ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

カテゴリ:ピアニスト列伝( 37 )

ピアニスト列伝―37 クリスティアン・ツィマーマン

2018年2月6日(火)

d0170835_20371658.jpgクリスティアン・ツィマーマン(1956~)は、ポーランド出身の当代きっての名ピアニストのひとりである。年齢から言って巨匠というにはまだ早い気がするが、でも彼の奏でるピアノは、もうすでに巨匠の域に到達していることは疑いない事実である。ジメルマンやツィメルマンあるいはチメルマンと呼ぶこともあるが、ツィンマーマンが最もしっくりくるような気がする。
昨夜おそく、手兵のポーランド祝祭管弦楽団をバックに弾き振りのショパンのピアノ協奏曲の第1番、第2番を聴いた。この演奏は1999年、43歳の時のものだが、実はそれより20年前にも同曲を録音している。その時は、カルロ・マリア・ジュリーニが指揮するロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団との共演であるが、23歳の若者とは思えない程、落着いた堂々とした演奏である。でも聴き比べてみると1番ではさほど感じなかったが2番になると少し違った。演奏に少し物足りなさを感じざるを得ない。
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もともとショパンのコンチェルトは圧倒的に1番の方が人気もあってよく演奏されるが、作曲年代は2番の方が1年先に作曲された(1829年)演奏機会は比較的少ないが、聴き込めば、また1番にはない味わいがある。でも弾きこなすにはこちらの方が難しそうだ。その味わいを出すには、やはり後年の演奏の方が一枚も二枚も上である。
例えば、ショパンが恋心を抱いていたコンスタンツィヤ・グワトコフスカへの想いを表現したと自白する第二楽章のLarghettoで、転調する中間部で、どことなく持てあますようなところがある。この部分だけを採りあげて見ても、後年の演奏の方が、微に入り細にわたり、織りなす色彩が色濃く、濃密で感受性に満ちている。
ショパンを得意とするが、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、あるいはシューマンにおいても、彼の深い思索性は遺憾なく発揮され、どれも洞察力に富んだ演奏揃いである。
1978年初来日以来、日本での活動も盛んで親日家としても知られる。
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今宵、バラードでも聴くとするか。。。

ショパン:
(録音:1987年7月)





by kirakuossan | 2018-02-06 19:47 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―36  クラウディオ・アラウ

2018年1月3日(水)

d0170835_01355352.jpg南米チリ出身のピアノの巨匠クラウディオ・アラウ(Claudio Arrau 1903~1991)
同じ南米でも隣国アルゼンチンには3人の名現役ピアニストがいる。今では指揮者としての活動が主なダニエル・バレンボイム、女流では当代随一のマルタ・アルゲリッチ、そしてもうひとりブルーノ・レオナルド・ゲルバーがいる。それなのにあらゆるジャンルををとらえてもチリの音楽家と言えばアラウが唯一の存在だろう。
同い年にルドルフ・ゼルキンが、一歳年下にウラディーミル・ホロヴィッツがいる。ゼルキンは整然たる演奏から後に技を磨くより、音楽の本質を追求しようとした。反して、ホロヴィッツは超絶技巧を売りとし、その腕をさらに磨いた。そしてアラウは、南米出身者でありながら、ドイツに学び、ドイツ音楽の価値観を追求した。彼はチリやアメリカを主な活動の場としたが、ヨーロッパ音楽の王道を極めるピアニストであった。だからレパートリーの中心には常に、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンやブラームス、あるいはシューマン、ウェーバー、そしてシューベルトを据えた。さらにはリストやショパンへと自らの旺盛な活動を展開していく。そして彼のピアノは晩年に近づくほどより奥深い渋い独自の境地に達していく。


d0170835_10331905.jpgベートーヴェン:
クラウディオ・アラウ - Claudio Arrau (ピアノ)
(録音: April 1985, La Chaux-de-Fonds, Switzerland)




1965年に初来日、以降日本びいきにもなって、古本屋街にも出かけ、古美術書に興味を示した。おそらく神田の古書街にも姿を現したのだろう。


by kirakuossan | 2018-01-03 08:59 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―35  パウル・バドゥラ=スコダ

