気楽おっさんの蓼科偶感

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カテゴリ:100巻からもれた作曲家たち( 18 )


2018年 12月 28日

「100巻からもれた作曲家たち」 その18 ヒンデミット

2018年12月28日(金)

朝7時に湯治場で二流のオーケストラによって初見で演奏された「さまよえるオランダ人」序曲
 クラシック音楽の作品は無数にあれど、これだけ奇妙な表題の付いた音楽も珍しい。NMLでは、午前7時に村の井戸端で 二流楽団が初見で演奏する「さまよえるオランダ人」序曲と紹介されているが、題名の通り、ワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」序曲を下敷きとした、いわゆるパロディ風序曲。通常、他の芸術作品を揶揄や風刺、あるいは批判する目的を持って模倣したものをパロディと称するが、これは作曲家パウル・ヒンデミット(1895~1963 ドイツ)がワーグナーに敬意を表しつつも、真剣に冗談を愉しんだ作品である。
d0170835_18575596.jpg 演奏は2本のヴァイオリンと、チェロ、そしてヴィオラといった四重奏編成だが、ヒンデミットはオーケストラを構成するほぼすべての楽器のためのソナタを数多く作曲した。なかでも自らが奏者ということもあってヴィオラを独奏楽器として頻繁に採用し、いくつかのヴィオラ・ソナタは彼の代表作とされる。
そもそも、交響曲「画家マティス」一曲で知られるヒンデミットはロマン派からの脱却を目指して新即物主義を推進した作曲家とされ、難しさの印象が先に立ち、どことなくとっつきが悪かったが、いくつかの作品を実際に聴いてみると、バッハの対位法を好んだとあって思うほどに退屈さは感じさせない。
なおヒンデミットは指揮者でもあり、モーツァルト生誕200年の1956年4月、ウィーン・フィルが初来日した際の帯同指揮者として日本の土を踏んでいる。


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
パウル・ヒンデミット(指揮)
(録音: 1934, Berlin, Germany)





午前7時に村の井戸端で 二流楽団が初見で演奏する「さまよえるオランダ人」序曲
Ouverture zum Fliegenden Holländer, wie sie eine schlechte Kurkapelle morgens um 7 am Brunnen vom Blatt spielt
Thomas Timm (ヴァイオリン)
Romano Tommasini (ヴァイオリン)
Wolfgang Talirz (ヴィオラ)
Tatjana Vassiljeva (チェロ)


今日12月28日は彼の55回目の命日である。


by kirakuossan | 2018-12-28 18:48 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2018年 08月 18日

「100巻からもれた作曲家たち」 その17 サリエリ

2018年8月18日(土)

d0170835_18413588.jpgイタリアの作曲家アントニオ・サリエリ(1750~1825)は268年前の今日レニャーゴに生まれた。生前はヨーロッパ楽壇の頂点に立つ大人物であり、ベートーヴェン、シューベルト、リストらを育てた名教育家としても名高い。でももっともよく知られるところは、嫉妬してモーツァルトを毒殺した人物と、まことしやかに噂されることである。かのロッシーニなんぞは意地悪にもサリエリ本人に面と向かって「モーツァルトを本当に毒殺したのか?」と尋ねたりするが、本人はきっぱり否定したという。でもそんな噂が飛び交い本人は生涯悩んだことは事実であったようだ。


d0170835_19111570.jpgモーツァルトよりも6歳年長であったが、同世代の作曲家として作品を並べ較べると一目瞭然とその違いはわかる。そんなことからサリエリも、こりゃとてもモーツァルトにはかなわないと思ったことだろう。
サリエリはオペラを40曲以上も作曲し、他に室内楽や宗教音楽を遺したが、オペラなどは序曲が残っているに過ぎない。それらわずかに今でも耳にする音楽を聴くと、単調で退屈で、本人が嫉妬したことは大いに肯けるのである。


