ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

カテゴリ:美術( 109 )

螢谷17組の女性が日展に入選。 すごい!

2017年12月10日(日)

「17組の光田啓子さんが今年の日展の洋画部門に入選されました。すごい!」
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昨日京都へ出向くとき、螢谷界隈を歩いていて、もう一つこんな掲示板を目にした。このような案内をみると、岡崎まで足を運んで是非観てみようという思いに駆られます。なにせこんな身近に住んでいる人が描いたものだから、興味は大いに沸きます。

日展(平成29年12月17日~平成30年1月20日:於京都市美術館別館)
光田啓子「時の流れに」

第2科(洋画部門)は500作を越える応募があって、特選10点、入選41点ほどあったもようで、その入選作に選ばれた。滋賀県ではもうひとり近江八幡市の細田公子さんの「ウィンドウに映る京の街」が入選した。

(2017年12月9日)


by kirakuossan | 2017-12-10 08:20 | 美術 | Trackback

本当だとすれば、これは偉大な発見!

2017年10月1日(日)

上半身裸の「モナリザ」か

ダビンチ本人作の可能性

2017/9/30 22:39【共同通信】

パリ近郊のコンデ美術館が所蔵している上半身裸の女性の肖像画。レオナルド・ダビンチが描いた可能性があることが分かった(ゲッティ=共同)

 【パリ共同】パリ近郊の美術館が所蔵する上半身裸の女性の肖像画が、巨匠レオナルド・ダビンチの世界的な名作として知られる油彩画「モナリザ」の習作としてダビンチ本人が描いた可能性があることが分かった。フランス国立ルーブル美術館の専門家らが鑑定を進めている。ロイター通信などが29日伝えた。

 木炭で描かれた肖像画はこれまで、ダビンチの弟子だった画学生の作品とされ、1862年からパリ近郊のコンデ美術館が所蔵している。ルーブルの専門家が詳細に鑑定したところ、制作時期が「モナリザ」とほぼ一致し、絵を描いた紙の生産地がイタリア北部の地域に特定された。


本当だとすれば、これは偉大な発見!


Leonardo da Vinci

1452~1519


by kirakuossan | 2017-10-01 09:01 | 美術 | Trackback

劉生晩景

2017年6月24日(土)

九月十七日に横須賀を発ち、特務艦で清水に着き、名古屋に向った。名古屋では、鈴木鎌造が早速落着き先の片野方にやってきた。鈴木は劉生のファンで、草土社の展覧会を名古屋で開いてくれた人間である。このときは蓁(妻)と照子(妹)麗子(娘)がいっしょだった。だが、名古屋では落着く気になれず、京都に家を求めるため、彼は単独で京都に行った。京都は久しぶりで、以前、奈良や、この土地の古い仏像を見て回って感心したことがあった。早速、京都にいる志賀直哉に電話して、その晩、話し合っている。
新しい家は、村田永之助という西陣の織物問屋の息子で、武者小路の新しき村の会員でもある青年の世話だったが、場所は、南禅寺草川町であった。この家には十月三日に入った。「神よ、この新しい生活の門出をお祝い下さいまし」と、彼は日記に書くが、京都の生活祝福されるものになるかどうか、このときはまだ彼には分らなかった。家の近くでは、目が醒めると近くの動物園からライオンの声が聞こえた。~
松本清張著『岸田劉生晩景』より

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僕はこの岸田劉生(1891~1929)の風景画「道路と土手と塀」(切通之写生)が大好きである。明治から現在に至るまで数多い日本人洋画家の描いた作品の中でも3本の指に入るぐらい好きである。娘の岸田麗子の肖像を多く描き、彼の代表作ともなっているが、そのどれもよりこの画の方を取る。
劉生は1917年(大正6年)から10年近く克明な日記をつけた。それが「鵠沼日記」や「劉生絵日記」としてまとめられ知られるようになる。26歳で日記をつけ始めたとき、結核と診断(実際は誤診だったが)され、武者小路実篤の貸別荘のあった神奈川県藤沢町鵠沼に移り住み療養生活を送る。その彼を慕い中川一政らも住むようになるが、その後、1923年(大正12年)の関東大震災で自宅が倒壊し、京都に転居することになる。後に鎌倉に居住するが、この鵠沼時代がいわば岸田劉生の最盛期であったとされる。
日記が途絶えたこともあって晩年の京都、鎌倉での生活ぶりを知ることは難しい。d0170835_20394969.jpgそれを松本清張が解明していこうとする。
劉生の生誕日であった昨日、書棚から一冊の本を見つけた。以前古本屋で50円で買った。読まずにそのままだったが今日読んでみた。

by kirakuossan | 2017-06-24 15:45 | 美術 | Trackback

春挙の出世作「法塵一掃」

2017年3月17日(金)

