ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

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有意義な新年会

2015年1月31日(土)

d0170835_162778.jpg我行精進 忍終不悔

行く道は精進して 忍びて終わり悔いなし

辛いことがあっても、それは精進であって、自分を高めるために必要なことなのだ。
たとえそれで終わることがあっても、自分の向上にとっては確実にためになっているのだから悔いはない。
だから自分の思うところに一生懸命に努力してつきつめて行くことが大切なことである、といった意味合いか。これは高倉健さんの生前の座右の銘であったとも、ご住職から教わる。

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お寺さんの新年会に初めて出席、18名の参加で和やかに執り行われた。そこでご近所にお住まいの中野さんという方と知り合え、親しく話す機会が持てた。僕よりひと回り近く年長ではあるが気さくな方で、テニスはまだ現役、社交ダンスやFacebook もこなす達人である。
さらに書道のお師匠さんでもあって、近くの公民館で月に2回ほど教えているという。これは春からまたひとつ趣味が増えそうである。有意義な新年会であった。
by kirakuossan | 2015-01-31 16:01 | 偶感 | Trackback

虹の足

2015年1月31日(土)


雨があがって
雲間から
乾麺みたいに真直な
陽射しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたころ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる田園の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すくっと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽり抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
―おーい、君の家が虹の中にあるぞォ
乗客たちは頬を火照らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが―。


虹の足       吉野弘



吉野弘の詩は、男の優しさ、大人の優しさ、人間としての優しさがにじみでる。



d0170835_8234135.jpgみそ汁に入れる豆腐は、さっと湯に通して少しまだ早いかな?と思うぐらいに火を止めると、ちょうどころあいの柔らかさに仕上がる。つるんつるんとした豆腐は、そのあと温め直しても、いつまでもつるんつるんのままである。何事も最初が肝心。このことは湯豆腐でも同じである。お湯の中でグツグツ音を立てるようではもう美味しくない。

うちは浄土真宗だが、もう50年以上世話になっているお寺さんの今日は新年会、初めて出席の返事を出してみた。昨夜かみさんと話していた。
「住職のこと、どう呼ぶのか?」
「うちのおばーちゃん、”ごえんさん”とか呼んでいたよ」
調べてみると、正式にはご院家さん(ごいんげさん)、関西地方の浄土真宗ではそれが詰まって御院さん(ごいんさん)、これがなまってごえんさん(ご縁さん)と呼ばれることが多いと書いてある。
きょうは「ご縁さん」でいこうか。 もうそんな年になったんだ。。。
by kirakuossan | 2015-01-31 08:09 | 文芸 | Trackback

冷雨にも 額に汗し 釜うどん

2015年1月30日(金)

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d0170835_12455157.jpgどちらかといえば、うどんより蕎麦党だったが、先日の原庵の本格手打ちうどんを食べてから、「うどんもなかなか美味い」と今更ながらに思い始めた。
今日は見よう見まねで
「釜揚げうどん」なるものを作ってみた。麺はコンビニの讃岐うどん、少し細麺だが表示通りコシが強く、なめらかな食感。

d0170835_1255225.jpg想像以上に美味しいものであるということを発見した。土しょうががよく効いて冬場に身体がポカポカ温まって、今の季節になかなかよろしい。朝から冷たい雨が降り続いて厭な寒さだったが、熱い汁に、湯気にまみれて「釜揚げうどん」を食って、額に汗して、心地よい昼下がりである。



冷雨にも 額に汗し 釜うどん      耕庵
by kirakuossan | 2015-01-30 12:44 | 食・酒 | Trackback

新盤☆秀盤 NO15 絵物語風の「展覧会の絵」

2015年1月29日(木)