サリエリ:
スロヴァキア放送交響楽団
ミハエル・ディトリッヒ(指揮)


by kirakuossan | 2018-08-18 18:42 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2018年 06月 03日

「100巻からもれた作曲家たち」 その16 ドリーブ

2018年6月3日(日)

ドリーブの音楽には華がある。そして、聴き手を気持ちよくすること、異国的な夢やおとぎの世界を描き出すことにすべてが注ぎ込まれている。深刻にすぎることはない。嘘も皮肉も悪も裏切りもない。難しい理屈もない。

先日、演奏会帰りの居酒屋で話題になったドリーブだが、音楽ジャーナリストの林田直樹氏も著書「クラシック新定番100人100曲」で推奨していた。
d0170835_06232090.jpgレオ・ドリーブ(1836~1891)はフランスの生んだロマン派音楽家でおもにバレエ音楽と歌劇を書いた。代表作はもちろんバレエ音楽「コッペリア」であるが、この作品の原作はドイツの作家ホフマンの短編小説「砂男」からとっている。この作品から”怪奇性”を取り除き、可憐なバレエ音楽に仕立てた。

私は「コッペリア」から現代は始まったとさえ思っている。ドリーブの音楽の、きらびやかな夜の都会のように華やかな響きと、ジェットコースターの上下するスリルにも似たスピード感は、ナポレオン3世によって大改造が図られ、いっせいに街灯のつけられた近代都市パリが生み出したのかもしれない。「コッペリア」によって、闇の恐怖は、とうとう本当に拭い去られた。あとは20世紀を待つばかりだ。

d0170835_06252290.jpg「コッペリア」が作曲されたのは1867年、1870年5月オペラ座で初演された。1867年といえば同じくヨハン・シュトラウス2世のワルツ「美しく青きドナウ」が初演された年で、 最初の船がスエズ運河を通り抜け、アメリカがロシアよりアラスカを手に入れ、秋にはパリ万国博覧会開幕された。そして日本ではちょうど大政奉還がなされ、世界中が新しい時代を迎えようとしていた。

第一幕の〈マズルカ〉はあまりにも有名だし、第二幕の〈間奏曲〉が美しい。〈ボレロ〉はきらびやかな夜の都会を彷彿させるし、第三幕の〈あけぼの〉はまさに新しい時代の夜明けを連想させ、〈パ・ド・ドゥ(平和)〉ではドリーブの独創性が花開く。〈フランツのパ・スル〉から〈ギャロップ〉へ、いよいよフィナーレだ。聴かせどころの多いバレエ音楽である。

ほかに、バレエ音楽「泉」の組曲などはドリーブ・メロディーのテンコ盛りで愉しい。


ドリーブ:
バレエ音楽「コッペリア」Coppelia, Ballet in Three Acts
スロヴァキア放送交響楽団 - Slovak Radio Symphony Orchestra
アンドリュー・モグレリア - Andrew Mogrelia (指揮)





by kirakuossan | 2018-06-03 05:42 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2018年 05月 04日

「100巻からもれた作曲家たち」 その15 クープラン

2018年5月4日(金)
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尊厳なもの、 威厳のある女、 イギリスの貴婦人、 森の妖精、 蜜蜂、 いろいろな気分、 羊飼の女、 ブルボン家の女、 魅力的な女、花傘、波、神秘的なバリケード、葦、恋の夜うぐいす、修道女モニク、小さな風車、古き偉大なる吟遊詩人組合の年代記、善男善女、猫なで声、信心女たち、さまよう亡霊たち、編み物をする女たち、シテール島の鐘、居酒屋のミュゼット、プラチナ色の髪のミューズ、奇術、闘いの響き、ゆりかごの中のいとしい子、空想にふける女、双生児、愛らしいラジュール・・・
バロック時代のフランスの作曲家フランソワ・クープラン(1668~1733)、彼の代表作は4巻からなるクラヴサン曲集であるが、230曲以上の小品がオルドルと称する組曲をもって構成されている。当時流行した舞曲の他にそれぞれにつけられた標題をみながらその描写を思い浮かべながら聴き進めていくのも楽しい。
クラヴサン曲集
第1巻 (1713年):オルドル第1番から第5番まで
第2巻 (1717年):オルドル第6番から第12番まで
第3巻 (1722年):オルドル第13番から第19番まで
第4巻 (1728年):オルドル第20番から第27番まで

