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「本当の音楽」

2018年6月18日(月)

d0170835_21404877.jpgスヴャトスラフ・リヒテルの最後の来日公演は1994年2月、彼が亡くなる3年半前の79歳の時である。飛行機嫌いは有名で、なかなか来日を果たせなかった(もちろん他に大きな理由はあったが)そして彼の初来日もまた例の1970年大阪万博の時であった。それ以降は度々日本を訪れることとなり、調子が悪いとキャンセルを繰返し、何かと話題性の多いピアニストでもあった。しかし「20世紀最大のピアニストのひとり」と日本での人気は高く、リヒテルの名を不動のものにした。


1924年2月、リヒテル最後の来日公演での、サントリーホールのピアノ・リサイタルで聴いたグリーグの「抒情小曲集」のことをいまもときどき思い出す。
なぜなら、あのときの演奏こそ、数少ない「本当の音楽」だと強く思ったからだ。
当日になるまでプログラムはわからないという気まぐれが許される数少ない巨匠だったリヒテルは、いつもの習慣として会場全体の照明を落とし、ピアノの上だけに明かりを置いて、スコアを広げながら、静かにグリーグを弾いた。
それは多くのファンが期待したような華やかな作品とは似ても似つかないものだった。が、淡々とした地味な小品たちを一曲また一曲と弾き進むにつれて、ずっとここでリヒテルの弾くグリーグを聴いていたいと思うほど、強い幸福感に襲われた。
グリーグの「抒情小曲集」は、そういう外面的な世界の正反対の何物かである。言い換えれば、それは詩そのものである。ひけらかしやエゴの表出とは無縁に、四季折々の情景、素朴な暮らしの一場面が、個人の日記のように記されている。その背後には、人はいかにして生きるべきかというグリーグの省察がある。

「リヒテルが教えてくれた本当の音楽」(林田直樹著クラシック新定番より)


d0170835_22135248.jpg私の悪い習癖で、物事を決め込んでしまうところがある。それは自分なりに根拠を持ったものであるが、しかし厳密に考えなおせば、必ずしもそれが根拠といえるだろうか、単なる思い込みではなかろうかといった所詮曖昧なものなのである。
北欧の作曲家といえばやはりシベリウスであり、ほかのライバルは見当たらない。しいて言えばグリーグなのだろうが、彼の音楽はいかにも「通俗的」であり、真の音楽性からすればすこし外れたものである。ピアノ協奏曲イ短調を聴けば感じるが、あの一見してとっつきやすさがそのことを物語っている。(これ自体がそもそも偏見なのだろう)
ところがここでの林田直樹氏のグリーグ観を読むにつけ、その偏見は一瞬にして覆されたのである。


自然は、人間をさまざまな属性から解放し、純粋な一個人へと還元する。そして人を謙虚にさせる。この謙虚さが、グリーグの音楽の持っている「徳」の源なのだろう。

ここに出てくるリヒテル最後の来日公演のわずか4か月ほど前に、同じグリーグの「抒情小曲集」アテネでのライヴで録ったディスクがある。林田氏が数少ない「本当の音楽」と評した演奏を想像しながら、いま聴いているのである。



グリーグ:
スヴャトスラフ・リヒテル - Sviatoslav Richter (ピアノ)
録音: 19 October 1993, Athens, Greece



by kirakuossan | 2018-06-18 20:07 | クラシック | Trackback

2018年5月17日(木)

3年に一度、イングランド北部のリーズで開催される国際的なピアノコンクールにリーズ国際ピアノコンクールというのがある。1963年に地元のピアニスト、ファニー・ウォーターマンにより創設され、長時間かけるのと多くの課題を課せ、過酷なコンサートとして知られる。過去に、マイケル・ロール(1963年)、ラファエル・オロスコ(1966年)、ラドゥ・ルプー(1969年)、マレイ・ペライア(1972年)、アルトゥール・ピサロ(1990年)などが優勝を飾り、日本人では1975年に内田光子が2位、1987年には小川典子が3位に、そして2003年には大崎結真が3位に入った。今年は第19回目にあたり、4月3日にファーストラウンドがベルリンのヨアキム・ホールではじまり、シンガポール、ニューヨークと舞台を移したあと、9月6日から再開されるリーズラウンド、リーズ大学での第2ラウンドと準決勝、そしてリーズタウンホールでの最終ファイナルで優勝者が9月15日に決まるというロングランのコンクールである。アート・ディレクターにポール・ルイスが就き、ランランやマレイ・ペライアがスタッフをつとめるが、ただ、ウォーターマンが高齢になり引退することもあって、これを機に今年開催される大会から大幅な改良がなされるという。

d0170835_16510541.jpgこのコンクールで2012年の大会で優勝したピアニストにイタリア人のフェデリコ・コッリがいる。日本ではまだそう知られていないが、2013年に来日公演をはたし好評を博している。音の強弱を仔細に表現し、輪郭のはっきりとした物語り風のピアノを聴かせる、といった印象だ。現在Chandosレーベル専属のアーティストとして活躍するが、「知的で想像力豊かな解釈、世界が認める完璧なテクニック」といった評価が下されている。彼の弾く「展覧会の絵」がいい。
リーズコンクールでのセミファイナルでも、前半はモーツァルトのパイジェッロの歌劇「哲学者気取り」による変奏曲、ショパンのスケルツォ第3番、スクリャービンのソナタ第10番などを弾き、そして後半にはムソルグスキーの「展覧会の絵」を披露した。"音楽の絵"を描くことをモットーにする彼にとって、この「展覧会の絵」は最も表現に適した作品と言えよう。ただ、この楽曲の難しさは一歩間違えば退屈な凡演に終わってしまう。ただある男が美術館にやってきて、次から次へと絵画を鑑賞する、そこで感じた印象を綴ったというだけに終わってしまう。でも、この作品を通して人生そのものを語り、様々な感情の変遷を経て、最終的に平和で穏やかな地に到達する、それを「展覧会の絵」を通して表現する。といったことは誰にでもできる芸当というわけにはいかない。コッリのピアノはただ力強いだけでなく、輪郭のはっきりとしたなかにも、人生そのもののドラマも浮き彫りにさせる。まだ30歳のピアニストである。

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d0170835_16554608.jpgムソルグスキー:
フェデリコ・コッリ - Federico Colli (ピアノ)
録音: 25-27 June 2013, The Music Room, Champs Hill, West Sussex, United Kingdom

by kirakuossan | 2018-05-17 13:53 | クラシック | Trackback

2018年4月23日(月)
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ローム・ミュージック・フェスティバル2018

メインホールでの最後の催し物・オーケストラコンサート「天才と英雄の肖像」
前半プロは小林愛実をソリストにモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調。変な力みもなく適度な力加減のピアノタッチ、モーツァルトの音楽にぴったりで大したものだ。アンコールにショパンのピアノソナタ「遺作」が披露され、やはりこの人のショパンは最高だな、と再認識させられた。
後半プロはリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」、京都市交響楽団の昨今の評判は高いが、確かに以前と比べて管、弦ともに厚みを増してきたように思う。
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帰りに庵原氏と京都駅前で一杯やりながら、今年の夏のスケジュールをいろいろと調整。彼もこの6月で晴れて退職、これからもさらにいっそう自由に人生をエンジョイすることになるでしょう。
(2018年4月22日)


by kirakuossan | 2018-04-23 07:42 | クラシック | Trackback

2018年4月1日(日)

d0170835_04405999.jpgNMLの新着配信は土日はないといっていた矢先、昨日、今日と続けに配信になった。
ショパンコンクールファイナリストの小林愛実のディスクがNMLの新着配信で顔を出した。
3年前の幼さが消え、もうすっかり大人の女性になった雰囲気が漂う。
ショパンは「葬送」を、ほかにリストから巡礼の年イタリアと「愛の夢」
選曲もタッチも、大人になったのかな。
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女神湖も氷が融けたらしい。早く行きたくてうずうずするような季節になって来た。今年は4月も何かとスケジュールに追われ、早くても5月中旬ごろになりそうだ。でもその分、今年もまた長期間の夏休みを蓼科で過ごそうと思っている。みなさん、ぜひ涼しい山荘に足をお運びください。


リスト:
Années de pèlerinage, 2nd year, Italy, S161/R10b (excerpts)
小林愛実 - Aimi Kobayashi (ピアノ)

(女神湖:信州リゾートサービスのブログより 3/29)



by kirakuossan | 2018-04-01 04:40 | 蓼科の風景 | Trackback

2018年3月19日(月)

月刊雑誌「音楽の友」の最新号を今回またamazonで購入、ネット注文した翌日には郵便ポストに投函されてくるので便利である。
と、ここまではいいとして、これからあとは小生の独断と偏見に満ちた発言となる。
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今月号は「クラシック音楽ベストテン」と題した特集を組んでおり、読者アンケートの集計が大々的に掲載されている。3年に1度の大発表! ”あなたの一票は何位にランキングされましたか? ということだが、中身があまりにもお粗末なことと、そのランキングといったら、単なる人気投票に終始していて、本当にその演奏家たちが音楽的にレベルが高いかといえば疑問で、こちらの思いとは終始逆で、読むにつれ嫌になってくる。

たとえば、「あなたが好きな日本人ピアニストは?」というランキングがある。
①小山実稚恵975票
⓶内田光子725票
③辻井伸行554票
④小菅優466票
⑤仲道郁代460票

まあ内田光子は良いとしても、また小菅優はそこまで詳しくは聴いたこともないので正確に論評できないとしても、何であの大味なピアノの小山実稚恵が1位なのか?どうして辻井伸行の粗い弾き手が3位に入るのか? そして貧弱な響きの仲道郁代なども上位に上がっていて、はっきりいって、みな人気先行のピアニストばかりで、音楽的才能はとてもじゃないが上位にランクされる顔ぶれではない。
どうして、アリス紗良オットがベスト20位にも入っていないのか?萩原麻未が13位とはあまりにも低いではないか?

「あなたが好きな日本のオーケストラは?」のランキングなどはもっとひどい。
①NHK交響楽団1500票
⓶日本フィルハーモニー交響楽団656票
③東京交響楽団624票
④神奈川フィルハーモニー管弦楽団587票
⑤東京都交響楽団555票

あの演奏にムラのあるN響が断トツの1位、神奈川フィル?ってそんなに上手いのか?
驚いたことに日本のオーケストラで恐らく最も熱心で、水準からしても高いと思われる、読売日本交響楽団や東京フィルハーモニー交響楽団がこれらの後塵を拝しているとは信じがたい。

と、気負って偏見を述べてみたものの、よく考えてみると、「あなたが好きな・・・」とあるから、単に自分の好みと合わないだけなのだ。そう目くじらを立てることもないのである。
今月号で唯一よかった記事は、バッティストーニが大フィルを振った演奏会評ぐらいだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大阪フィルハーモニー交響楽団第515回定期演奏会
2月16日フェスティバルホール
アンデレア・バッティストーニ指揮
レスピーギ「交響詩《ローマの噴水》《ローマの祭り》《ローマの松》

イタリアの若獅子バッティストーニがレスピーギ「ローマ3部作」を振る。だから、お国ものだ。けれど、この夜の爽快な成果を「イタリア音楽はイタリア人指揮者で聴くに限るね」と思い込むのは早計だ。演奏の特質は、国籍でなく個々の資質にあるから。3部作いずれも整理が行き届いた秀逸の時間。拍から拍、打点から打点へ指揮棒の移動が速い指揮者を何人か思い浮かべつつ、これほどの速さは唯一無二。レスピーギの管弦楽法に颯爽の包丁さばきを入れるようだ。テンポは部分的に予測を裏切るスリル感もあるが全体で突飛な設定はない。総譜のページから読み切った音像と、現在この瞬間に向き合う楽団の音像との差異を感知する能力が並外れて鋭敏だ。しかもそれに溺れない。合奏精度は重箱の隅を突っつかず骨太。音量の対比も鮮明だ。《松》の頂点でも決して音に酔い潰れない。演奏全体を明晰に導き、知情の均衡が盤石。巨匠への道の地図を持つ青年の再登場が待たれる。(響敏也)

いくぶん自らの語彙に酔ったような論評だが、でも当日の見事な演奏会の様子は十分伝わってくる。
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by kirakuossan | 2018-03-19 21:05 | クラシック | Trackback

2018年2月22日(木)

d0170835_11440461.jpg今朝はNMLでスヴャトスラフ・リヒテルのシューベルトのソナタが新着配信されていた。ちょっとこの渋顔を見ていてまたあることが頭に浮かんだ。
このリヒテルというピアニスト、同僚のエミール・ギレリスとは対照的に最初は西側諸国への演奏旅行がなかなか当局から許可が下りなかった。ギレリスがユージン・オーマンディと共演した際、オーマンディが彼に最高の賛辞を贈ろうとしたら、ギレリスが「リヒテルを聴くまでは待ってください」と言った、とかいうコメントなどが飛び交い、噂が噂を呼ぶ幻のピアニストだった。


指揮者とオーケストラの相性の良さはある。その逆ももちろん数多くある。また、コンチェルトなどで指揮者と独奏者との関係も微妙である。自らの音楽観の相違で衝突もしばしば起こる。よく知られるところではレナード・バーンスタイングレン・グールドの関係。カーネギー・ホールでのライブ録音でブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏をするにあたって、
「心配しないでください.グールドはちゃんと来てますから.これから皆さんがお聴きになるのは,言ってみればかなり正統的とは言いがたいブラームスのニ短調協奏曲です.それは私がこれまでに聴いたことのあるどの演奏とも全く違うもので,テンポは明らかに遅いし,ブラームスが指示した強弱から外れている部分も多々あります.実は私はグールド氏の構想に完全に賛成というわけではありません.私がこの曲を指揮するのは,グールド氏は大変に確かな,まじめな芸術家ですから,彼が真剣に考えたことは何であれこちらもまじめに受け取る必要があるということと,今回の彼の構想はとても面白いものなので,皆さんにもぜひ聴いていただきたいからなのです」と不納得なバーンスタインが仕方なくわざわざ聴衆に断りを入れた。この会話がCDの冒頭部にも収録されている。

同じブラームスのピアノ協奏曲でこちらは第2番での演奏だが、1960年、ついにリヒテルが渡米してシカゴ交響楽団と共演することとなった。ところが時の音楽監督だったフリッツ・ライナースヴャトスラフ・リヒテルとの間で音楽に対する見解の相違があって両者は決裂、コンサートでは互いに相手を無視しして演奏をした。ところがRCAに録音する段になって、わざわざ指揮者をエーリヒ・ラインスドルフに変更して執り行った。これがのちに名演奏と謳われ、リヒテルが西側諸国により知れ渡る結果となった。まあ皮肉な結果だが。


d0170835_13383198.jpgブラームス:
スヴャトスラフ・リヒテル - Sviatoslav Richter (ピアノ)
シカゴ交響楽団 - Chicago Symphony Orchestra
エーリッヒ・ラインスドルフ - Erich Leinsdorf (指揮)
(録音: 17 October 1960, Chicago, Illinois, United States)


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ところで、もっと面白い話がある。かの有名な仰々しい組み合わせによるこの1枚だ。1969年9月にベルリンのイエス・キリスト教会で録音されたベートーヴェンの「トリプル・コンチェルト」
その顔ぶれが凄い! 錚々たるメンバーで、ヴァイオリンがオイストラフ(61歳)チェロがロストロポーヴィッチ(42歳)そしてピアノがリヒテル(54歳)、指揮者がカラヤン(61歳)と、当代きっての超一流どころが4人も顔を揃えたビッグ企画だった。だから、ベートーヴェンの曲にしてはどちらかといえば地味な部類で、極端な言い方をすれば、ベートーヴェンの数少ない”駄作”とされた作品に、この豪華キャスト? しかも、体制の壁を越えた競演ということで当時かなりの話題をふりまいたものだ。
メンバーがメンバーだけに演奏そのものはやはり高水準をいく。でも実はその裏に隠された問題があった。ジャケットの顔写真を見ても解るように、勘のいい人はピンとくる。後の3人は笑顔なのに、前の指揮者一人が苦虫を噛み潰したような顔なのだ。

4人のメンバーの年齢からしても、カラヤンとオイストラフが最も年長、続くリヒテルが二人より7歳年下で、チェロのロストロポーヴィッチはまだ40歳を出たばかりだった。当然、61歳の二人が主導権を持つことになるが、オイストラフの柔和な性格からして出しゃばったりはしない。しかしカラヤンは申すまでもなく性格からしても連中の間を仕切りたがるタイプだ。微妙な食い違いは多々あったにせよ肝心の演奏そのものもほどほどに、それ以外の、レコーディングのスケジュールやジャケットや演奏プロフィルの写真の撮り方に関してああのこうのと執拗に注文をつけ仕切る、で、3人はしらけてしまい、いざ撮影本番になればもう3人はあっけらかんと笑いまくり、当の本人は自分の思うようにことが運ばずにどうしても渋い顔に・・・といった、まあ当らずも遠ーからずで、こんなことになった様子である。(これ事実の話)


d0170835_16282827.jpgベートーヴェン:ヴァイオリン、チェロとピアノのための三重協奏曲 ハ長調 Op. 56
ダヴィッド・オイストラフ - David Oistrakh (ヴァイオリン)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ - Mstislav Rostropovich (チェロ)
スヴャトスラフ・リヒテル - Sviatoslav Richter (ピアノ)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 - Berlin Philharmonic Orchestra
ヘルベルト・フォン・カラヤン - Herbert von Karajan (指揮)


CDのジャケットがまたレコードとは違う。まあ、何枚撮っても気分は晴れない様子でありました。
でもこの曲、”駄作”では決してない。それは、聴いていて思うことだが、各部においてベートーヴェンらしからぬ一見軽そうなメロディがいくつか出てくる。「これはベートーヴェンの音楽じゃない!」と第三者がそう感じるだけであって、”駄作”とはベートーヴェンに失礼である。この、どこかベートーヴェン風じゃないところが、例えば、洒落た、ちょっと気の利いたレストランなんかでボリュームを落として流れていれば、これはこれで実に趣味の良い、上質なリスニング音楽になるのであります。
で、肝心のこのレコード演奏のできばえは? ということだが、もうひとつよくわからないのが正直なところで、なぜ、ピアニストが後ろで立って、指揮者がピアノの前に座っているのか? この不自然さ。チェロにとっては特に難曲というこのコンチェルトなので、ピアノにせず、チェロ奏者を中心にして撮ればいいのに、それではロストロポーヴィッチが一番若いので、これもおかしいのか? どうしても中心人物になりたいのでしょうなあ、まあともかくいろんな意味で、何よりもジャケットの方が気にかかる1枚なのであります。



by kirakuossan | 2018-02-22 08:39 | クラシック | Trackback

2018年2月6日(火)

d0170835_20371658.jpgクリスティアン・ツィマーマン(1956~)は、ポーランド出身の当代きっての名ピアニストのひとりである。年齢から言って巨匠というにはまだ早い気がするが、でも彼の奏でるピアノは、もうすでに巨匠の域に到達していることは疑いない事実である。ジメルマンやツィメルマンあるいはチメルマンと呼ぶこともあるが、ツィンマーマンが最もしっくりくるような気がする。
昨夜おそく、手兵のポーランド祝祭管弦楽団をバックに弾き振りのショパンのピアノ協奏曲の第1番、第2番を聴いた。この演奏は1999年、43歳の時のものだが、実はそれより20年前にも同曲を録音している。その時は、カルロ・マリア・ジュリーニが指揮するロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団との共演であるが、23歳の若者とは思えない程、落着いた堂々とした演奏である。でも聴き比べてみると1番ではさほど感じなかったが2番になると少し違った。演奏に少し物足りなさを感じざるを得ない。
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もともとショパンのコンチェルトは圧倒的に1番の方が人気もあってよく演奏されるが、作曲年代は2番の方が1年先に作曲された(1829年)演奏機会は比較的少ないが、聴き込めば、また1番にはない味わいがある。でも弾きこなすにはこちらの方が難しそうだ。その味わいを出すには、やはり後年の演奏の方が一枚も二枚も上である。
例えば、ショパンが恋心を抱いていたコンスタンツィヤ・グワトコフスカへの想いを表現したと自白する第二楽章のLarghettoで、転調する中間部で、どことなく持てあますようなところがある。この部分だけを採りあげて見ても、後年の演奏の方が、微に入り細にわたり、織りなす色彩が色濃く、濃密で感受性に満ちている。
ショパンを得意とするが、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、あるいはシューマンにおいても、彼の深い思索性は遺憾なく発揮され、どれも洞察力に富んだ演奏揃いである。
1978年初来日以来、日本での活動も盛んで親日家としても知られる。
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今宵、バラードでも聴くとするか。。。

ショパン:
(録音:1987年7月)





by kirakuossan | 2018-02-06 19:47 | ピアニスト列伝 | Trackback

2018年2月5日(月)
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そろそろ寝ようかなと思って、メールをチェックすると、知らなかったが12時間前に松井くんから入っていた。
昨日付け日経新聞から、クリスチャン・ツィメルマン が手兵のポーランド祝祭管弦楽団を指揮して、自ら弾き語ったショパンのコンチェルトの記事の切り抜きを送ってきてくれていた。
読んでいると急に聴いてみたくなって、引っ張り出してきて、いま感傷に浸っているところである。

さっそく松井くんに返信を送った。
「そうなんですよ、ツィメルマンは凄いピアニストなんです。現代のピアニストの中でも5本、いや3本の指に入るかもしれません。ただ指揮者としての才能はよく知りませんが、ピアノは最高級です。びわ湖ホールでも2度ほどリサイタルを開いています」



d0170835_22222674.jpgショパン:
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op. 11
Piano Concerto No. 1 in E Minor, Op. 11
Piano Concerto No. 2 in F Minor, Op. 21
クリスチャン・ツィメルマン - Krystian Zimerman (ピアノ)
ポーランド祝祭管弦楽団 - Polish Festival Orchestra
クリスチャン・ツィメルマン - Krystian Zimerman (指揮)
1999年8月)


ピアノ協奏曲第1番の冒頭楽章には、オーケストラだけの長い序奏がある。多くの指揮者は、そのホ短調の荘重な音楽を堂々とした肉厚なサウンドで聴かせる。まるでベートーヴェンやブラームスでも奏でているかのように。しかし、ツィメルマンが振ったオーケストラはまったく違う。しなやかに曲線を描く旋律に、テンポもゆらゆら揺れまくって、濃い表情をつくりだす。隅から隅まで、すっかりショパンになっている。(音楽評論家 鈴木淳史)


あ~あ~、なんと美しいピアノのことよ。。。
ツィメルマンのショパン、もうたまりませんなあ~

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by kirakuossan | 2018-02-05 22:16 | 注目盤◎ | Trackback

恐るべき10代

2018年1月22日(月)

恐るべき10代、しかも14歳、16歳、そして18歳。
卓球の張本智和、将棋の藤井聡太、そしてピアノの牛田智大
昨日張本くんは年齢が倍も上の第一人者水谷選手に快勝し、日本一に輝いた。中学生の日本一はもちろん初めて。藤井四段は名人戦の順位戦で7連勝、2月1日の9回戦に勝てば昇級が決まり、早くも五段に昇段する。
12歳でデビューした牛田くん、最初はこましゃくれた子といった印象だったが、あっという間に大きくなって青年になった。そして何より、ピアノに磨きがかかり、いよいよ大成する息吹きが感じられるまでになってきた。

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少年から脱皮しつつあるピアニスト


2017年4月6日(木)

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牛田智大(ともはる)というピアニストがいる。ちょっとクラシック好きを自称するようなおばちゃんたちのアイドル的存在の少年だ。どこかそんなことに対する反感もあったし、こましゃくれたイメージがどうも好きでなかった。だから音楽そのものも聴く機会がなかった。ところが最近、NMLに配信されてきたジャケットを見て少なからず驚いた。もう少年を脱皮して、これから青年になっていこうといった雰囲気を漂わせている。曲目も「展覧会の絵」とくれば、これは一聴に値すると、聴いてみた。最後の「キエフの大門」では多少モタれるが、でも全般的には素朴で、素直な演奏にとれたし、これから磨きがかかってきたら・・・ピアニストでは韓国、中国に先行され、日本人男性の逸材が少ない昨今、楽しみな存在になるかもしれない。それに、収録の冒頭にグリンカの例の「ペテルブルクへの別れ」から第10曲 ひばり(M. バラキレフによるピアノ編)を弾いている。これも気に入った。
もう17歳になったそうだ。



d0170835_16440945.png牛田智大/ピアノ作品集
● グリンカ:ひばり(ミリイ・バラキレフ編)
● チャイコフスキー:瞑想曲(18の小品 op.72から)
● チャイコフスキー:夜想曲 嬰ハ短調(6つの小品 op.19から)
● ムソルグスキー:組曲『展覧会の絵』(ヴラディーミル・ホロヴィッツ編)
● チャイコフスキー:バレエ音楽『くるみ割り人形』 op.71から間奏曲(ミハイル・プレトニョフ編)
● チャイコフスキー:バレエ音楽『くるみ割り人形』 op.71から花のワルツ(ヴャチェスラフ・グリャズノフ編)
(録音時期:2016年6月14-17日:長野県岡谷市文化会館カノラホール)






追記:
2018年2月2日(金)

藤井五段誕生 中学生で史上初
2018年2月2日 朝刊 中日新聞
将棋の中学生棋士、藤井聡太四段(15)=愛知県瀬戸市=が一日、東京都渋谷区の将棋会館で、第七十六期名人戦・順位戦C級2組の九回戦に臨み、午後十一時五分、梶浦宏孝四段(22)に百十四手までで勝った。ここまで九戦全勝の成績で、三月の最終十回戦の結果を待たずにC級1組への昇級を決め、同日付で五段に昇段した。中学生での五段昇段は史上初めて。



by kirakuossan | 2018-01-22 06:53 | 偶感 | Trackback

2018年1月3日(水)

d0170835_01355352.jpg南米チリ出身のピアノの巨匠クラウディオ・アラウ(Claudio Arrau 1903~1991)
同じ南米でも隣国アルゼンチンには3人の名現役ピアニストがいる。今では指揮者としての活動が主なダニエル・バレンボイム、女流では当代随一のマルタ・アルゲリッチ、そしてもうひとりブルーノ・レオナルド・ゲルバーがいる。それなのにあらゆるジャンルををとらえてもチリの音楽家と言えばアラウが唯一の存在だろう。
同い年にルドルフ・ゼルキンが、一歳年下にウラディーミル・ホロヴィッツがいる。ゼルキンは整然たる演奏から後に技を磨くより、音楽の本質を追求しようとした。反して、ホロヴィッツは超絶技巧を売りとし、その腕をさらに磨いた。そしてアラウは、南米出身者でありながら、ドイツに学び、ドイツ音楽の価値観を追求した。彼はチリやアメリカを主な活動の場としたが、ヨーロッパ音楽の王道を極めるピアニストであった。だからレパートリーの中心には常に、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンやブラームス、あるいはシューマン、ウェーバー、そしてシューベルトを据えた。さらにはリストやショパンへと自らの旺盛な活動を展開していく。そして彼のピアノは晩年に近づくほどより奥深い渋い独自の境地に達していく。


d0170835_10331905.jpgベートーヴェン:
クラウディオ・アラウ - Claudio Arrau (ピアノ)
(録音: April 1985, La Chaux-de-Fonds, Switzerland)




1965年に初来日、以降日本びいきにもなって、古本屋街にも出かけ、古美術書に興味を示した。おそらく神田の古書街にも姿を現したのだろう。


by kirakuossan | 2018-01-03 08:59 | ピアニスト列伝 | Trackback