気楽おっさんの蓼科偶感


信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。
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吉田健一の酒

2015年9月30日(水)

久しぶりに吉田健一の文章である。

d0170835_21143340.jpg給仕が酒を注いで廻れば、同じく給仕が料理の大きな皿を持って来るが、自分の番になってその料理の一部を取り分ける際には、なるべくすこしにしなければならない、給仕の目に付く程度にいつも自分のコップに入っている酒を減らして置かなければ、給仕が注ぎ足してくれないからである。西洋料理などというものは、あるいはもっと広くいって、どんな食べものでも、またそれを食べる機会にいずれは巡り合えるのにきまっていて、仮にそれが二度と来なくても、太陽がお腹に入るのをいつまた経験することが出来るかということに比べれば、大して惜しがることはない。しかし上等の葡萄酒というのは、その一瓶ごとに独特の時間が堪えられていて、三度の食事にこと欠かない限り、食べものなどとこの貴重な時間が換えられるものではない。しかし葡萄酒も洋酒で、前にもいった通り、洋酒は食べものと切り離すことが出来ないから、なるべく手間をかけずに食べられるものをすこしとる。

自分にはとても無理だなと思う。根っからいじましくできているのか、バイキング料理などにでくわすと、一皿では足りずに、二皿に、あれもこれも目移りして山盛りになってしまう。旅館などでも朝食に美味しいご飯が御ひつごと出てきたりして、色とりどりのおかずが並んだりすると、かみさんと二人して、つい御ひつごとおかわりするような実にはしたないことに相成る。というより、自分はいくら酒が好きだとはいっても、吉田健一氏ほどの域には達していないということだろう。そうしておこう。

うまい酒というのは、全く結構なものである。飲めば飲む程よくて、李白がいい加減飲んでから相手に、眠くなったから明日また来いといったのは、何か腑に落ちないものがある。恐らく、これは詩が四行続くうちに破天荒の量を飲んだということなので、それだけ飲めば誰でも眠くなる。また、それが上等の酒のいい所なので、記録破りの飲み方をしても、せいぜい眠るだけであって、別に卓子を叩いたり、窓ガラスを壊したりしたくはならない。眠くなって、安らかな一夜を過ごし、二日酔いもしなくて、それで詩人も、明日は琴を持って来なさいといっている。二日酔いだったらば、琴など聞ける訳がない。  「酒」吉田健一 より


この人の、それこそ上等の酒をチビリチビリとやりながらでも書いているのでは?というような”クネクネ”と回り道でもするような、そんな独特の文章。ときおり読み返さないと意味不明なこともままあるが、でもそんな吉田健一の文章が僕は好きだ。
by kirakuossan | 2015-09-30 20:50 | 文芸 | Trackback

240.000人

2015年9月30日(水)

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2015年9月30日(水)20時15分
訪問者数240.000人突破。多謝。

10.000人は396日目の2011年7月21日(木)
20.000人は202日目の2012年2月7日(火)
30.000人は104日目の2012年5月20日(日)
40.000人は96日目の2012年8月24日(金)
50.000人は89日目の2012年11月21日(水)
60.000人は89日目の2013年2月18日(月)
70.000人は101日目の2013年5月30日(木)
80.000人は92日目の2013年8月30日(金)
90.000人は62日目の2013年10月31日(木)
100.000人は53日目の2013年12月23日(月)
110.000人は55日目の2014年2月16日(日)
120.000人は47日目の2014年4月4日(金)
130.000人は43日目の2014年5月17日(土)
140.000人は44日目の2014年6月30日(月)
150.000人は51日目の2014年8月20日(水)
160.000人は48日目の2014年10月7日(火)
170.000人は49日目の2014年11月25日(火)
180.000人は45日目の2015年1月9日(金)
190.000人は42日目の2015年2月20日(金)
200.000人は49日目の2015年4月10日(金)
210.000人は48日目の2015年5月28日(木)
220.000人は45日目の2015年7月12日(日)
230.000人は45日目の2015年8月26日(水)
240.000人は35日目の2015年9月30日(水)


