気楽おっさんの蓼科偶感


信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。
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カテゴリ:続・指揮者100選( 20 )

続・指揮者100選☆20 ミトロプーロス

2018年10月1日(月)

マーラーの交響曲を得意とする指揮者にいの一番に思い浮かべるのはレナード・バーンスタインであるが、それは彼が早くからマーラー交響曲全集を世に出したことに起因しているかも知れない。またクラウス・テンシュテットもEMIから全集を出し注目された。ほかにマーラーといえば、リッカルド・シャイーや少し個性的ではあるがピエール・ブーレーズ、そして最近の指揮者での第一人者はマイケル・ティルソン・トーマスといえるだろう。それからそうそう、若手で好きな指揮者のアンドレア・バッティストーニも好んでマーラーを振る。

d0170835_08273990.jpgところでここでひとり、マーラーといえば最も重要な人物を忘れていることに気づく。ディミトリ・ミトロプーロス(Dimitris Mitropoulos、1896~1960)である。
実はそもそもバーンスタインにマーラー音楽の魅力を伝授したのはほかならぬミトロプーロスであった。彼は戦後間もない1949年からニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就き、首席指揮者を経て、1957年にレナード・バーンスタインに後を譲った。人気ではたしかにバーンスタインにはかなわなかったが、ミトロプーロスの方が師匠格だったのだ。事実、現役時代は相当の人気を博し、アテネ出身から”ギリシャの哲人”と慕われた。


☆演奏スタイルは・・・
”耳の化物”と評されるほど耳の良さと記憶力が際立った指揮者で、加えてバトンテクニックの華麗さに秀でていた。また当時としては珍しく、独裁的でなく楽員たちとの協調性を重んじ、皆から信頼された。あのうるさ型の多いウィーン・フィルからも評判がよかったのもそういった人柄のためとされている。もともとピアニストでもあり、自らピアノ・パートを演奏しながらオーケストラを指揮する現代の弾き振りの先駆者でもある。

☆録音は・・・
マーラー以外にも、現代音楽を積極的に取り入れ時代の先端を切り開いた。一方でロシア物もレパートリーに数えられ、チャイコフスキーの5番の名演が遺されている。

d0170835_16145486.jpgチャイコフスキー:
交響曲第5番 ホ短調 Op. 64
ニューヨーク・フィルハーモニック
ディミトリ・ミトロプーロス(指揮)
録音: 27 March 1954, Columbia 30th Street Studio, New York



☆私見・・・
戦前、戦後からステレオ時代幕開けの直前が活動期ということもあって、日本ではあまり知られない存在である。あと10年長く活躍していたら、おそらく多くの日本のファンを獲得していたことだろう。


d0170835_16032493.jpgMyライブラリーより・・・
「20世紀の偉大な指揮者たち」
シリーズより
マーラー:
交響曲第6番 イ短調 「悲劇的」
ケルン放送交響楽団
ディミトリ・ミトロプーロス (指揮)
録音:1959年8月31日


by kirakuossan | 2018-10-01 15:59 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆19 プレヴィン

2018年9月30日(土)

d0170835_16052350.jpgアンドレ・プレヴィン(André Previn, 1929~)はジャズピアニストのかたわらクラシック音楽や映画音楽も手掛ける作曲家、そして指揮者と多彩な音楽家である。ユダヤ系ドイツ人だがナチスを逃れ9歳で家族とともにアメリカにわたる。ジャズピアニストとしては10代のころから天才少年として活躍、のちに1959年よりクラシック指揮界入り、ピエール・モントゥーの下で指揮を学び、30代後半から主要な楽壇に立つ。ユニークな経歴から指揮において余技の一つかと思われたが、若くして名門オケの音楽監督に就くといった幸運にも恵まれ、活動の主体が指揮に傾注していく。
d0170835_16062827.jpg1967年、ジョン・バルビローリのあとを引き継ぎ、ヒューストン交響楽団音楽監督に就いた後、68年から79年までロンドン交響楽団首席指揮者に就くと、併行してアメリカでは76年から84年までピッツバーグ交響楽団首席指揮者、86年からロサンジェルス・フィルハーモニック音楽監督に。さらに同時にロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を92年まで務め上げる。そして2002年、73歳でオスロ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督を引き受け、ユッカ=ペッカ・サラステに引き継ぐ2006年までその地位にあった。そして09年から3年間、N響の首席客演指揮者もこなす超多忙な活動を展開してきた。