2017年11月3日(金)
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渋いという表現がぴたりとあうピアニストにパウル・バドゥラ=スコダ(Paul Badura-Skoda, 1927~) がいる。
イェルク・デームスやフリードリヒ・グルダらと並んで「ウィーンの三羽烏」と評され、カラヤンはもとよりフルトヴェングラーとの共演もあると聞けば、てっきりこの世を去ったピアニストと思いがちだが、現存のピアニストである。3年前に 横浜みなとみらいホールで日本での最後の公演会を開き、先月に90歳を迎えたばかりだ。
決して万人が知るピアニストではないが、ウィーンの香りや伝統を引き継いだピアニストはそう多くはいない。音楽学者でもある彼の弾くモーツァルトやベートーヴェン、あるいはシューベルトやバッハは学究的な解釈の下、正統な演奏を聴かせる。
録音の数はたいへん多く、知らず知らずにみな一度は耳にしたことがあるはずだ。それは廉価盤の一枚に含まれていたり、数人のピアニストによるモーツァルト全集なんかが発売されると、必ずと言っていいほどそこにちょこっと顔を出す、普段は控え目なピアニストなのである。
「音楽は私たちの人生を豊かにします。私は演奏だけでなく、音楽を教えたり、執筆や録音などもします。年齢には関係なく、いつも聴いて下さる皆様にハーモニーと喜びを与えることができたら、と思いながら演奏しています。健康のためには、練習のほかに、体操、公園や森の散歩、詩を読むこと、健康的な食事を心がけ、穏やかな心を保つようにしています」
なにかの雑誌でこう語っていたスコダだが、今も元気で公園を散歩し、ときおりピアノの前に座って穏やかな日々を過ごしていることだろう。


by kirakuossan | 2017-11-03 06:58 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―34 アリシア・デ・ラローチャ

2017年6月29日(木)

d0170835_10153320.jpgアリシア・デ・ラローチャ(Alicia de Larrocha  1923~2009)は、バルセロナで生まれバルセロナで没したピアニスト。イングリット・ヘブラーより3歳年上、彼女もモーツァルトが得意であった。やはりスペインの血を引くのか、可憐さというより、健康的なカラッとした明るさが持ち味といえよう。

モーツァルトもよいが、シャイーと共演したベートーヴェンのピアノ協奏曲集と「合唱幻想曲」は特に素晴らしい。小柄だった彼女は手の小さな、指の広がらないピアニストとされるが、指の関節、手首と独自の奏法を身につけ、そこから醸し出される豊かな音色は決してそんなハンディを感じさせるものではない。このベートーヴェンを聴いているとそのことがよく解る。



ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝」 Op. 73

Piano Concerto No. 5 in E-Flat Major, Op. 73, "Emperor"

  • アリシア・デ・ラローチャ - Alicia de Larrocha (ピアノ)
  • ベルリン放送交響楽団 - Berlin Radio Symphony Orchestra
  • リッカルド・シャイー - Riccardo Chailly (指揮)


そして彼女の真骨頂は何といってもお国ものスペインの音楽だろう。アルベニスやグラナドス、ファリャ、モンポウ、何でもこいである。

d0170835_09492383.jpgアルベニス:Mallorca, barcarolle, Op. 202
アリシア・デ・ラローチャ - Alicia de Larrocha (ピアノ)

グラナドスの孫弟子であったラローチャは、戦後、イギリスでの評価は高く、マイラ・ヘスの後を継いで、2代目「ピアノの女王」と呼ばれる。ものの本によると、「ハプスブルグ時代のスペイン王朝の気品と威厳、そして華やかさを感じさせるものがある」となる。




by kirakuossan | 2017-06-29 08:47 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―33 モニク・アース

2017年6月9日(金)

シマノフスキほどではないが、ドビュッシーの音楽はどうも苦手である。何度もチャレンジしては、聴こうとするが、ついていけない。よく分らない、感動しない、だからまた遠ざかる・・・とその繰り返しできたが、この人のドビュッシーは別格だ。
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フランスの女流ピアニスト、モニク・アース(Monique Haas, 1909~1987)はパリ音楽院でラザール・レヴィに師事した。レヴィといえば、例の日本人として初めてのショパンコンクールに出場して特別賞に輝いた原智恵子や安川加寿子らも門下生である。アースはさらにルドルフ・ゼルキンやロベール・カサドシュからも教えをうけた。バロックから現代ものまで幅広く弾きこなすが、何といってもフランスもの、ドビュッシーとラヴェル演奏においては彼女の右に出る者はいないというぐらい卓越したピアノを聴かせる。そのピアノは、より自然で、洗練され上品で、柔かい。
評論家千藏八郎がこんな表現をした。「やや知的に表現しているという感じで、おおかたの人が感性的なドビュッシーを聴かせるのと対照的な印象を受けるところがある」一番言い得ているような気がする。ドビュッシーとラヴェルはエラートに全曲録音を遺した。NMLで聴くことが出来るのは幸いである。


モニク・アース - Monique Haas (ピアノ)
録音:1970年代前半

なかでも「12の練習曲」は、とくに評判が高い。また、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」や「古風なメヌエット」がどれほどに素敵な演奏か、ということも付け加えておく。


アースが亡くなって今日で30年を迎える。



by kirakuossan | 2017-06-09 11:16 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―32 マリア・グリンベルク

2017年3月6日(月)
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マリア・グリンベルク( Maria Grinberg  1908~1978)

エリソ・ヴィルサラーゼが11月下旬に来日して新日本フィルとモーツァルト20番など3つの協奏曲コンサートを開くが、運よく中央の好い席のチケットが手に入った。彼女が気に入っている東京のすみだトリフォニーホールでの演奏会、今から楽しみにしているが、実はこのヴィルサラーゼが尊敬しているピアニストにマリア・グリンベルクがいる。
Wikipediaによると、「おそらく20世紀屈指のピアニストの一人であったが、ソ連時代のユダヤ人敵視の風潮から、継続的で安定した演奏活動を阻まれ、西側諸国ではほとんど無名のままだった」とあるが、このピアニストの存在をもっとも端的に言い著している。ソ連とイスラエル国の対立が高まるなか、ユダヤ系であった彼女が29歳のとき、夫と父親が「人民の敵」の烙印を押されて逮捕され、処刑されてしまう。そんな暗い過去を背負いながらも明るい性格が自分自身をささえ、やがて国内では引く手あまたのピアニストになる。やがてモスクワ音楽院の教授にも迎えられるが、チャイコフスキー国際コンクールの審査委員席に就くことはなく、彼女に対する扱いは生涯を通じて変わらなかった。スターリン没後に、ようやく国外での演奏旅行を認められるが、14回の外遊の12回までは東側諸国で、僅か2回、西側のオランダを訪れただけであった。
そんなグリンベルクの演奏に接する機会はごく稀であったが、幸い、1970年に発表したベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音集が遺されている。これは、ソ連のピアニストによる最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集という触れ込みで売り出されたものである。
今、「告別」を聴いているが、残念ながらモノ録音で決して良質な音源ではないが、その奥から聞こえてくるピアノは深刻ぶらず、自然で明るく、こころ優しいものである。こちらもマリアという名で、スターリンも一目置いたとされるマリア・ユージナ(1899~1970)と比較されるが、私はユージナのどこか冷徹な響きより、グリンベルクの音色の方が好きである。


d0170835_739835.jpgベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 「告別」 Op. 81a
マリア・グリンベルク - Maria Grinberg (ピアノ)
(録音: 1966, Moscow, Russia)


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by kirakuossan | 2017-03-06 06:53 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―31 内田光子

2017年2月14日(火)

内田光子さんにグラミー賞=世界的ピアニスト、2度目の栄誉
時事通信 2/13(月) 7:22配信

米音楽界最高の栄誉とされる第59回グラミー賞の授賞式が12日、ロサンゼルスで行われ、ピアニストの内田光子さんの参加作品がクラシック部門の最優秀ソロ・ボーカル・アルバム賞に輝いた
内田さんのグラミー賞受賞は、2011年の最優秀器楽ソリスト演奏賞に続き2度目。
今回は、ドイツのソプラノ歌手ドロテア・レシュマンさんの伴奏を務めた演奏会を収録したアルバム「シューマン リーダークライス、女の愛と生涯/ベルク 初期の7つの歌」が授与対象。