長野県の特例市である松本市の推計人口が241.501人である。
by kirakuossan | 2015-09-30 20:15 | 備忘箱 | Trackback

指揮者100選☆67 ヨッフム

2015年9月29日(火)

d0170835_1742822.jpgオイゲン・ヨッフム
(Eugen Jochum、ドイツ 1902~1987)
この指揮者については昔からよく知っているし、ベートーヴェンの交響曲なども廉価盤全集で聴いたことがある。その時は、「案外やるじゃん」といった印象を持ったことは記憶に残りはしても、でもただそれだけにとどまっていた。ところが今回ブルックナーを改めて聴くにつけ、ヨッフムの偉大さを遅まきながら再認識した次第である。
☆私見・・・
”隠れたブルックナー指揮者”などと評してごめんなさい。ブルックナー協会総裁を務めるほどの貴方のブルックナーに対する厚い思い入れとその音楽の深遠さとはとても表現できないほど崇高で尊大なものであります。
”最もブルックナーらしい”音楽を再現する最高の指揮者とここに宣言させていただきます。



ベルリン放送交響楽団(1932~34年)ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団(1934~49年)バイエルン放送交響楽団(1949~60年)ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1961~64年)バンベルク交響楽団(1971~73年)
このようにオーケストラ首席指揮者の変遷を見ると、バイエルン以外はいずれもなぜか短いのに気づく。また二股をかけずに一つ一つの歴任を経てきたことも彼の律儀な性格のあらわれかも知れない。

d0170835_18492481.jpg☆録音は・・・
でも彼の真価が本当に発揮されるのは1970年代に入ってからで、幾つかの楽団を渡り歩いたのちの70歳代になってからである。シュターツカペレ・ドレスデンとのブルックナー交響曲全集やロンドン・フィルとのブラームス交響曲全集、そしてロンドン交響楽団とのベートーヴェン交響曲全集をのこしたのもすべてこの時代である。彼が晩成型の指揮者と称されるのはこういった背景がある。『指揮者のすべて』(音楽之友社刊)にも1970年代の指揮者としてベスト10の8位に堂々ランキングされていることからも彼の実力のほどがわかるのである。そう言った意味でヨッフムは自らの指揮者人生の集大成を理想のタイミングで遺せたことは恵まれていたと言えよう。

☆演奏スタイルは・・・
派手さはなく地味ではあるが、堅固な構成力と真摯な態度、良い意味でのドイツ正統派の指揮をする。温厚誠実な性格がかえってカリスマ的な人気が出なかった理由かもしれないが、今こうして振り返って、こんな凄い指揮者がいたのだと後世に再認識されることは素晴らしいことではないか。

Myライブラリーより・・・
d0170835_19111846.jpgd0170835_19114781.jpg1986年9月コンセルヘボウ管との最後の来日時のあのブルックナー第7番はこの世ではない天上のブルックナー音楽であったが、そのちょうど10年前にシュターツカペレ・ドレスデンと収録したブルックナー交響曲全集の第7番も実に堂々とした秀逸の出来栄えである。この全集でもうひとつの魅力は、失われつつある東独のシュターツカペレ・ドレスデンのあの”いぶし銀”の音色が思う存分に聴けるというところにもある。

d0170835_19312863.jpgブルックナー:
交響曲第7番 ホ長調 WAB 107 (1885年稿・ノヴァーク版)
シュターツカペレ・ドレスデン
オイゲン・ヨッフム(指揮)
(録音:1976年)


ベートーヴェン交響曲全集5枚組はたしか2000円ほどで購入したように記憶しているが、正直、指揮者がどうこうよりも価格に眼がくらんで買ったものだ。でも当時からその演奏を聴くにつけ、同じく廉価盤のヨーゼフ・クリップスとロンドン交響楽団と比較して、よりドイツ的正攻法の堂々としたベートーヴェンということでこちらの方に軍配を上げたものである。

ベートーヴェン:
交響曲全集

ロンドン交響楽団
オイゲン・ヨッフム(指揮)
(録音:1976-79年)
by kirakuossan | 2015-09-29 17:35 | 指揮者100選(完) | Trackback

たまにはランチでもいかが

2015年9月29日(火)

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d0170835_15454241.jpgたまにはランチでもいかが。
かみさんの友達小笠原さんの紹介で草津のステーキ屋へ。
リーズナブルな料金で美味しい肉とハンバーグ、しかもお目当ては焼きたてのパン食べ放題。これは女性に人気があるはず。かみさん7個、僕5つ。結構お得で楽しめる店でした。
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by kirakuossan | 2015-09-29 15:44 | 食・酒 | Trackback

今月の一枚::tuttiの鐘 Sep.2015

2015年9月29日(火)

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2015年9月13日(日)3:57pm tutti
レンズ:1NIKKOR VR 10-30mm  f/5 焦点距離:23.6mm(63.72mm) 露出+0.0 シャッター1/6 ISO3200 AUTO (左右カット修正)

アトリエから持ち寄った鐘。
今月はあまり良いのがなかった。これは構図の面白さで採りあげた。苦しい選択。
by kirakuossan | 2015-09-29 11:45 | PHOTO | Trackback

ストレートフラッシュ

2015年9月29日(火)

ボク
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K.Mくん
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d0170835_8243065.png幼馴染3人でポーカーをやりました。
僕はツーペアで得意満面、
K.Mくんはストレートフラッシュを逃して残念がりました。




R.Yくん
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ところがびっくり! R.Yくんがストレートフラッシュを出しました。

昭和〇〇年〇月〇日〇〇歳

ああー、愉しかった。



わかるかな?
by kirakuossan | 2015-09-29 07:24 | 偶感 | Trackback

今宵はスーパームーン

2015年9月28日(月)
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d0170835_20413116.jpg中秋の名月が満月とは限らない。実は今日が満月。とくに今夜の月は、満月の中でも特に大きく明るいスーパームーン。これは月が地球に最も近づく日と満月になる日とが重なることから大きくなる。
直径がおよそ14%大きいということは一回りほど大きいわけだ。


そして明るさは30%増しということらしい。そういえばいつもより明るいか。
by kirakuossan | 2015-09-28 20:18 | 偶感 | Trackback

ブルックナー第7番に関する一考察  その2

2015年9月28日(月)

ブルックナーの「交響曲第7番ホ長調」にはもう一枚好きな演奏がある。
それは、1975年10月に朝比奈隆が手兵の大阪フィルとヨーロッパ演奏旅行に行った際に、ブルックナーが眠るリンツ聖フローリアン教会で演奏したライブ録音だ。この時スイス、オーストリア、西ドイツ、オランダで20回の演奏会を行った。
当時67歳の脂の乗り切った朝比奈が意気揚々と手兵を引き連れてヨーローッパを凱旋した姿が、見もしていないのにはっきりと目に浮かぶ光景である。ところでこの聖フローリアン教会での第7番の演奏であるが、これが実力以上といったら失礼だが、実にゆったりとして堂々としたもので、本場オーストリア顔負けの、どこか神がかり的な思いもするほどの名演なのである。これは大げさではなく日本のオーケストラが演奏したブルックナーとしては最上のもののひとつであろう。しかも アウェーでの演奏会というところが凄い。また、この時の演奏はハース版で行われたが、会場にノヴァーク版の校訂者レオポルト・ノヴァークが聴きに来ており、ノヴァークも版を乗り越えこの時の演奏を称賛したという。

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この聖フローリアン教会は残響時間が極めて長いことでも有名で演奏者は苦労するらしい。ちなみに聖フローリアン教会でブルックナーの交響曲を演奏したのは朝比奈らが始めてで、ここで眠るブルックナーもたいそう驚いたと思うが、これ以降演奏の収録にも時おり使われるようになる。

当日の演奏会は初めから力がこもったもので、第1楽章終了時に、思わず聴衆が盛大な拍手をするほどであった。そして続くAdagio楽章ではじっくりと謳いあげ、終結のワーグナーに捧げる「葬送音楽」が静かに閉じた時、聖フローリアン寺院の鐘が静かに鳴った。これこそ”神がかり的”なハプニングで、朝比奈も第3楽章に進む前にタクトを止め聴きいった。この間約30秒の空白がある。もうこのことで演奏する方にも一層の熱が入り、聴く方もより神妙になり、まさに天上の音楽会の様相を呈した。

今度の日程中、リンツでの演奏会が市内のブルックナー・ホールでなくてこの寺院で催されると知らされた時、私は幸せに酔う思いであった。この日の午後、そこで私たちがその交響曲第7番を演奏するということが現実になろうとしているのである。~
早速練習、暖房もない石の部屋の空気は刺すように冷たいが、天上のものと形容するほど豊麗な反響に包まれて全曲を通す。この交響曲の随所にある数小節に及ぶ全体休止や曲に特別な表情をつけるフェルマータ休止をいくらゆっくりと休んでも、前の和音はじょうじょうと広間の中にただよっている。いつも私の長い休止をいぶかっていた楽員の顔にもなるほどと微笑が浮かぶ。~
私はかなり遅い目のテンポをとり、広間の残響と均衡をとりつつ演奏を進めた。d0170835_1323734.jpg十分な間合いを持たせて第2楽章の和音が消えた時、左手の窓から見える鐘楼から鐘の音が1つ2つと4打。私はうつむいて待った。ともう1つの鐘楼からやや低い音で答えるように響く。静寂が広間を満たした。やがて最後の鐘の余韻が白い雲の浮かぶ空に消えたいったとき、私は静かに第3楽章への指揮棒を下した。     (朝比奈隆)



終演後、ブラボーが飛び出し、盛大な拍手に包まれた。ホルンのヒヤリとするところはあったにしても全体を通してオケのミスもほとんどなく、大フィルが40年前にすでにこれほどの力量を持ち合わせていたのかと驚くほどである。朝比奈・大フィルの永遠に語り継がれる名演はこのようにして生まれたのである。このディスクの凄いところはその”鐘の音”がしっかりと収録されてあるところにさらに値打ちがあるのである。
by kirakuossan | 2015-09-28 11:41 | クラシック | Trackback

ブルックナー第7番に関する一考察

2015年9月28日(月)

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン交響楽団によるブルックナー交響曲第7番ホ長調(ノヴァーク版)の演奏会がいよいよ今週末に迫ってきた。なんといってもブルックナーが楽しみで、実は一日二日前から手持ちの第7番のディスクを順番に聴いているが、ここでブルックナーの交響曲第7番について整理しておこう。

d0170835_941526.jpgブルックナーは最初難しくて敬遠しがちである。でもどうしても聴く価値のある音楽にちがいない、しかもマーラーにも少し飽いてもきたし・・・と無理矢理に詰め込むようにブルックナー音楽に手を染めだす。僕もそうだったが、最初は何となく「ロマンチック」という表題につられて第4番から聞き始めるものだ。でもどうも退屈な音楽だ、”霧の中に彷徨う”ような、どこがいいのだろう? そうこうして何度かチャレンジしては挫折し、また気を取り直して聞くといったことがしばらく続く。
ところが突如、目から鱗が・・・とでもいうのか、今まで覆っていたベールが取り払われて方向感覚が鮮やかに浮かび上がる瞬間を迎えるのである。「アッこれだ!」と感じる時を迎えるのである。それはブルックナーに目覚める人はたいがいが第7番を耳にしてだと思う。僕の場合もそうであった。道程は長かったがここまでたどり着くともうしめたもので、あとは第8番、第9番と聴き続け、気が付けばすっかり”ブルックナー音楽の虜”化している自分を発見するのである。
ところでなぜ第7番を聴いて目覚めるかだが、それは男性的なごつごつとしたイメージを抱くブルックナーのシンフォニーにあって、この第7番は比較的穏やかで、美しい旋律に魅了される音楽だからだろう。5番や6番、あるいは8番と比べて柔らかい印象を描く。そのあたりがブルックナー音楽の入門者にはピタリとはまるのであろう。