でも膨大な数ですべてを聴こうとすれば日が暮れてしまう。

で、ここでは1曲だけ。「クラシック新定番100人100曲」なる林田直樹氏著書のなかで紹介されている「神秘的なバリケード」を。

心が不安や緊張に苛まれるようなときには、私の場合「神秘的なバリケード」を聴くのが一番の特効薬である。本当にこの曲は、疲れた心に高い治癒能力を示すのだ。それにしても、なぜこのような不思議なタイトルがついているのだろう?


d0170835_11400216.jpgクープラン:
クラヴサン曲集 第2巻 第6組曲 変ロ長調
- 神秘的なバリケード
Pieces de clavecin, Book 2: 6th Ordre in B-Flat Major: Les Baricades misterieuses: Vivement
アレクサンドル・タロー - Alexandre Tharaud (ピアノ)




by kirakuossan | 2018-05-04 10:24 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2018年 02月 17日

「100巻からもれた作曲家たち」 その14 レスピーギ

2018年2月17日(土)

d0170835_08293169.jpgイタリアのボローニャ出身の作曲家にオットリーノ・レスピーギ(1879~1936)がいる。彼はまた指揮者であり、教育者でもあった。故郷のボローニャ音楽学校で働きたかったが実現せず、30歳半ばローマに出てサンタ・チェチーリア音楽院作曲科の教授に就く。そしてその地で晩年まで生活することになり、彼とってローマが第二の故郷となった。その間に生まれたのが、代表作「ローマ三部作」である。
いつもどれが先だったが迷うのだが、
「ローマの噴水」(1916年)「ローマの松」(1924年)「ローマの祭り」(1928年)の順である。
そのどれもがレスピーギ得意の色彩感豊かなオーケストレーション音楽に仕立て上げられている。


夜明けのジュリアの谷の噴水、朝のトリトンの噴水、真昼のトレヴィの泉、黄昏のメディチ荘の噴水、ボルゲーゼ荘の松、カタコンバ付近の松、ジャニコロの松、アッピア街道の松、そして祭りではチルチェンセス、五十年祭、十月祭、主顕祭、と全部で12の場面で構成されている。
もっとも有名なのは「ローマの松」であるが、曲想の違いを愉しむと同時に、その事象を通してレスピーギの抱いた想像力を楽しむことが出来る。地中海沿岸に自生するイタリアカサマツ、その各地の松を通して古代ローマへ眼を向け、ローマの往時の幻影に迫ろうとしたように。
レスピーギはこの作品をフィラデルフィア管弦楽団を自ら指揮して披露したことがある。ここでは同じフィラデルフィアをこれも同じイタリア人指揮者リッカルド・ムーティの棒で聴く。このように煌びやかな音楽にもってこいの指揮者とオーケストラだ。

フィラデルフィア管弦楽団 - Philadelphia Orchestra
リッカルド・ムーティ - Riccardo Muti (指揮)

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d0170835_09323303.jpgところで今日、大阪フェスティバルでイタリアの若手第一人者アンドレア・バッティストーニの演奏会がある。2016年から東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者を務める彼が、すでに「ローマ三部作」を演奏し、評判になっているが、その生演奏を今日聴けるわけだ。オケは大阪フィルハーモニー交響楽団。管楽器がとても重要な役割を占めるこの作品群、とりわけ「ローマの祭り」などではたしてどんな演奏を披露してくれるか大いに注目するところである。「三部作」全部で、演奏時間は1時間そこそこ、後半のプログラムが「ローマの松」の1曲とくれば、この曲で20分そこそこなので、今日はアンコールが2曲ほどありそうだ。ひょっとして組曲「鳥」あたりが聴けるかも。


by kirakuossan | 2018-02-17 08:12 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2017年 12月 11日