大津膳所の中ノ庄にある日本画家の大家山元春挙の別荘「蘆花浅水荘」を訪れた。
主屋二階の20畳ほどの広い画室に掲げられているひときわ目立つ下絵。これが春挙の出世作「法塵一掃」の下絵。禅僧の顔が印象的である。
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d0170835_14211827.jpgd0170835_14213460.jpg法塵一掃 山元春挙

1901年(明治34)に京都で開催された第7回新古美術品展に出品された大作で、竹内栖鳳《獅子》に次いで1等2席を獲得し、画壇に確乎たる地位を獲得した春挙の出世作である。禅の悟りに経論などは塵や埃と同じで不要なものとして、経典を焼き捨てた唐の禅僧周金剛の逸話を画題としている。画面の左から右へと、師の紀行に呆気にとられる二人の弟子から右を向いて経典を焼く周金剛、その煙が左から右上へたなびく動きのある画面構成が、一見速筆で荒々しい描法と相まって禅機画の軽妙さに至っている。水を含ませた刷毛を用いるなど、煙とそれが漂う禅堂の表現が秀逸であり、春挙の多様なテーマへの挑戦と優れた技量が融合した春挙30歳の記念すべき名作である。縦 (cm)160.5、横 (cm)231.9 (滋賀県立近代美術館解説より)

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d0170835_15182345.jpgd0170835_1519771.jpg











山元春挙(1872~1933)
明治から昭和初期にかけ活動した円山四条派の日本画家。本名は金右衛門。別号に円融斎、一徹居士。竹内栖鳳と共に、近代京都画壇を代表する画家である。


「春夏秋冬」
大正2 絹本着色・軸(4幅対) (各)171.5×86.4
第7回文展(1913)
京都国立近代美術館蔵

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by kirakuossan | 2017-03-17 14:14 | 美術 | Trackback

70回を迎えた県展

2016年12月9日(金)
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永井龍男の短編小説『白い柵』を借りるために図書館へ行ったついでに隣の近代美術館で「県展」を鑑賞する。
今年で第70回を数える。節目の開催年であるためか、例年になく、良い作品が揃っていたように思う。いつの年か、斬新性を追求したあまり、突飛すぎてあまり感動しない時もあったが、今年は違った。地に足がついたというか、(よく足に地が付いた、と言い違えるが)どの作品も堂々としていて、たいへん意欲的な感じがする力強い絵画が目に付いた。入り口に並んでいた彫刻も生き生きとして、興味を惹いた。入場無料、これは値打ちがあった。


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by kirakuossan | 2016-12-09 16:12 | 美術 | Trackback

今年こそは観に行こう

2016年10月25日(火)
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d0170835_8471921.jpgあっ、そうか、いま正倉院展をやっているんだ。毎年観に行こうと思いながら、ついつい行きそびれている。今年こそ行ってみよう。今年で68回目となる正倉院展には、北倉10件、中倉29件、南倉22件、聖語蔵3件の、合わせて64件の宝物が出陳される。そのうち初出陳は9件、例年通り正倉院宝物の概要がわかるような構成となっている。

会期:平成28年10月22日(土)~11月7日(月) 全17日
会場:奈良国立博物館 東新館・西新館


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by kirakuossan | 2016-10-25 08:42 | 美術 | Trackback

「売るための絵を描くな、立派な本当の絵を描け」 ~小山敬三美術館を訪ねて

2016年8月24日(水)
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d0170835_12163385.jpg小諸が生んだ昭和期の洋画家小山敬三(1897~1987)は山吹味噌で知られる大きな商家に生まれた。画家を志したが父の猛反対にあう。しかし彼の決意は変わらぬと見てとった父久左衛門は敬三にこう言った。
「売るための絵を描くな、立派な本当の絵を描け」



川端画学校で藤島武二に師事、1920年島崎藤村の勧めで渡仏、8年を経て帰国後、茅ヶ崎にアトリエを設ける。彼の作品に、白鷺城連作、浅間山連作があり、いずれも現地に行ってイメージを抱き、画室に戻って描いた。それは力強く、そして固有の一貫した画風である。
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d0170835_12253483.jpg彼の描いた女性画も好きだ、どこか上品で、優しい。
茅ヶ崎のアトリエで数多くの作品を生み出した。
グランドプリンスホテル新高輪にある画伯85歳の時に描いた「紅浅間」(縦4メートル横12メートル)は圧巻である。

(2016年8月23日)



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by kirakuossan | 2016-08-24 11:54 | 美術 | Trackback

二人の早世画家の作品に感動して

2016年6月3日(金)

d0170835_0112136.jpg演奏会前に灘まで立ち寄った甲斐があった。
兵庫県立美術館で催されている「1945年∓5年~激動と復興の時代・時代を生きぬいた作品」
1940年から50年にかけての日本画家の作品が全国の美術館などから200点あまり収集され一堂に陳列されている。
戦中は暗くて、戦後は希望に満ちて明るさが増した作品が多いのではと想像していたら、逆にどちらかというと戦後より戦前戦中の方に生き生きとした作品が多かった。戦後の作品には、何か苦々しい体験を悔いるような、それを払しょくしようと試み、でもどこか不健康な空しさだけがかえって浮き彫りになったような、そんな前衛画が並んでいるように思えた。


それでも感動を呼びおこしてくれたのは、戦前戦中に活動した早世画家、松本竣介(1912~1948)と森堯之(1915~1944)の二人の作品。ひとつは前者の「工場」と題した作品で、下町の、あたり一面が赤茶けた工場の雰囲気がとてもよく出ている。自分が幼いときに、親父が勤めていた町工場の匂いがプンプンとするような小さな絵で、思わず暫し立ちどまり感慨に耽った。d0170835_9193924.jpgもう一つは後者の全く知らない画家の作品で、ハルビンの風景を描いた3枚。どれも清楚で、白っぽく明るさに満ちた丁寧なタッチの画だが、不思議とその奥には何とも言いようのない淋しさも同居したような・・・これもしばらく顔を摺り寄せて近づき観続けた。
1944年ビルマで戦病死した森堯之は当時から前衛美術を代表する一人と目されていたらしいが、松本竣介と並んで、この二人が戦後もう少し長く画を描き続けられていたら、もっと有名になったであろうに。他には従軍画家時代の向井潤吉の田舎風景以外の絵を初めて目にしたし、小磯良平や藤田嗣治らも同様に普段とは全く違う題材の画に新鮮さを覚えた。

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木曜の朝、客はまばらでゆっくりと落ち着いて観覧できた。展覧会はやはりこうでないといけまへんな。
(2016年6月2日)



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by kirakuossan | 2016-06-03 09:19 | 美術 | Trackback

ハハハッ...伊藤若冲の掛け軸

2016年5月18日(水)

d0170835_18474883.jpg鉄ちゃんが若冲の掛け軸を置いていった。
伊藤若冲(1716~1800)といえば近世日本画家の一人で、江戸時代中期の京にて活躍した絵師である。花鳥画に優れた作品を多く残し、なかでも「鶏」の画は色彩も鮮やかで、しかも動きがあって迫力満点で見ごたえがある。


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ところがこの画は珍しい図柄、ホンマに若冲かいな? 万に一つもないのに一応調べてみるとは人間って浅はかですな。。。調べてみたら『伏見人形図』というのがあって、7体のはずがこの画は気が引けたのか6体。1体分は値打ちが落ちるのでしょう?よく見たら、若だったりして。まあ話のネタにはなりそうで・・・ハハハッ
ところで「伏見人形」、温もりと慈しみのほほえみで可愛いものですが、この6体、どこか目がしょぼついておりました。
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by kirakuossan | 2016-05-18 18:46 | 美術 | Trackback

モネマネ

2016年4月30日(土)
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d0170835_1434045.jpg昔から冗談で、ものまね→もねまね→モネマネ→モネとマネ・・・同時期のフランス印象派の二人の著名な画家。エドゥアール・マネ(Édouard Manet, 1832~1883年4月30日)は、印象派なる画家グループの中心的存在であった。でも、マネ自身が印象派展には一度も参加していないことがわかり、マネと印象派は各々の別の創作活動を行っていたと今では考えられている。今日はマネの命日である。

tuttiに置いてある絵皿は、150年前の彼の代表作の一つ「笛を吹く少年」である。

8歳年下にクロード・モネ(Claude Monet, 1840~1926)がいる。彼は”光の画家”と呼ばれ、時間や季節とともに移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した画家であった。二人とも好きな画家であるが、マネの「草上の昼食(1862-63、オルセー美術館)」、モネの夫人を描いた「日傘を差す女(1875、ナショナル・ギャラリー)はとくに好きな画である。モネ晩年の「睡蓮」連作はあまり好きでない。

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今、岡崎でモネ展を開催中。
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by kirakuossan | 2016-04-30 13:29 | 美術 | Trackback

信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


by kirakuossan

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