☆演奏スタイル・・・彼のレパートリーは、後期ロマン派からモダンミュージックまでこなし、いずれの解釈も明解で美しい音楽を創り上げる。

☆録音・・・
ジャズのセンスもいかした点で、ガーシュウィンの音楽は彼にピッタリと合う。

Myライブラリーより・・・

d0170835_16192487.jpgガーシュウィン:
ラプソディ・イン・ブルー/パリのアメリカ人
/ピアノ協奏曲 ヘ調
アンドレ・プレヴィン - André Previn (ピアノ)
ピッツバーグ交響楽団 - Pittsburgh Symphony Orchestra
アンドレ・プレヴィン - André Previn (指揮)

by kirakuossan | 2018-09-30 15:14 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆18 シュタイン

2018年5月2日(火)
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今日は彼の誕生日であったことから思い出し、まだ指揮者シリーズで意外にも彼のことを書いていなかったことに気付いた。ドイツの名指揮者ホルスト・シュタイン(Horst Stein, 1928~ 2008)である。バンベルク交響楽団終身名誉指揮者であるが、1973年に初来日してN響の定期を振った。以降1998年までに16回のN響定期の指揮台に立つ。放映された画面から知った、あのおでこが極端に出っ張った愛嬌ある風貌、それにそれまであまり接することのなかったワーグナーのあの荘重な管弦曲、たしか、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲を初めて聴いたのはこの時ではなかったか。
カラヤンやカイルベルトらの助手を務める傍ら、歌劇指揮者としての実力を蓄えて行った。34歳でバイロイト音楽祭でワーグナーの「パルジファル」を指揮、のちに「ニーベルングの指環」全曲を指揮し、ワーグナー指揮者としての名声を確立した。
生誕地は旧西ドイツのヴッパータル、同郷の先輩にハンス・クナッパーツブッシュ、ギュンター・ヴァントがいる。
1980年から5年間、スイス・ロマンド管弦楽団の首席指揮者にいたことは意外であり知られていない。そのポストをアルミン・ジョルダン に譲った後、1985年から11年間、バンベルク交響楽団の首席指揮者に就いたのが彼の最大のキャリアであった。


☆演奏スタイルは・・・
オーケストラの扱いにそつがなく、その音色は重厚でけれん味がない。

☆録音は・・・
ワーグナーを中心に歌劇、楽劇の録音が多い。ソリストとの息が合うところも歌劇で経験したためか、片方で、協奏曲の伴奏にも秀でた演奏が多い。
フリードリヒ・グルダ とのベートーヴェンのピアノ協奏曲集は、ウィーン・フィルの伴奏も相まってシュタインの代表的名盤に挙げられる。

☆私見・・・
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父が機械工であったことでもないがどこかドイツの職人肌の指揮者を思わせる。温かみがあって人間臭くて好感の持てる指揮者であった。当時、同じようにN響の客演でよく登場したヴォルフガング・サヴァリッシュが冷たいイメージを持ったのとは対照的であった。


Myライブラリーより・・・
d0170835_11005922.jpgベートーヴェン:
ピアノ協奏曲全集
フリードリヒ・グルダ - Friedrich Gulda (ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 - Vienna Philharmonic Orchestra
ホルスト・シュタイン - Horst Stein (指揮)
録音: 1970、1971

by kirakuossan | 2018-05-02 07:18 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆17 ボールト