「100巻からもれた作曲家たち」 その13 キュイ

2017年12月11日(月)
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セザール・キュイ(1835~1918)は軍人でありながら音楽に親しみ、ロシア五人組の一人とされる作曲家である。五人の中ではモデスト・ムソルグスキーやアレクサンドル・ボロディンがとりわけよく知られた作品をいくつか書いたが、作品の数では長寿であったキュイが最も厖大な数に上った。ただ今ではその作品はほとんど忘れ去られ、彼の代表作すら思い出せないぐらいだ。でも軍人のかたわら余技で作曲活動を続けたというが、たとえばニコライ・リムスキー=コルサコフよりはるかに垢抜けし、より音楽的であるように思える。
ピアノ曲と室内楽を多く残し、歌曲にも注力、意外だが15ものオペラを書いた。なかに、歌劇「疫病流行時代の祝宴」といった奇妙な題のオペラもあって、ここにいう疫病とは黒死病のこと、当時の時代背景がうかがえる。交響曲は残さず、僅かに4つの組曲がある程度である。
歌曲から、「プーシキンとレールノントフによる7つの詩曲」 Op. 33 が良い。なかでも第3曲「あなたを愛す」と第4曲「焦げた手紙」が知られる。「焦げた手紙」を最初、「焦がれた手紙」と早合点したが、やはり”焼かれた手紙”なのである。
ここではテノールと、ミッシャ・マイスキーのチェロの二通りで聴く。



d0170835_20551704.jpg第4曲「焦げた手紙」

チェロ編
ミッシャ・マイスキー - Mischa Maisky (チェロ)
パヴェル・ギリロフ - Pavel Gililov (ピアノ)
ダニール・シュトーダ - Daniil Shtoda (テノール)
ラリーサ・ゲルギエワ - Larissa Gergieva (ピアノ)




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by kirakuossan | 2017-12-11 20:07 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2017年 10月 23日

「100巻からもれた作曲家たち」 その12  ドニゼッティ

2017年10月23日(月)

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「アンナ・ボレーナ」「愛の妙薬」「 ランメルモールのルチア」「連隊の娘」など70作品ほどのオペラを書いたガエターノ・ドニゼッティ(1797~1848)。彼はジョアキーノ・ロッシーニやヴィンチェンツォ・ベッリーニと共に19世紀前半のイタリアを代表するオペラ作曲家として人気を博し、忘れてはいけない存在の一人である。
オペラだけかといえば実は意外にも弦楽四重奏曲を20曲近くも遺している。これらは知られざる傑作といってよいのではないだろうか。どれも奇をてらうところがなくごく自然で親しみやすい。第1番から順番に聴いていく価値大いにあり、である。

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ドニゼッティ:ケルン・プレイエル四重奏団

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by kirakuossan | 2017-10-23 07:32 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2017年 09月 25日

「100巻からもれた作曲家たち」 その11 ヨハン・シュトラウス1世

2017年9月25日(月)

音楽を本格的に聴き始める少し前、マーチに凝ったことがある。とくにスーザの「ワシントン・ポスト」や「雷神」、タイケの「旧友」、あのワーグナーとは別人のヨゼフ・フランツ・ワーグナーが作曲した「双頭の鷲の旗の下に」などはソノシートが擦り切れるほど毎日毎日ターンテーブルを回転させて飽きずに聴いたものだ。そのなかに「ラデツキー行進曲」も収められていて、一見単調そうでスマートさには欠けるがどこか高尚で、スーザやタイケとは少し趣の違った印象が残るマーチだった。
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ヨハン・シュトラウス1世(1804~1849年9月25日)は、ウィーンを中心に活躍した作曲家で、ヨーゼフ・ランナーと「ワルツ合戦」を繰り広げたことで知られ、生前は「ワルツ王」と呼ばれたが、死後は同姓同名の長男ヨハン・シュトラウス2世の方がより有名になって、その名を譲り、のちに「ワルツの父」と呼ばれるようになった。