こんな記事が昨日流れたが、内田光子(1948~ )のグラミー賞の受賞は2度目である。6年前は、クリーヴランド管弦楽団を弾き振りしたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番・第24番が最優秀インストゥルメンタル・ソリスト演奏賞に輝いた。日本の現役ピアニストで世界に通用するのは彼女ひとりで、今回の受賞はそれを再認識させるものであった。
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彼女のレパートリーはたいへん広く、モーツァルト、ショパン、シューベルトにはじまり、シューマン、ベートーヴェン、ドビュッシー、シェーンベルク、ヴェーベルン、ベルクなどの作品を数多く録音している。なかでもモーツァルトとシューベルトは名演奏が多いが、彼女のピアニズムは日本人演奏家の枠にとらわれず、ヨーロッパの風土のなかでその精神を吸収したような表現にある。それは必ずしも楽譜に忠実ではなく、確固たる知識と哲学的解釈に基づいた独自の表現法である。そのことは賛否両論あることも事実であるが、それを超越して自己主張をつづける彼女は、一種孤高のピアニストの様相を呈する。



d0170835_1861548.jpgモーツァルト:
ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K. 488
内田光子 - Mitsuko Uchida (ピアノ)
イギリス室内管弦楽団 - English Chamber Orchestra
ジェフリー・テイト - Jeffrey Tate (指揮)
(録音: July 1986)



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by kirakuossan | 2017-02-14 17:31 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―30 マルグリット・ロン

2017年2月13日(月)

若手音楽家の登龍門として知られるのにフランスのロン=ティボー国際コンクールというのがあるが、これは1943年、名ヴァイオリン奏者のジャック・ティボーと名女流ピアニストのマルグリット・ロンとの共同で創設された。最初は3年ごとの開催で、すぐに2年ごとになり、最近ではほぼ毎年開かれている。もちろん名のとおり、ヴァイオリンとピアノの2部門で行われてきたが2011年より声楽部門が加わり、3部門となり、これを機に、ヴァイオリンはジャック・ティボー国際ヴァイオリンコンクールに、ピアノはマルグリット・ロン国際ピアノコンクールと単独で表記されるようになった。ピアノ部門での第1回優勝者は19歳のサンソン・フランソワ(フランス)であった。

d0170835_9362585.jpg今日はそのマルグリット・ロン(Marguerite Long, 1874~1966)の命日にあたるが、彼女のピアノは、古典派からロマン派、そしてフランス近代音楽にいたるまで幅広く演奏したが、とくにフランスの伝統的ピアニズムを継承しているとされ、奏者以上に教育者としての評価が高い。彼女の弟子で最も成功したのはコンクールの1953年大会で2位に入ったフィリップ・アントルモン、それに61年3位のブルーノ・レオナルド・ゲルバーだろう。とくに後者には「あなたは私の最後の、最高の生徒」と評価した。園田高広も彼女の指導を仰いでいる。
彼女につきまとう噂は金銭欲・名誉欲にも長けていたといわれ、名前からしても”ロン!(あがり)である。面白いエピソードに、いつも大事にしている手持ちのバックは、肌身離さず持ち歩き、演奏するステージでも盗まれないように椅子の下に置いていた。


ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op. 37
マルグリット・ロン - Marguerite Long (ピアノ)
パリ音楽院管弦楽団 - Paris Conservatoire Orchestra
フェリックス・ワインガルトナー - Felix Weingartner (指揮)
録音: 10 June 1939, Theatre Pigalle, Paris
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by kirakuossan | 2017-02-13 08:57 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―29 シフ・アンドラーシュ

2017年2月8日(水)
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今や巨匠の風格さえ感じさせるアンドラーシュ・シフ、 いやハンガリー人だからシフ・アンドラーシュ(Schiff András 1953~)である。

d0170835_1011574.jpgd0170835_10151830.jpg昨夜、久々にサイモンとガーファンクルの音楽を聴いていて悦に入っていたが、その一人によく似ている。だから思い出したのでもないが、シフのバッハを聴けば、もう彼の右に出る者はいないような、そんな最高の演奏をする。今朝も、セルジオ・フィオレンティーノとかいうイタリアのピアニストでフランス組曲第5番をなにげにかけてみたが、バッハにしては何となく耳障りである。そこでシフで聴き直すと、これが全然違うんだなあ、やっぱし。
彼はバッハだけかというと、それが実に幅広いレパートリーを誇る。バロック音楽や古典派音楽を中心としてロマン派音楽までにいたる。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、さらにはシューマンやショパンまで、と。若いときのコンクール歴をみてもわかるが、そう群を抜いて目立った存在ではなかった。当初、コチシュ・ゾルターン(1952~2016)、ラーンキ・デジェー(1951~)と並んでハンガリーの若手三羽烏と称されたが、正直、人気の面でも先の二人に後塵を拝する印象であった。そんな彼を一躍ひのき舞台に押しやるきっかけとなったのが、やはりバッハであった。1980年代に契約したイギリスのデッカ・レーベルからモーツァルトのソナタ全集に次いで出した一連のバッハ演奏が「グールド以来のバッハ解釈者」と評されることになる。


バッハ:
フランス組曲全曲
アンドラーシュ・シフ - Andras Schiff (ピアノ)
(録音: January 1991, Reitstadel, Neumarkt, Germany)


d0170835_10171356.jpg思い出したが、彼の奥さんはヴァイオリニストの塩川悠子である。





奥さんと共演したモーツァルトもある。聴き惚れるヴァイオリンである。

モーツァルト:
ピアノ三重奏曲第3番 変ロ長調 K. 502
アンドラーシュ・シフ - Andras Schiff (フォルテピアノ)
塩川悠子 - Yuuko Shiokawa (ヴァイオリン)
ミクローシュ・ペレーニ - Miklós Perényi (チェロ)

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by kirakuossan | 2017-02-08 09:29 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―28 グリゴリー・ソコロフ

2016年12月11日(日)
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現代のピアニストでひとり偉大な人を見落としていた。というよりその存在を知らなかった。名だけは辛うじて耳にしたことはあったが、そこまでのピアニストであるとはつゆ知らずに来た。
ロシアのピアニスト、グリゴリー・ソコロフ((ригорий Соколов/Grigory Sokolov, 1950~ )である。
ちょうど50年前の第3回チャイコフスキー国際コンクールで優勝した経歴を持つ。その時は僅か16歳であったが、その後、ソ連国内のみの活動に制約され、西側諸国にはその存在は忘れ去られた。ソ連崩壊後、国際的な演奏活動がいよいよ活発するなか、次第に彼の存在を知るようになり、今では一定の評価が確立されてきた。そのピアノはあくまでも思慮深く、陰影を帯び、重いタッチである。でも聴くものには心の奥底で共鳴するのである。どんな凄いピアニストであるか、それは次の一片の文章ですべてを言い表し、端的に説明したことになるであろう。
2015年のショパン・コンクールのファイナリスト10人に「理想のピアニストは誰か?」と問うと、7名のピアニストがグレゴリー・ソコロフの名前を挙げた。

d0170835_2133859.jpgレパートリーは古典派からロマン派が中心だが、とくにバッハ、ベートーヴェン、そしてショパンに定評がある。鍵盤の炸裂に圧倒されるベートーヴェンのディアベリ変奏曲、これがショパンかと思わせる24の前奏曲の重い演奏、そして一転してバッハのフーガの技法で見せる一種たおやかな音色、そのどれもが個性に満ち、特異なピアニズムである。強奏するこのピアニストの真価を知るには自分にとってはもう少し時が必要な気がする。

ショパン:
24の前奏曲 Op. 28
グリゴリー・ソコロフ (ピアノ)

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by kirakuossan | 2016-12-11 21:15 | ピアニスト列伝 | Trackback

信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


by kirakuossan

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