2018年4月8日(日)

d0170835_20401320.jpgイギリス人指揮者でエイドリアン・ボールト(Sir Adrian Cedric Boult, 1889~1983)を忘れてはいけない。彼は1930年にBBC交響楽団の創設にかかわったことで知られるが、ボールトは1950年までの20年間首席指揮者の地位にあった。実はその前に、1924年から30年までバーミンガム市交響楽団の首席指揮者兼音楽監督であったことはあまり知られていない。でもなんといってもボールトといえば、真っ先に思い起こすのがホルストの組曲「惑星」だろう。「惑星」の初演は、1920年10月10日に行われたとされるが、これに先立つ1918年の9月29日にロンドンのクイーンズ・ホールにおいて、エイドリアン・ボールトの指揮するニュー・クイーンズ・ホール管弦楽団により非公式の演奏が行われている。これ以来、ボールトはこの曲を代表曲にするぐらいに愛し、彼の指揮するディスクはいまだに同曲の最高の演奏と定評がある。
アルトゥール・ニキシュに影響を受けたボールトではあったが、BBC響時代のあと、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を51年から7年間つとめた。あらためてもっと見直されてしかるべき指揮者であると感じる。きょうはボールトの生誕日でもあった。


☆録音は・・・
もともと母国イギリスのエルガーの音楽やヴォーン・ウイリアムズの交響曲全集は定評のあるところであるが、加えて晩年、80歳当時に録音したブラームスの交響曲全集の演奏も穏当な指揮ぶりとされ評価が高い。そして「惑星」では、SP盤も含めて生涯5度録音しているが、このステレオ盤は90歳にさしかかろうという頃の演奏である。

d0170835_21183293.jpgホルスト:
組曲「惑星」 Op. 32
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
エイドリアン・ボールト (指揮)
(1978年)


☆私見・・・
イギリスでこれだけの実績を残し、またディスクの数も相当数に上るにもかかわらずなぜか日本では印象が薄い。それは彼の指揮が熱狂的に奮い立たすというより、どこか適度に抑えたような品の良い音楽を醸し出すのが理解されにくいのかもしれない。それに同世代の個性の強いトーマス・ビーチャムやジョン・バルビローリの影に隠れてしまったことも起因するだろう。


Myライブラリーより・・・
キャスリーン・フェリアー との共演によるヘンデルも聴きどころ。

J.S. バッハ:昇天祭オラトリオ/ヘンデル:アリア集
(フェリアー/ロンドン・フィル/ボールト)(1949, 1952)
キャスリーン・フェリアー - Kathleen Ferrier (コントラルト)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 - London Philharmonic Orchestra
エイドリアン・ボールト - Adrian Boult (指揮)
録音: 7 October 1952, Kingsway Hall, London, UK



by kirakuossan | 2018-04-08 20:39 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆16 グーセンス

2017年11月13日(月)

d0170835_07290278.jpgイギリスの作曲家で指揮者にユージン・グーセンス(Eugène Aynsley Goossens、1893~1962)がいる。ロンドンでストラヴィンスキーの「春の祭典」を初演した指揮者でもある。1931年から1946年まではアメリカでも最古のオーケストラのひとつであるシンシナティ交響楽団のフリッツ・ライナーを継いだ6代目の音楽監督でもあった。その後はオーストラリアに渡りシドニー交響楽団の初代首席指揮者を10年間務めた。風貌からしても、いかにもgooセンスの英国紳士のようである。ただこのような輝かしい実績を持ち、サーの称号も得ながら、晩年、空港の税関で多量のポルノ写真所持が発覚し失脚してしまう。「たまたまグーゼンでス」とはいかなかった。


☆演奏スタイルは・・・
クールで切れ味の良い新しい感覚と色彩豊かな音楽を披露した、とされるが片方では単なる凡演の指揮者と、意見は分かれる。今朝NMLで配信されているチャイコフスキーの「マンフレッド」なんかを聴いていると、結構オーソドックスな演奏に聴こえる。また「幻想」などを聴くと、丁寧な指揮ぶりがみられるが、この事がかえってこの曲の野性味を消してしまっているかも知れない。

☆録音は・・・
なんといってもアメリカで初演したおはこの「春の祭典」は聴きものである。ここでのオケはロンドン響。

d0170835_07444518.jpgストラヴィンスキー:
ロンドン交響楽団
ユージン・グーセンス (指揮)
(録音: October 1959, Walthamstow Assembly Hall, London, UK)



☆私見・・・
その昔、廉価盤の指揮者というイメージを抱いていた。今ではすっかり忘れ去られた指揮者、今朝たまたまNMLで懐かしいEverest Recordsレーベルの演奏を聴いて思い出したくらいだ。




by kirakuossan | 2017-11-13 07:13 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆15 ジョルダン