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ポール・ルイスの新譜。今までに聴いたことのない、全く新しい境地の「展覧会の絵」である。入口はいつもの通りにさりげに足を踏み入れるが、すぐさま、「グノーム」から異常に気づくことになる。そして「古城」からは、想像も予想もつかせないほどの意外性が存在し、驚きが隠されている。「牛車」の逞しさ、「雛の踊り」の可憐さ、「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」での自己主張、「カタコンベ」から「死せる言葉による死者への呼びかけ」での極端なまでの内省力、そして確信に満ちて「バーバ・ヤーガ」から「キエフの大門」へと辿りつく。それらはどれをとってもあまりにも劇的で、ミステリアスで、そしてどこまでも忠実である。これにはひとつの絵物語のページを繰って行く愉しさがある。こんなストーリー性に満ちた「展覧会の絵」を聴くのは初めてだ。
今更ながらに、ポールの凄さを実感する一枚である。


d0170835_1330899.jpgムソルグスキー:
組曲「展覧会の絵」Pictures at an Exhibition
ポール・ルイス(ピアノ)
録音: February 2014, Teldex Studio Berlin, Germany
Harmonia Mundi
by kirakuossan | 2015-01-29 12:24 | 注目盤◎ | Trackback

「湯たんぽ」が一番

2015年1月29日(木)

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d0170835_9211944.jpg今朝はずいぶんと冷え込んだ。昨日からの予報通りだ。ここ毎年冬に手離せないでいるのが「湯たんぽ」、安全で、費用要らずで、これが一番に暖かい。
それでも今朝は蒲団の中にいても肩口から冷気がさしこんできた。



ベランダになぜか小さな石が沢山ばらまかれている。昨夜、強風で吹き上がったのか? それにしてもおかしいと思っていたら気づいた。正月に孫たちが作った雪だるまの口や目や鼻だった。
ところで聞くところによると孫息子も今日からピアノを習うようだ。ひとつに、とにかく自転車に乗るのが大好きで、ピアノ教室まで自転車で行けるのでどうも習う気になったようだ。
アトリエもちょうど10年が経過した。このベランダの木柵も根元から朽ちてきて、いよいよ取り壊しだ。
by kirakuossan | 2015-01-29 09:23 | 偶感 | Trackback

球は転々宇宙間。。。

2015年1月28日(水)

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一昨日、直木賞作家の赤瀬川隼さんが亡くなった。ほんの3か月前に、実弟の芥川賞作家、赤瀬川原平氏も亡くなったばかりだ。兄弟での両賞受賞の作家は初めてらしいが、僕はふたりともどんな作品を残したのかも知らない。ただ兄の隼さんは、もと銀行員で、野球を題材にした小説を多く書いたというのを知って、ちょっと読んでみたい気持になった。
図書館は平日だというのに相変わらず盛況だ。最近は行き届いていて、最近亡くなった作家の特別コーナーをしつらえて、その人の書籍をまとめて展示してある。もちろん貸出ができるので、物色する手間が省けるというもんだ。今日も、中国歴史小説の直木賞作家・陳舜臣と、赤瀬川隼のコーナーが用意してあった。お目当てのデヴュー作である『球は転々宇宙間』がちょうど展示してあって借りて来る。『球は転々宇宙間』という洒落っ気たっぷりの表題が気にいった。ついでに昨夜NHKで紹介していた詩人吉野弘氏の本は・・・、今朝から殺到したのか、ほとんどが貸出中になっていた。やはり良く似た考えの人がずいぶんと多そうだ。

d0170835_1993166.jpg隣の美術館では、「滋賀近美 30年の至宝展」というのを無料公開している。
滋賀県立近代美術館が今年でちょうど開館30周年目の節目に当たるのを記念して開催する館蔵名品展で、日本画26点、洋画4点、工芸7点、現代美術17点の計54点の名品を厳選して展示してあって、数こそ少ないが優れた作品が多く、見ごたえがあった。
院展の日本画からは、やはり菱田春草「落葉」がぴか一であった。大観も2点あったがとてもこれには及ばない。あと、よく見る黒い衣装の女が髪をとぐ北野恒富の「鏡の前」にも魅せられた。あとは滋賀ゆかりの日本画として、山元春挙、茨木杉風、三橋節子、伊東深水、など充実していた。
僅か1週間の開催期間だが、無料ともあって、これを見ないてはない。
by kirakuossan | 2015-01-28 18:32 | 文芸 | Trackback