自筆稿・資料の解釈の相違から、初版・ハース版・ノヴァーク版の間で相違を見せる箇所がいくつかある、そんな「交響曲第7番ホ長調」だが、多くのエピソードにも包まれた魅力ある交響曲でもあるのだ。
第6番の完成後すぐ、1881年9月末から第1楽章の作曲が開始された。この交響曲で最も美しく、特徴ある第2楽章Adagio.の執筆をしている頃、ブルックナーが最も敬愛してきたリヒャルト・ワーグナーが危篤状態にあり、ブルックナーは「ワーグナーの死を予感しながら」書き進めたとされる。そして1883年2月13日にワーグナーが死去すると、この楽章にコーダを付加し、第184小節以下をワーグナーのための「葬送音楽」と呼ぶようにした。やがて第2楽章は4月21日に書き上げられ、1883年9月5日に全4楽章が完成する。
「葬送音楽」は第2楽章の第184小節、終結3分前ほどから始まるが、4本のワグナーチューバが厳粛な音楽を奏で、最後は消えいるように静かに締めくくられる。
1896年10月、ブルックナーの葬儀の際、このAdagio楽章がホルン四重奏に編曲されて演奏された。

第7番では、1989年4月にウィーン・フィルを振ったヘルベルト・フォン・カラヤンの最後の録音として名高い演奏があるが、ベルリン・フィルとの確執も忘れて伸び伸びしたのか溌剌とした演奏ではあるが、音色が綺麗すぎて、かえってブルックナーからは遠ざかるような気がする。そこへ行くと、ブルックナーには定評のあるロヴロ・フォン・マタチッチとチェコ・フィルの1967年のプラハ・芸術家の家での収録は聴かせる。チェコ・フィルの全盛期の響きが高音質で聴ける価値ある一枚である。

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でもここで敢えて採りあげたいのは隠れたブルックナー指揮者とも呼ばれた(かもしれない?)オイゲン・ヨッフムである。ギュンター・ヴァントに似て、最初は個性に乏しく地味で印象が薄く一流半の評価しか受けなかったが、晩年になってドイツ風の堅実な中にも懐の深さと実に暖かみに溢れた良い音楽を聴かせた。(相変らず地味ではあったが)
そんな彼が、84歳で逝去するその半年前、1986年9月にコンセルヘボウ管と来日して、人見記念講堂で披露した第7番は筆舌に尽くし難いほど素晴らしい。Adagio楽章での5~6分ほどしてから始まる弦に導かれたあの謳うような美しい旋律。。。もうこの世のものではない、まさにブルックナーの真髄に最も近づいた最高の音楽である。
もうひとつここで感心するのは、昭和人見記念講堂の音響効果の素晴らしさだ。ノヴァーク版やハース版での違いが多く指摘される例の第2楽章・177小節で、シンバル、トライアングル、ティンパニが登場する箇所、そこにおけるトライアングルの音色が埋もれずにしっかりと収録されており、大きすぎず小さすぎず実に微かに響くところはまさに絶品である。

余談だが、ヨッフムは1961年から3年間アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団首席指揮者に就くが、その時、ベルナルト・ハイティンクとの共同による就任であった。その実は経験の浅いハイティンク(当時32歳)を補佐するために依頼されたものであった。ハイティンク、今では一流のブルックナー指揮者だが、もしかすればこの時にヨッフムから教わったのかもしれない。そのハイティンクもヨッフムの齢を超えた。その教わったブルックナー7番が今週末に聴けるのだ。
by kirakuossan | 2015-09-28 09:40 | クラシック | Trackback

「月が綺麗ですね。。。」

2015年9月27日(日)

I love you。。。

英語の教師であった漱石は自分の生徒たちにこう教えた。
日本人なら「月が綺麗ですね。。。」と訳すのです、と。

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18:40撮影


今日は中秋の名月。
by kirakuossan | 2015-09-27 18:55 | 偶感 | Trackback
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