2017年10月15日(日)

d0170835_06501027.jpgエルネスト・アンセルメ以降スイス人指揮者として活躍した人にイーゴリ・マルケヴィチ、ペーター・マーク、モーリス・アブラヴァネル、ミシェル・コルボ、また現役指揮者ではデイヴィッド・ジンマンやシャルル・デュトワらがいるが一見地味で忘れがちだが、もうひとりアルミン・ジョルダン(Armin Jordan, 1932~2006)がいる。
彼は1985年から ホルスト・シュタインの後を受け、1997年にファビオ・ルイージに引き継ぐまでの12年間、母国最大の名門オケ、スイス・ロマンド管弦楽団の首席指揮者に就いていた。どういうわけか100年の歴史を誇るスイス・ロマンド管にあって、初代のスイス人指揮者エルネスト・アンセルメが半世紀にわたる首席を終えた後は、ポーランド人( パウル・クレツキ、マレク・ヤノフスキ)ドイツ人( ヴォルフガング・サヴァリッシュ、ホルスト・シュタイン)イタリア人(ファビオ・ルイージ)イスラエル人( ピンカス・スタインバーグ)ロシア人(ネーメ・ヤルヴィ)イギリス人( 現首席ジョナサン・ノット)と外国人指揮者が名を連ね、スイス人指揮者はジョルダン一人だけである。そのことがアンセルメの再来と言われる所以でもある。ロシア生まれのスイス育ちのマルケヴィチは世界を渡り歩いたし、ユダヤ人でもあったアブラヴァネルはアメリカにわたりユタ響を自らの活躍の場としたし、本来なら実力的に見ても当然ペーター・マークが就くべきところだが、彼もまた禅の境地に立ち、マイナーなオケでの活動を中心に据えた。
そうだ、ジョルダンの話に戻そう。


☆演奏スタイルは・・・
陰影と光の対称を上手に表現する指揮者だと思う。ピアニシモからフォルテシモまでの美しい一連の響きは彼独特のもので、耳の鋭さと、バランスの良さを兼ねそなえた手腕によるものだろう。

☆録音は・・・
息子のフィリップ・ジョルダンが来月手兵ウィーン交響楽団を率いて来日して、そこでマーラーの第1番を振るので今から楽しみにしているが、父アルミンにもマーラーの名演奏がある。94年のライヴ録音の第3番は定評ある演奏である。とくに最終第6楽章「愛が私に語ること」の美しさと盛り上がりと言ったら表現のしようがないもので、これぞまさにジョルダンの真骨頂というところか。また第1楽章の中間部でのトロンボーンのソロなども彼独自の演出で聴かせどころである。


d0170835_08434204.jpg⊛マーラー:
交響曲第3番 ニ短調
スイス・ロマンド管弦楽団 - Swiss Romande Orchestra
アルミン・ジョルダン - Armin Jordan (指揮)
(1994年ライヴ)


☆私見・・・
またひとり素晴らしい指揮者を聴き洩らしていたことを知る。それは新たな大きな喜びである。

評論家の吉村渓氏が昔雑誌で語っていた文章がある。

「ジョルダンの名前を最初に意識したのは、ピリスが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲第20番の伴奏指揮者としてだった。ほの暗い序奏からぞっとするような闇が漂ってきたことに驚き、改めてデータを確認したのを思い出す」


⊛モーツァルト:
ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K. 466
マリア・ジョアン・ピレシュ - Maria João Pires (ピアノ)
ローザンヌ室内管弦楽団 - Lausanne Chamber Orchestra
アルミン・ジョルダン - Armin Jordan (指揮)

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by kirakuossan | 2017-10-15 06:43 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆14 クリヴィヌ

2017年8月23日(水)

d0170835_11262156.jpgどことなく玄人好みするような現代指揮者がいる。ユダヤ系のロシア人とポーランド人の両親の間に生まれたフランス人指揮者エマニュエル・クリヴィヌ(Emmanuel Krivine, 1947~)。
幼いころからヴァイオリンの名手として注目され、多くのコンクールで入賞するほどの腕前であったが、18歳時、カール・ベームとの出会いから彼の運命は変わった。
母国のフランス放送新フィルやロレーヌ・フィルで研鑽を積み、40歳で名門リヨン国立管弦楽団の音楽監督に就く。ここでの14年間にさらに磨きをかけ、録音もこなす。そして2004年、自らが主宰して古楽器オーケストラであるラ・シャンブル・フィラルモニーク (La Chambre Philharmonique) を創設する。ただ一時期評判をとり、来日して読響を振るなどしたが、リヨン時代からの活動も含めて、もう一段の爆発的な知名度アップに繋がってはこなかった。
そんな彼も今年で70歳になった。そしていよいよ来月からパリ管と並ぶ、フランスの名門フランス国立管弦楽団の音楽監督に就任することとなった。正直、遅きに失した感はなきにしもあらずだが、そのあたりがまた玄人好みするようなところでもあるのだが。いよいよこれから後世に名を残す大指揮者へのステップ台にいま立ったところだろう。フランス国立管弦楽団の過去の顔ぶれを見渡すと、ジャン・マルティノン(1968~74)セルジュ・チェリビダッケ(1973~75)ロリン・マゼール(1977~90)シャルル・デュトワ(1991~ 2001)らが名を連ねる。そのことを十分に予感させる面々たちである。
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☆演奏スタイルは・・・
彼には生粋のフランス人の血は通ってはいないということでもないだろうが、レパートリーはフランスものよりドイツ=オーストリア音楽が中心の印象を与える。弦出身者だけあってとくに弦楽器の扱い方に秀でる。

☆録音は・・・
手兵ラ・シャンブル・フィラルモニークとの演奏が多い。ベートーヴェン交響曲全集は彼にとっての一つの集大成である。

d0170835_11171313.jpg☆私見・・・
今年の暮れ、12月21日に大阪フェスティバルホールで、そのクリヴィヌが読響を指揮する第九が催される。今から大いに愉しみである。そこで一足先に彼の第九を聴いてみた。ここに出て来るテノールのドミニク・ヴォルティヒは読響との演奏時にも出演予定である。

ベートーヴェン:
シニード・ムルヘルン - Sinead Mulhern (ソプラノ)カロリン・マズア - Carolin Masur (メゾ・ソプラノ)ドミニク・ヴォルティヒ - Dominik Wortig (テノール)コンスタンティン・ヴォルフ - Konstantin Wolff (バス)レゼレマン室内合唱団 - Elements Chamber Choir, Les
ラ・シャンブル・フィルハーモニク - Chambre Philharmonique, La
エマニュエル・クリヴィヌ - Emmanuel Krivine (指揮)


Myライブラリーより・・・

d0170835_10500305.jpgビゼー:
・交響曲ハ長調
・『アルルの女』第1組曲
・『アルルの女』第2組曲
 国立リヨン管弦楽団
 エマニュエル・クリヴィヌ(指揮)
 (録音:1992年10月)

by kirakuossan | 2017-08-23 09:40 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆13 アシュケナージ


2017年7月29日(土)

d0170835_06230103.jpgダニエル・バレンボイム、アンドレ・プレヴィン、あるいはクリストフ・エッシェンバッハだっていい、彼らは指揮者としての資質も高く評価できるように思うが、同じ偉大なピアニストであるウラディーミル・アシュケナージ( Vladimir Ashkenazy、ソ連 1937~ )についてはそうではない、という自分の思いがあって、今まで敢て指揮者100選に採りあげてこなかった。

その思いは、今朝の彼が弾くバッハのフランス組曲を聴いて、一層確信するのである。指揮ぶりからは到底想像もつかないような、この繊細な、気くばりの効いた、デリケートな響きがピアノからはするのはなぜだろう。と言うより、これだけのそこはかとなく美を感じさせるような素晴らしいピアノが、一転指揮になると、ああも武骨で、見え透いた、無感動な凡演に変わるのだろう。
古今東西、ピアニストから指揮者に変身した人は数多い、先の3人以外にも古くはレナード・バーンスタインがもちろんそうだし、ゲオルク・ショルティ、ブルーノ・ワルターなどみな大指揮者になって忘れがちだがもとは卓越したピアニストでもあった。セルジュ・チェリビダッケなんか、ある著名なピアニストが「僕よりうまい」と言わせたほどの腕前だったらしい。


☆録音は・・・
世に言われる彼が指揮者としての最初の成功作となったラフマニノフ全集。これはさすがラフマニノフだけあってピアニストのアシュケナージらしさが出ているように思える。

ラフマニニフ:
交響曲第2番 ホ短調 Op. 27
コンセルトヘボウ管弦楽団 - Concertgebouw Orchestra
ウラディーミル・アシュケナージ - Vladimir Ashkenazy (指揮)
(録音: September 1981, Concertgebouw, Grote Zaal, Amsterdam, Netherlands)

☆私見・・・
不思議なのはロイヤル・フィル、ベルリン・ドイツ響、そしてチェコ・フィルといったビッグなオーケストラの首席に就いたことだ。N響の桂冠指揮者というのはよく似合っているが、チェコ・フィルだけは理解できない。1996年から2003年までの長きにわたりチェコ・フィルの首席に就いたが、あのオケの水準を一時期落としたのは彼と思っている。
ここまでケナしてなんだが、それは即ちピアニストとしては素晴しいという裏返しでもある。また人柄もたいへん温厚で好人物であることはみなが知るところである。だから余計に、彼こそピアニストのままでいて欲しかった。

Myライブラリーより・・・
フィルハーモニア管とのシベリウスの第1番と組曲カレリアが1枚ある。




言いたい放題失礼、
そこで、その彼のフランス組曲を。昨年79歳での演奏、決して枯れてはいない。

d0170835_07361084.jpgバッハ:ウラディーミル・アシュケナージ - Vladimir Ashkenazy (ピアノ)
録音: 8-9 April 2016, Potton Hall, Suffolk, United Kingdom
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by kirakuossan | 2017-07-29 06:23 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆12 ビエロフラーヴェク

2017年7月16日(日)

イルジー・ビエロフラーヴェク(Jiří Bělohlávek, チェコ 1946~2017)が先月初めに亡くなった。
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地味な印象で、決してマエストロといった趣を持ち合わせてはいなかったが堅実な実績を残した指揮者だった。今秋も日本での演奏会を予定しており、庵原氏も楽しみにしていたが、今朝彼からのメールで氏の逝去を知った。プラハに生まれ、21歳で指揮者デビュー、1968年にセルジュ・チェリビダッケの下で研鑽を積み、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の副指揮者となって、1970年から3年間ヴァーツラフ・ノイマンのアシスタントも務めた。そして1990年彼が44歳の時、ノイマンの後を継いで2年ほどチェコ・フィルの首席に就いたことがある。しかしその時の印象は薄く、直ぐにゲルト・アルブレヒトにバトンタッチしたが、後年、2012年になって再度乞われてチェコ・フィルに返り咲いたばかりだった。


彼の指揮する演奏会は2013年10月に1度聴いている。憧れのチェコ・サウンドを愉しみに出掛けた演奏会で、期待を裏切らない好演であった。でもこの時もビエロフラーヴェクの存在は控え目に映り、チェロの若手独奏者アフナジャリャンの方が印象に残ったほどであった。



archive

2013年10月27日(日)2:00PM
京都コンサートホール

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調OP104
ブラームス:交響曲第1番ハ短調OP68
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:イルジー・ビエロフラーヴェク
チェロ:ナレク・アフナジャリャン


指揮者イルジー・ビエロフラーヴェクは、カリスマ性でぐいぐいと引っ張っていくような指揮者ではないが、実直そうで、演奏にも安定感があって好感がもてた。
アンコールを3曲もやったのは珍しく、てっきりスラブ舞曲一曲だと思っていたら、ハンガリー舞曲5番、オヤッなんでハンガリーと思ってたら、次にスメタナ「売られた花嫁」が待っていた。なるほど、これはホント嬉しかった。この曲は7分近くあって、さすがにもうこれで終わりと思ったら、おしまいに日本の「ふるさと」が流れる気の利いた演出。来日直後の初回の演奏会なのに疲れもみせず、会場は感謝と喜びで拍手喝さいでであった。




☆演奏スタイルは・・・
どちらかといえば前面に主張を押し出すというより、一歩控えてオケや演奏者の自主性を重んじるような指揮をする。そのためか協奏曲の指揮を得意とするのではないかとも思える。
ビエロフラーヴェクが1994年に創設した精鋭オケのプラハ・フィルハーモニアとジャン=ギアン・ケラスのチェロとの共演が名演奏である。

 ドヴォルザーク:
 ジャン=ギアン・ケラス - Jean-Guihen Queyras (チェロ)
 プラハ・フィルハーモニア - Prague Philharmonia
 イルジー・ビエロフラーヴェク - Jiří Bělohlávek (指揮)


☆録音は・・・
お国もののボヘミア音楽はもちろん、ブラームスなども得意とするが、変わったところではチェコの作曲家マルティヌーの音楽を積極的に演奏した。
 
d0170835_10324060.jpg マルティヌー:
 BBC交響楽団 - BBC Symphony Orchestra
 イルジー・ビエロフラーヴェク - Jiří Bělohlávek (指揮)


☆私見・・・
今後、もう少し聴きこんでみたい指揮者である。

Myライブラリーより・・・
持っていない。


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by kirakuossan | 2017-07-16 09:27 | 続・指揮者100選 | Trackback

続・指揮者100選☆11 スタインバーグ

2017年6月24日(土)

d0170835_07590403.jpgウィリアム・スタインバーグ(William Steinberg, ドイツ 1899~1978)というユダヤ系ドイツ人指揮者がいた。彼がピッツバーグ交響楽団 を振ったベートーヴェンの第7番を聴いているが、骨格のしっかりした、それでいてしなやかな、これがなかなか好い。かたやモーツァルトのセレナード第13番などの曲では、これ以上ない美しさと愛らしいさを見事に再現する。



d0170835_09314735.jpgベートーヴェン:
交響曲第7番 イ長調 Op. 92

Symphony No. 7 in A Major, Op. 92

録音: 1962


モーツァルト:
セレナード第13番 ト長調 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 K. 525

Serenade No. 13 in G Major, K. 525, "Eine kleine Nachtmusik"



d0170835_09414234.jpg戦前ナチスによりフランクフルト歌劇場を追われ、パレスチナに移住した。そこでブロニスワフ・フーベルマンらと共にパレスチナ交響楽団(現イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団)を結成し、初代の指揮者を務めることとなる。フーベルマンとはチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトで共演し、他のオケとだがその録音も残っている。その後トスカニーニの招きでNBC交響楽団の育成のため渡米し、サンフランシスコ・オペラやニュヨーク・フィル、ボストン交響楽団に客演、戦後はバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団やピッツバーグ交響楽団の首席に就く。とくにピッツバーグは1952年から76年の長きにわたりその地位にあった。やがて69年から4年間ボストン交響楽団の音楽監督も兼任、小澤征爾にバトンを引き継いだ指揮者でもあった。

☆演奏スタイルは・・・
玄人受けするような重厚な指揮。

☆録音は・・・
レパートリーは広く、一方では、ボストン響とのホルスト「惑星」やケルン放送響とのマーラー「復活」、さらにはピッツバーグ響とのヒンデミットの「画家マチス」などの評判の録音も残した。

☆私見・・・
確か晩年にN響を振っている姿を見て知っている。背が高くがっしりとした体格の厳つい指揮者だったがここまでの大物指揮者とは知らなかった。これだけ重要なポストを任され大指揮者としての輝かしい経歴を有するのに、その名がそれほどまでに聞こえてこないのは何故だろう。しかもこれらの秀演を耳にするとなおさらそう感じる。
ブダペスト・フィルの首席指揮者を務め、先月東京でアンヌ・ケフェレックと共演などしているピンカス・スタインバーグは彼の息子である。

Myライブラリーより・・・
ベートヴェン:
ヴァイオリン協奏曲ニ長調
ロンドン・フィル
ライナー・キュッヒル(vn)




by kirakuossan | 2017-06-24 07:46 | 続・指揮者100選 | Trackback
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