珍しく発句 (i Ca-tyann)

2015年1月28日(水)
第98題 010.gif


夕焼け


いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に。
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をギュッと噛んで
身体をこわばらせて---。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。


吉野 弘



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かみさん、昨夜のNHKの番組で紹介された吉野弘氏の詩に感銘を受けていた。
そのあと、僕のブログで子規の柿の俳句を知り・・・・
今朝、私も何かやらんといかんという気持に駆り立てられたらしく、珍しくひとつの俳句を作った。

柿鳥(と)られ やさしい友に 柿涙(も)らい       素足

本人いわく、「鳥」と「涙」の字を当てるところがミソらしいが、妙に悦に入っていた。
たしかに全体の言葉の流れとしては、どこかリズムがあるような。
冬でも素足でいるので、俳号を「素足」とした。




同じく、吉野弘氏の詩「祝 婚 歌」に出て来る一節、

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい


本当の「正しさ」ってなんなんだろうと考えさせられる。


【吉野弘】(1926~2014)山形県酒田市生まれの詩人。



追記:
2015年1月29日(木)
かみさん、今朝ももう一句。

なにをみて なにを感じる つるし柿        素足

ようわからん句だが、つるし柿が吊るされて、じっとしていて、何を考えているのだろう?といった句らしい。
by kirakuossan | 2015-01-28 08:57 | i Ca-tyann | Trackback

「柿をもらひ柿の一句を報いけり」の心境

2015年1月27日(火)

子規はが大好物であった。
好きなだけあって、柿の句も百句を越える。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺   明治28

この句は子規の代表作とされるが、生涯の親友であり、子規の療養生活の世話をした漱石の「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」への返礼の句である。

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このたびは小笠原さんに干し柿を貰い、熟すのをせっかく楽しみにしていたら不覚にもカラスに持って行かれました。諦めているところへ、再び小笠原さんから、「からすにたべられる迄に召しあがれ」との手紙と一緒に有難く干し柿を頂きました。 「こりゃ甘い!、美味い!」

このことを子規の俳句で綴りますと・・・


d0170835_140578.jpg干柿や湯殿のうしろ納屋の前     明治32

干柿に蜻蛉飛行く西日かな       明治30

柿の実や口ばし赤き鳥が来る     明治28
↓ 
柿をもらひ柿の一句を報いけり    明治33


・・・といった心境の今日この頃でございます。



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明治23

見あぐるや湖水の上の月一つ

月一つ瀬田から膳所へ流れけり


明治23年、正岡子規(1867~1902)が23歳の時、6月に高等中学の卒業試験を終え、7月1日に帰省の途についた。 8月26日に上京の為に松山を出発したが、途中大阪に二人の友を訪ね、大津を経て義仲寺に芭蕉の墓を詣で、幻住庵を訪れた。29日には日暮から小舟で湖上を進み唐崎に赴いた。この句はその時のものである。そして翌9月、東京帝国大学文科大学哲学科に入学する。同じくして夏目漱石(1867~1916)は文科大学英文科に入学する。今から125年も昔のことである。
by kirakuossan | 2015-01-27 12:55 | 食・酒 | Trackback

モーツァルトの誕生日にピアノを聴いて・・・

2015年1月27日(火)

今日は ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの誕生日である。
いつものことだが、彼はピアノ曲が一番いい。


エリソ・ヴィルサラーゼのピアノでまず2曲聴く。

ドゥゼードの「ジュリ」の「リゾンは眠った」による9つの変奏曲 ハ長調 K. 264 (315d)
ピアノ・ソナタ第14番 ハ短調 K. 457

d0170835_10165126.jpg装飾もしないで、何事もなかったように淡々と弾く、それでいてその奥底には色んなものに包まれた美しい音楽がひそんでいる。あるときは荒らしく、そしてこの音楽みたいにモーツァルトでは可憐さをうまく引き出す。響きの根底にはいつも健康美が宿る、ヴィルサラーゼのはそんなピアニストだ。
ヴィルサラーゼといつもだぶって見えるのが、d0170835_10182889.jpgクララ・ハスキルだ。ふたりの風貌からしてそう感じるのかもしれないが、ふたりの音楽は全く違う。ハスキルのは、繊細で、きめ細かい音の粒がつらなったように・・・で、どこかで壊れそうな弱さを感じさせる。この弱さというのは技巧的なことではなく、もっと内面から顔をのぞかせる、何かだ。
ハスキルのピアノといえば、フリッチャイやマルケヴィッチとの いくつかの協奏曲が思い起されるが、次に聴くのは、これも9つの変奏曲からなるピアノ曲だ。

デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K. 573


ロベール・カサドシュといえば、極めつきの美徳として知られていた、あの円くて、しっとりとした輝きがあって、粘っこさというものがなくて、しかもかさかさの無機的な感じを少しも与えない、軽くて、決して、軽っぽくないいわゆる真珠の玉をつらねたようなレガートの美しさというものが、あるにはあっても、少し重くなり、音の表面にも、真珠の比喩を続ければ、少し「病気になったような」淡い曇りがうっすらとかかったような気味があって、おやっと思ったものだ。
これは吉田秀和の弁だが、これを読んでいてつい先ほどのハスキルのことが思い浮かんだ。この「病気になったような」といった趣は、ハスキル、カサドシュに共通するように思えた。
吉田秀和はさらに続けて・・・
d0170835_10191836.jpgカサドシュといえば、私など―いや私に限るまい、彼の少なくとも壮年期のあのピアノをきいたことのある人たちだったら、ラヴェルやドビュッシーといったフランス近代音楽のピアノの名作はいうまでもないが、恐らく、それにもまして、彼のモーツァルトを高く評価していた。               『レコードのモーツァルト』から

ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K. 466
クリーヴランド管弦楽団/ジョージ・セル(指揮)


もうひとつ『レコードのモーツァルト』(吉田秀和著/中公文庫)から、好きなピアニストのピリスがでてくる。
マリア・ジョアオ・ピリスというピアニストは、ヴァイオリニストの塩川悠子が久しぶりに日本に戻ってきてリサイタルをやったとき、いっしょに来て、ピアノをひいた。そのリサイタルが大変な好評で、それもヴァイオリンの演奏だけでなく、ピアノのパートをうけもった人の演奏が、技術的にも音楽的にもとてもよかったというので、日本の音楽ファンの間にいっぺんに知られるようになった。
ピリスのピアノタッチは、輪郭のはっきりした端正な音がする。そして何よりも自己主張を明解にする。しかしそのことは同時に常に自分の役目もしっかりと掌握したピアノを奏でるということでもあろう。そのことはこの吉田秀和の文章でもよくわかる。たしかに彼女は色んな演奏家と共演することが多い。室内楽演奏にもすぐれており、ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイと組んで演奏や録音を続けたり、さらにチェリストのジャン・ワンを加えたトリオとして演奏旅行をして好評をえている。最近では、昨年発売されて話題をさらったダニエル・ハーディングとのベートーヴェンのピアノ協奏曲は記憶に新しいところである。

d0170835_1058487.jpgここでは歌曲の伴奏を聴いてみる。
バーバラ・ヘンドリックスとのモーツァルト歌曲集だ。
ソプラノの歌声の奥にあるピアノの素晴らしい伴奏を堪能するのもまた良い。

モーツァルト:歌曲集
春へのあこがれ K. 596、希望に K. 390、ほか


d0170835_1129045.jpg余談だが、バッハ弾きのシフ・アンドラーシュの夫人が塩川悠子とは知らなかった。

ピアノ三重奏曲第3番 変ロ長調 K. 502
アンドラーシュ・シフ(フォルテピアノ)
塩川悠子(ヴァイオリン)
ミクローシュ・ペレーニ(チェロ)


これまたまた知らなかったが、塩川悠子の最初の夫が比較文学者の大久保喬樹氏で、例の岡倉天心 『新訳 茶の本』や九鬼周造 『「いき」の構造』の翻訳・編著で知られる人物。
いっとき、「アジアは一つである~」名著『東洋の理想』で岡倉天心にはまったのを思い出す。
by kirakuossan | 2015-01-27 08:28 | クラシック | Trackback

壮観、21人のピアニストのアーカイヴ

2015年1月26日(月)

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BBC Legends は、イギリスBBC放送のアーカイヴを中心に未発表の放送音源を発掘リリースしてきたレーベルで、年代は1938年から1990年と半世紀以上にわたっており、貴重な演奏家の録音を幅広く網羅している。このなかからピアニストの録音集を探ってみた。
今更ながらにその充実ぶりに驚かされる。その名は21人に及んだ。

d0170835_18362023.jpgd0170835_18381228.jpgd0170835_18394155.jpgd0170835_18404749.jpgd0170835_18414677.jpgd0170835_1842485.jpgd0170835_18453498.jpgd0170835_18474130.jpgd0170835_18485196.jpgd0170835_18493028.jpgd0170835_1850531.jpgd0170835_18515799.jpgd0170835_185321100.jpgd0170835_18543236.jpgd0170835_18553850.jpgd0170835_18571266.jpgd0170835_18592292.jpgd0170835_190235.jpgd0170835_1922426.jpgd0170835_193388.jpgd0170835_195166.jpg

















スヴャトスラフ・リヒテル、アニー・フィッシャー、ヴラド・ペルルミュテール、ミエチスラフ・ホルショフスキ、シューラ・チェルカスキー、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、エミール・ギレリス、アルトゥール・ルービンシュタイン、クリフォード・カーゾン、ヴァルター・ギーゼキング、マイラ・ヘス 、ルドルフ・ゼルキン、タチアーナ・ニコラーエワ、ヴィルヘルム・ケンプ、ロザリン・テューレック、ホルヘ・ボレット、クラウディオ・アラウ、ジョン・オグドン、ゲザ・アンダ、ルドルフ・フィルクシュニー、ベンノ・モイセイヴィチ。


タチアーナ・ニコラーエワ「ゴルトベルク変奏曲」 BWV 988 は4年前に、NAXOS に投稿した文章が今も掲載されている。

レビュアー: kirakuossan 投稿日:2011/03/05
ゴルトベルク変奏曲は実に多くのピアニストが録音しているが、やはりグレン・グールド盤(1955年と1981年)が最も有名で定評がある。ニコラーエワはこの曲をすでに1979年に録音しており、一部の専門家の間では評判が良かったが、これは1986年、彼女が62歳の時の録音。最も脂が乗った時期の演奏と言える。グールドのステレオ版の5年後だ。このとき彼女は彼の演奏を知らないわけはないが、まるで自分のバッハ演奏に全幅の信頼を置いているかの如く自信に満ち溢れている。澱みなく自然なバッハの音色が魅力的だ。 少し高音部で音が割れるが、録音の不出来を差し引いてもこれは全く以て素晴らしいバッハと言える。最後の拍手音を聴いて、はじめてライブだと知り、また驚いた。

また、円熟期のルドルフ・ゼルキン、73年のロンドンライヴからバッハ「最愛の兄の旅立ちに」と、ベートーヴェンのソナタ「ワルトシュタイン」
さらにはヴィルヘルム・ケンプ74歳でののシューベルトの3つのピアノ曲(即興曲) D. 946や、4つの即興曲 Op. 90, D. 899 などなど、ついつい聴き惚れてしまう。



追記:
2015年2月14日(土)
ショック!なことに、2月12日付でナクソス・グループとの契約が失効したことに伴い、「BBC Legends」レーベルの全音源が配信を終了になった。
by kirakuossan | 2015-01-26 18:29 | クラシック | Trackback

信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


by kirakuossan

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