信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan

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唐の都長安 その4

2016年2月29日(月)

やはり29日は貴重な一日を過ごすことができた。唐代の名士同士が打った、真物での棋譜では恐らく最古のものであろうといわれる対局を観られたのだから・・・

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時は唐の大中年間(850年頃)、例の「鎮神頭」の妙手を打った唐代1位の顧師言と閻景実の「譜金花椀図」対局である。
当時の対局では白黒互いに星に2目づつ置いて始める。しかも上手が必ずしも白番でもなく、また白黒先手も決まっていないようで、この対局は白を持った閻景実から打ち始めている。前半は顧師言が優勢のように思えたが、終盤にかけて閻景実もうまくまとめて細かい碁になった。二百三十九手で顧師言が1目差で勝った。ただ先手が有利なので今でいうコミを考慮すると実質は6~7目で黒番顧師言の完勝というところか。また、記録には著蓋金花椀一隻を争うとあるので、蓋のある金花模様の椀(金杯)が懸賞であったことがうかがえる。

(618~907)は、隋が混乱にあるなか、各地の群雄を抑えて統一を図った李淵・李世民父子が建国した。李淵を高祖(位618~626)と呼び、引き継いだ李世民を太宗(位626~649)と呼んだ。次に高宗(位649~683)と続くが、高宗の晩年に皇后則天武后(位690~705)が実権を握り、中国唯一の女帝の時代になると唐はにわかに混乱をきたす。武后時代に一時「周」と称するが、すぐに中宗(位705~710)が復位、やがて玄宗(位712~756)が治め、文化も爛熟期を迎えるにこととなる。
この対局が行われた850年頃といえば、晩唐にあたり、唐代に完成された律令制度や仏教に代表されるような文化が、日本や東アジアにも伝わり、それらをすべて含めての東アジア文化圏が成熟する一方で、唐自体は、幾多の政治的混乱の後、衰退の一途をたどっている時期と言える。
隆盛時の長安は、東西10km、南北8kmの城壁に囲まれた巨大な城郭都市であった。城内はそれこそ碁盤の目状に区画され、ブロックごとの坊に囲まれていた。
この「譜金花椀図」対局も、長安城のどこか一角で争われたのであろう。1200年近い昔を色々想像しながら、静かに石を置くのもまた愉しからずやである。
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by kirakuossan | 2016-02-29 11:01 | ヒストリー | Trackback
2016年2月29日(月)

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2016年2月25日(木)08:47am 我が家の小梅
レンズ:1NIKKOR VR 10-30mm  f/5.3 焦点距離:25.9mm(69.9mm) 
露出+0.0 シャッター1/125 ISO320 AUTO (一部露出修正あり)




by kirakuossan | 2016-02-29 09:33 | PHOTO | Trackback

2月29日の過ごし方

2016年2月29日(月)

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d0170835_16132341.gif2月29日の過ごし方。
29日一日を、余分な一日と考えるか、ラッキー!一日儲けた!と思って過ごすかには大きな違いがあると思う。やはりラッキー!と思う過ごし方、生き方の方が、幸運をもたらすだろう。

d0170835_82732100.jpg話は全然違うが、大阪の梅田大丸の地下でよく10時の開店直後から長い人の列ができている。塩昆布「神宗」のお徳用袋を買うために並んでいたのだ。以前から何を並んでいるのかと不思議に思っていたが、塩昆布を買うためにわざわざ並んでいるのだ。一昨日は庵原氏と灘の蔵開きに行くために阪神西宮駅で11時に待ち合わせをしていて、まだ時間が少しあるのでちょうど好都合と、並ぶことにした。でも余りにゆっくりと進むので、待てども待てども店内にすら入れない。30分近くも並んでやっと徳用袋が買え、結局待ち合わせ時刻に5分遅れてしまったが、でもラッキー!な心持ちがした。
d0170835_8294416.jpgお徳用とは角切りを使用した後に残る昆布の端を使用したもので、形は不揃いで、肉厚も様々と断りが入っているが、味の方は同じ天然真昆布なので変わりなく美味い。庵原氏に言わせれば、「その端が美味いんですよ」となるが、真偽のほどはともかく確かに美味い、しかも260gも入って1000円とは格安である。

天明元年(1781)創業。”かんそう”と検索すれば感想、乾燥、完走と並んで「神宗」とでてくるぐらいだからやはり大したものなのだ。
by kirakuossan | 2016-02-29 07:39 | 偶感 | Trackback

質朴に暮らす。

2016年2月28日(日)