ヨハン・シュトラウスI世 :
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ロリン・マゼール(指揮)

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オーストリア帝国の英雄ヨーゼフ・ラデツキー将軍を讃える「ラデツキー行進曲」、この行進曲のおかげで政府軍の士気は大いに高揚し、「ウィーンを革命から救ったのは、ヨハン・シュトラウスである」とまで言われるようになった。ニューイヤーコンサートで毎年プログラムのアンコールの最後の曲として、必ず演奏される曲として知られている。
今日はヨハン・シュトラウス1世の命日である。

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by kirakuossan | 2017-09-25 07:10 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2017年 04月 17日

「100巻からもれた作曲家たち」 その10 スクリャービン

2017年4月17日(月)

d0170835_22501673.jpgロシア近代音楽の作曲家アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)。彼の作品で最も知れ渡っているのは後期の代表作である交響曲「法悦の詩」である。一方で卓越したピアニストでもあったスクリャービンは当然のことながらピアノ曲を数多く作曲した。そのほとんどがソナタであるが、今宵久々に聴いたインターネットラジオOTTAVAから流れて来た音楽が普段あまり耳にしないが、馴染みやすく美しい旋律である。スクリャービンが唯一遺したピアノ協奏曲嬰ヘ短調の第二楽章(Andante)であった。
他の誰もが書かなかったコンチェルトである。


彼は若くしてショパンやリストを敬愛した。この曲はどちらかといえばショパンの影響を多分に受けたことがうかがえるが、甘美さにおいてはショパン以上で、サロン的音楽との境界線ギリギリに位置するように思える。でも、第三楽章のコーダで締めくくるところなどは盛り上がりに富み、ダイナミックである。


d0170835_23181912.jpgスクリャービン:
ピアノ協奏曲 嬰ヘ短調 Op. 20
アナトール・ウゴルスキ - Anatol Ugorski (ピアノ)
シカゴ交響楽団 - Chicago Symphony Orchestra
ピエール・ブーレーズ - Pierre Boulez (指揮)


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by kirakuossan | 2017-04-17 22:35 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback
2017年 01月 11日

「100巻からもれた作曲家たち」 その9 カリンニコフ

2017年1月11日(水)
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今日11日が命日だということなので久し振りにカリンニコフを聴いてみた。昔に一時、彼の音楽に少し興味を抱いてよく聴いたことがあったが、結局感動することなくいつしか全く聴かなくなった。そして今、彼の代表作である交響曲第1番を聴いてみたが、やはり昔の印象とあまり変わらなかった。一見雄大に聴こえるが、どこまでもチャイコフスキーの亜流であり、通俗性の域を出ない。だから心底からの感動を呼びおこさない。しかし、一方ではごく稀に根強いカリンニコフ愛好家がいることも事実である。

ヴァシーリー・カリンニコフ(1866~1901)はロシアの作曲家。チャイコフスキーに認められたが、若くして健康を害し、南クリミア地方のヤルタへ隠棲後、交響曲第1番の出版を目前に、35歳の若さで世を去った。

何か印象に残る曲はないかと探すと、弦楽のためのセレナード ト短調という小品の管弦楽曲があった。1891年、25歳のときの作品である。まだ素朴で、旋律が美しい。



d0170835_23124392.jpg弦楽のためのセレナード ト短調
フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団 - Ferruccio Busoni Chamber Orchestra
マッシモ・ベッリ - Massimo Belli (指揮)



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by kirakuossan | 2017-01-11 22:41 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback