09秒だが、フリッチャイはチェリビダッケも顔負けの13分18秒も要している。もうこれは尋常ではない。
 でもさすがにこれではあまりなので、ということでもないだろうが、最終楽章は逆に9分29秒で切り上げている。チェリビダッケは10分41秒、この人もゆっくりとした演奏で知られるオットー・クレンペラーなどはアレグロに13分19秒もかけている。

《全曲演奏時間》
フリッチャイ(ベルリン・フィル) 38分20秒
チェリビダッケ(ミュンヘン・フィル) 37分36秒
バーンスタイン(ウィーン・フィル)35分37秒
クライバー(ウィーン・フィル74年)33分22秒
フルトヴェングラー(ベルリン・フィル47年)33分10秒
モントゥー(ロンドン響)30分11秒
カラヤン(ベルリン・フィル77年)30分10秒
シューリヒト(パリ音楽院) 29分56秒

 指揮者の解釈で同じ曲がこれほどまでに違ったかたちで演奏される、しかもそのどれもが終始一貫して弛緩することなく、独自のテンポで聴かせる。これはどれもが神技と言えよう。ここに挙げた、指揮者たちは申すまでもなく当代きっての名指揮者ばかりである。
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 フェレンツ・フリッチャイ(1914~63)はハンガリー出身の将来を嘱望された指揮者だったが、惜しくも道半ばにして早世した。罹病してからのフリッチャイは同一人物によるとは思えない程大きな解釈の違いをみせたとされるが、この第5番の演奏も発病してから3年後のものである。
 もし彼がもっと長く指揮棒を握っていたら、おそらく同年代の巨匠ラファエル・クーベリックをも凌駕した実力と人気を博していたことだろう。



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ベートーヴェン:
交響曲第5番 ハ短調 「運命」 Op. 67
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
フェレンツ・フリッチャイ - Ferenc Fricsay (指揮)
録音: September 1961, Jesus-Christus-Kirche, Berlin, Germany





by kirakuossan | 2018-12-14 14:26 | クラシック雑記帳 | Trackback
2018年 12月 08日

リヒャルト・シュトラウス、来たるべき管弦楽手法の巨匠を予知させる秀作

2018年12月8日(土)

いい曲、なんの曲。

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今年の6月にも「リヒャルト・シュトラウス、絶対音楽から標題音楽への過渡期の作品」と題して、リヒャルト・シュトラウスが22歳の時に書いた交響的幻想曲「イタリアから」のことにふれたが、その「イタリアから」の2年前の20歳のとき、これはまちがいなく、将来大作曲家になるであろうことを暗示させる交響曲をすでに書き上げている。
交響曲第2番 ヘ短調 作品12は、1883年から1884年にかけて作曲された。
第一楽章のアレグロこそは、これからどのように書き進めて行こうか、と少し戸惑うような頼りなさを感じるが、でも第二楽章スケルツォではそれも吹っ切れて、徐々に伸びやかさが出てくる。そして第三楽章アンダンテになると、もうこれは美しすぎて、二十歳の青年が書いた音楽とはとても思えないような滋味さえ感じさせ、途中にはさまれる金管楽器の断片的なモチーフなどはすでにリヒャルト・シュトラウス特有の管弦楽手法そのものを予知させる。そして最終楽章フィナーレのアレグロでは、もうすでに確信に満ちたアプローチである。



リヒャルト・シュトラウス:
バイエルン放送交響楽団
カール・アントン・リッケンバッヒャー(指揮)


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ところでここでの指揮者がまた初耳で興味を惹く。リッケンバッヒャー (1940~2014)はスイスの指揮者で、珍しいドイツ物のレパートリーを掘り起こすことに定評があったらしい。主だったオーケストラのポストには就かなかったが、バイエルン放送響を始め、ベルリン放送響、バンベルク響などとの録音をいくつか残した。



by kirakuossan | 2018-12-08 08:51 | いい曲、なんの曲 | Trackback
2018年 11月 29日

新盤☆秀盤 NO31 溌剌とした愉しいロッシーニを満喫

2018年11月29日(木)

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期待のイタリア人若手指揮者のひとりミケーレ・マリオッティの新録音が出た。しかも嬉しいことに彼が得意とするオペラ作品で、ロッシーニの序曲集、オーケストラは手兵のボローニャ市立劇場管弦楽団 とくれば、これはもう聴かないわけにはいかない。
2007年11月、ボローニャ市立劇場でのヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」公演の成功を皮切りに、その翌2008年2月より、ボローニャ市立劇場の首席指揮者を務めることに、それは弱冠29歳の若さでの就任となった。
前にも書いたが、イタリアは若手指揮者の宝庫だ。アンドレア・バッティストーニ(31歳)、ダニエーレ・ルスティオーニ(35歳)、そして39歳のミケーレ・マリオッティ。バッティストーニがスカラ座、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイエルン国立歌劇場で活躍すれば、ルスティオーニはロイヤル・オペラ・ハウスで、そしてマリオッティはボローニャということになる。三人ともオペラから出発したことも共通点でいかにもイタリア人指揮者である。さらに前二人はそれぞれ日本のオーケストラとも親しい関係にあって、東京フィル・ハーモニー、東京交響楽団といったあんばい。マリオッティは日本での知名度はまだ二人に及ばないかも知れないが、さすが最も年長だけのことはある、懐の広い音楽を聴かせる。上品な軽やかさに加えて溌剌とした愉しいロッシーニが満喫できる。


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ロッシーニ:序曲集
ボローニャ市立劇場管弦楽団 - Bologna Teatro Comunale Orchestra
ミケーレ・マリオッティ - Michele Mariotti (指揮)
録音: May 2018, Library of the Convento San Domenico, Bologna, Italy








by kirakuossan | 2018-11-29 20:00 | 注目盤◎ | Trackback
2018年 11月 17日

☆秀盤 -43 ドラティのチャイコフスキー

2018年11月17日(土)

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2週間ほど前、イルゼ・フォン・アルペンハイムの素敵なメンデルスゾーンの「無言歌集」を聴き、彼女の夫が指揮者のアンタル・ドラティであると知った。そこで久々にドラティの演奏も聴いてみたいと思っていたところ、今日NMLの新着タイトルでチャイコフスキーの交響曲集など3枚の音源が新たに配信されていた。


オーケストラ・ビルダーで知られるアンタル・ドラティ、チャイコフスキー序曲集のなかでも祝典序曲「1812年」は初めて実際の大砲音を収録したことで知られる名演・珍演盤である。
それと同じくチャイコフスキーの交響曲第4番 ヘ短調 Op. 36、これはドラティのおはことも言うべきシンフォニーで、1963年4月にロンドン交響楽団が初めて日本にやって来た時、ドラティ57歳、二日目の大阪フェスティバルホールでの演奏会でこの曲を披露している。この時88歳のピエール・モントゥー、51歳のゲオルク・ショルティが一緒に来日しており、3人が日替わりで15日間にわたり、日本各地で演奏会を繰り広げた。ドラティは大阪での1公演、広島、福岡、名古屋、そして東京の2公演を受け持った。


チャイコフスキー:
デトロイト交響楽団 - Detroit Symphony Orchestra
アンタル・ドラティ - Antal Doráti (指揮)
録音: April 1978, United Artists Auditorium, Detroit, United Statesd0170835_09120610.jpg

チャイコフスキー:
コンセルトヘボウ管弦楽団 - Concertgebouw Orchestra
アンタル・ドラティ - Antal Doráti (指揮)
録音:1956年9月(モノラル)


チャイコフスキー第4番、”真っ向勝負”のドラティの真骨頂ともいえる名演である。




by kirakuossan | 2018-11-17 08:59 | 注目盤◎ | Trackback
2018年 11月 13日

世界のオーケストラ/第34回 <バイエルン放送交響楽団> 脱ドイツ的色彩?を帯びる

2018年11月13日(火)

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バイエルン放送交響楽団


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ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送専属オーケストラのバイエルン放送交響楽団は、設立が戦後の1949年と比較的新しいが、同地のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団と並んでドイツを代表するオーケストラの一つである。また、かのカルロス・クライバーがベートーヴェンの4番を振り名演を残したバイエルン国立管弦楽団とは別団体である。
同じ放送局専属のオーケストラとしてはフェレンツ・フリッチャイ率いるベルリンのRIAS交響楽団(ベルリン放送響)がドイツ北部に位置すれば、こちらミュンヘンは南に位置する新しいオーケストラとして注目された。
でも新しいといってもすでに70年近い歴史を誇るが、首席指揮者の変遷をみると、
オイゲン・ヨッフム(1949 ~ 1960)
ラファエル・クーベリック(1961~ 1978)
コリン・デイヴィス(1982 ~ 1992)
ロリン・マゼール(1993~ 2002)
マリス・ヤンソンス(2003~ )
と、たった5人の名前しか挙がらず、これまた珍しく少ない。しかもドイツ人指揮者は初代のヨッフムだけで、あとはチェコ人、イギリス人、フランス系アメリカ人、そしてラトビア人と続く。ケルン放送交響楽団もそうだったが、ドイツ人以外の指揮者が首席に長く就くということはこれは決して珍しいことでもなく、ドイツのオケでは時折り見られることなのである。

d0170835_08304359.jpgヨッフムはそもそもバイエルンの出身者であったが、記念すべき第一回演奏会はバイエルン放送局内のスタジオでこれも同地出身であったリヒャルト・シュトラウスが指揮している。それも自作の歌劇「ひそやかないざない」の間奏曲と歌曲のみであったが、彼の死の2か月前で最後の指揮となった。
創立当初はやはりベートーヴェンやモーツァルト、あるいはブルックナーといったドイツ・ウィーンものが中心であったが、ヨッフムがコンセルト・ヘボウへ移った後を引き継いだクーベリックとの間では、ドヴォルザークやマーラーを採りあげ、デイヴィス時代にはストラヴィンスキー音楽が加わるなど、レパートリーを増やし続ける。そうした様々な要素が加わるなかでより表現力を高め、世界にも名が通るオーケストラへと発展してきた。バイエルン放送響の奏でる響きが、他のドイツの名門オーケストラと比べて、重厚な中にもどこか明るさと、脱ドイツ的色彩?を帯びるように感じ取れるのは、単にドイツ南部の比較的温暖な地に生まれたというだけではなく、これら外国人指揮者による影響も大いにあると言えるだろう。
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今朝は、ヨッフム指揮の定評あるモーツァルトのセレナード、さらにクーベリックのマーラー、デイヴィスのメンデルスゾーンなどを順に聴いているがそんなことが実感されるのも気のせいだろうか。
今週末、楽しみにしているバイエルン放送響の演奏会が迫って来た。指揮者が当初のマリス・ヤンソンスが体調不良でどういうわけかズービン・メータが代役に、曲目もマーラーの6番から1番へと変更になった。ヤンソンスはこのオケとの15年のキャリアからどんな演奏をするのかそれが聴けないのは少し残念ではあるが、でもクーベリック時代から定評のあるマーラーが直にこの耳で確かめられるのは愉しみである。ここで聴くマーラー1番、第一楽章の序奏から極端にスローテンポでピアニシモで抑えながら進めるクーベリックの演奏、はたしてメータはどのように聴かせるのか。



モーツァルト:
オイゲン・ヨッフム - Eugen Jochum (指揮)

マーラー:
ラファエル・クーベリック - Rafael Kubelík (指揮)
録音: 2 November 1979, Herkules-Saal in der Residenz, Munchen

メンデルスゾーン:
コリン・デイヴィス - Colin Davis (指揮)
録音: 12-13 December 2983, Herkulessaal der Residenz, Munich, Germany




by kirakuossan | 2018-11-13 08:12 | 世界のオーケストラ | Trackback
2018年 10月 01日

続・指揮者100選☆20 ミトロプーロス

2018年10月1日(月)

マーラーの交響曲を得意とする指揮者にいの一番に思い浮かべるのはレナード・バーンスタインであるが、それは彼が早くからマーラー交響曲全集を世に出したことに起因しているかも知れない。またクラウス・テンシュテットもEMIから全集を出し注目された。ほかにマーラーといえば、リッカルド・シャイーや少し個性的ではあるがピエール・ブーレーズ、そして最近の指揮者での第一人者はマイケル・ティルソン・トーマスといえるだろう。それからそうそう、若手で好きな指揮者のアンドレア・バッティストーニも好んでマーラーを振る。

d0170835_08273990.jpgところでここでひとり、マーラーといえば最も重要な人物を忘れていることに気づく。ディミトリ・ミトロプーロス(Dimitris Mitropoulos、1896~1960)である。
実はそもそもバーンスタインにマーラー音楽の魅力を伝授したのはほかならぬミトロプーロスであった。彼は戦後間もない1949年からニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就き、首席指揮者を経て、1957年にレナード・バーンスタインに後を譲った。人気ではたしかにバーンスタインにはかなわなかったが、ミトロプーロスの方が師匠格だったのだ。事実、現役時代は相当の人気を博し、アテネ出身から”ギリシャの哲人”と慕われた。


☆演奏スタイルは・・・
”耳の化物”と評されるほど耳の良さと記憶力が際立った指揮者で、加えてバトンテクニックの華麗さに秀でていた。また当時としては珍しく、独裁的でなく楽員たちとの協調性を重んじ、皆から信頼された。あのうるさ型の多いウィーン・フィルからも評判がよかったのもそういった人柄のためとされている。もともとピアニストでもあり、自らピアノ・パートを演奏しながらオーケストラを指揮する現代の弾き振りの先駆者でもある。

☆録音は・・・
マーラー以外にも、現代音楽を積極的に取り入れ時代の先端を切り開いた。一方でロシア物もレパートリーに数えられ、チャイコフスキーの5番の名演が遺されている。

d0170835_16145486.jpgチャイコフスキー:
交響曲第5番 ホ短調 Op. 64
ニューヨーク・フィルハーモニック
ディミトリ・ミトロプーロス(指揮)
録音: 27 March 1954, Columbia 30th Street Studio, New York



☆私見・・・
戦前、戦後からステレオ時代幕開けの直前が活動期ということもあって、日本ではあまり知られない存在である。あと10年長く活躍していたら、おそらく多くの日本のファンを獲得していたことだろう。


d0170835_16032493.jpgMyライブラリーより・・・
「20世紀の偉大な指揮者たち」
シリーズより
マーラー:
交響曲第6番 イ短調 「悲劇的」
ケルン放送交響楽団
ディミトリ・ミトロプーロス (指揮)
録音:1959年8月31日



by kirakuossan | 2018-10-01 15:59 | 続・指揮者100選 | Trackback