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今でもドイツには、大学の教授とか有名な音楽家とか、がっちりした教養や思想のある人で、しかも心情が細やかで、自然の野の花や夕映えや、いや山や海や田舎の新鮮な空気が大好きで、質朴な感じを失わないままに暮らしている人がたくさんいる。もしもひなびた雅びという言葉がゆるされるなら、そういう人たちの身ごなしや住まいぶりがそうだ。

もちろん、大学教授でも音楽家でもないのだが、でもこんな生き方に憧れる。質朴な感じを失わないままに暮らす、ということは質素という意味合いではないだろう。飾りけがなく純真で素直なこと、そのことは人としてみなから信頼され、人としてもっとも大切なこと。
吉田秀和氏は、さりげにこういったことを上手に表現する人だ。
by kirakuossan | 2016-02-28 23:26 | 偶感 | Trackback
2016年2月28日(日)

d0170835_22191711.jpg昨日NHK大阪ホールで催された「オーストラリアのお医者さんによるオーケストラ/チャリティーコンサート」前半のプログラムでヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番という曲を大谷玲子というヴァイオリニストが演奏したが、なかなかの好演であった。
ヘンリク・ヴィエニャフスキ(1835~1880)はヴァイオリン協奏曲を2曲書いた。1862年に初演された第2番二短調の方が比較的有名であるが、でも遡ること9年、あえて18歳の時に書いた第1番嬰ヘ短調の方をとる専門家も多い。
この曲は濃密な第1楽章に比べて、第2、3楽章が弱いといわれるが、「祈り」という表題が付いた木管楽器とホルンで奏でられる第2楽章の間奏曲は5分少々と短いが魅惑的である。また「ロンド」と称される最終楽章も、溌剌とした軽快な楽曲で決して見劣りしない。d0170835_22381287.jpg
スラヴ的情緒が随所に感じとれ、隠れた佳曲かもしれない。ただ曲の長さにおいて、2,3楽章が1楽章に比べて短く、あっけなく終ってしまうような物足りなさを感じることは事実である。
ところでNHK大阪ホールで初めて聴いたが、席が前から6列目ということもあって、舞台を見上げるような形だったが、やはり音響的には課題がありそうだ。演奏者が席からかなり近い割にはヴァイオリンの音色が遠くに聞こえたり。舞台奥の管楽器(全く顔も拝めなかったが・・・)がどことなく響きがこもって聴こえてくる。それと座席と舞台との高低差があまりにもありすぎるようにも感じられた。


ヴィエニャフスキ:
ヴァイオリン協奏曲第1番 嬰ヘ短調 Op. 14
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
小澤征爾(指揮)
by kirakuossan | 2016-02-28 21:53 | クラシック | Trackback

なんと贅沢なことよ

2016年2月28日(日)

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d0170835_16482260.jpg今朝は今朝で、庵焼を愛でながら、原庵梅香堂特製の4年もの梅酒をいただき、昨夜のクエ鍋の雑炊とはなんと贅沢なことよ。
この豊潤な梅酒をチビリチビリやるのが、これまた好いもんなのです。
by kirakuossan | 2016-02-28 16:35 | 偶感 | Trackback
2016年2月28日(日)

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松田歯科の先生にご紹介いただいた「オーストラリアのお医者さんによるオーケストラ/チャリティーコンサート」がNHK大阪ホールであった。演目はブラームスの交響曲第1番ハ短調、これがかなりの水準の演奏で、庵原氏ともども満足に浸る。

d0170835_1334524.jpgさらに次は庵原氏宅で、クエ鍋をつつきながら、再度ブラームスの第1番。今度はパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルの演奏。例の第4楽章の最高の聴かせどころの、管弦楽全体が休止し、序奏が終わって弦楽合奏が第1主題を演奏し始める、あそこの休止場面は完全に一呼吸おき、もうそれは完璧の極みでありました。
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それにしても今宵のクエ鍋は美味かった。 それに灘の蔵開き原酒の飲み比べ、そしてクラシック談義・・・ああ~今宵心地よいひとときが過ぎてゆく。
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d0170835_1441339.jpgJBLのスピーカー、好い音、してたなあ~


(2016年2月27日)
by kirakuossan | 2016-02-28 12:44 | 偶感 | Trackback

西宮郷の蔵開き

2016年2月28日(日)

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d0170835_1350339.jpg日本盛はよいお酒♪

(2016年2月27日)
by kirakuossan | 2016-02-28 12:33 | 偶感 | Trackback
2016年2月27日(土)

1814年2月27日ベートーヴェンの交響曲第8番が初演された。この曲はその前の年の12月に初演された交響曲第7番と一対にして考えられることが多い。そのことは先の交響曲第5番と交響曲第6番が二曲一組とされることと同じである。その流れから、ベートーヴェンは第9番を作曲し、次の第10番へ。従来の楽器だけの楽曲を9番として、10番には合唱曲を取り入れる構想をもっていた。でも結局、合唱を先の9番に組み込んでしまい、1824年にあの偉大な「第九」が生まれた。そしてそのあとは例の難解な弦楽四重奏の作曲へと力点を移していった。ベートーヴェンは賛否両論ある最後の弦楽四重奏曲ヘ長調を1826年に書き上げ、翌1827年に世を去る。そこで彼の秘書であったアントン・シンドラーが明かすことには、ベートーヴェンは死の直前に「完全にスケッチを終えた新しい交響曲がひきだしの中に入っている」と言い残したというのだ。でも、いくら探してもそのようなものは見つからず、ただ断片的に書かれたスケッチや一片の小節しか出てこなかった。
新しい交響曲を是非に聴いてみたいという衝動に駆られる反面、いやあれでよかった、9番まででよかったのだと思う。もし最後の四重奏曲のようなあの支離滅裂な、いや言い方が過ぎれば、あの難解な楽曲で第10番を聴きたくはなかった。それほどまでにベートーヴェンのシンフォニーは1番から9番まで完璧にしあがっているのだから。d0170835_724585.jpg
残されたスケッチを元に、ベートーヴェンの技法を模倣して曲として完成させようという試みがあるそうだが、そんないらぬことはやらんでよろしい。シーッ、そっとしておけばよいのだ。そうでなければ、ハンスビューローか、誰かが言うように、ブラームスの第1番を据えたらよいのだ。
あ、そうそう今日の「オーストラリアのお医者さんたちのオーケストラ」はブラームスの1番をやるんだった。
ルドルフ・ケンペ指揮のバイエルン放送交響楽団で第8番を聴きながら、ふと色々と思いふけっている。そういうとケンペも久しぶりだ。
by kirakuossan | 2016-02-27 06:42 | クラシック | Trackback
2016年2月26日(金)

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レナード・バーンスタイン指揮するニューヨーク・フィルのヘンデルの「メサイア」、ソリスト陣は正直一流の顔ぶれではないけれど、この演奏はバーンスタインのオーラーが全員に光り輝いたのか、最高の「メサイア」を導き出している。そんなことで以前にNMLから自作CDにしたまでは良かったが、長い間行方不明になっていた。今日、セドリックのカートリッジから出てきた。久々の再会を果たした。もう一枚、探していたパティー・ページも一緒に出てきた。セドリックが「コレいるんとちがうんかいな」と言ってくれたのだった。


ヘンデル:
d0170835_1922275.jpgオラトリオ「メサイア」 HWV 56
アデーレ・アディソン - Adele Addison (ソプラノ)
ラッセル・オバーリン - Russell Oberlin (アルト)
デイヴィッド・ロイド - David Lloyd (テノール)
ウィリアム・ウォーフィールド - William Warfield (バリトン)
ウィリアム・ヴァキアーノ - William Vacchiano (トランペット)
ウェストミンスター合唱団 - Westminster Choir

ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団 - New York Philharmonic Orchestra
レナード・バーンスタイン - Leonard Bernstein (指揮)
(録音: 1956年)


この「メサイア」、曲順をかなり入れ替えたり、大幅に曲をカットしたりして、本来の三部構成ではなく第1部「降誕編」第2部「復活編」の二部構成に再編成し直している。また、アルトにカウンターテナーを用いるなど、かなり斬新なのである。冒頭に言ったようにソリスト陣は確かに一流陣ではないのだが、このバーンスタインの演出に皆が見事にはまって実力以上のものを出している。もちろんこの演奏を名演と推奨する解説は見たことがないが、小生にとっては何ともはや、最高に惹きつかせる「メサイア」なのである。しかも1956年だが音質はこれ以上ない最高の出来である。
バーンスタイン38歳、ニューヨーク・フィルの音楽監督に就任する2年前の録音、なんたってこの時分は怖いもん知らずでしたな。彼は、情熱的な指揮ぶりで、興に乗ると指揮台上でジャンプすることもある、小生は74年の来日公演で、フェスティバルホールの指揮台でマーラー5番を指揮していてそれをやるのをこの目でしかとたしかめ感動したひとりでありますが、さすがにこの「メサイア」ではジャンプはしなかっただろう。でも最高のデキのこの演奏に、してやったり! 心の中では多分ジャンプしてたと思う。
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by kirakuossan | 2016-02-26 18:52 | クラシック | Trackback