信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan

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2018年6月7日(木)

1897年の今日6月7日、ジョージ・セル(George Szell、1897~1970)が、ハンガリーのブダペストに生れた。残念ながら一度も彼の指揮に接したことはなかったが、なぜかしら昔からその存在は気になるものであった。それは早くから手にしていた彼のドヴォルザーク第8番のレコードのせいかもしれない。また。あののちのちに語り継がれる名演を残すことになった1970年5月大阪万博の最初で最後になった初来日、そしてそのわずか2か月後の急逝、その印象があまりにも鮮烈であったからかもしれない。
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この愛聴盤(ドヴォルザーク交響曲第8番)はセルが初来日する半月前に演奏した最晩年のもので、彼の最後の録音となった。ライナーノーツでは藤田由之氏がこう記している。


本年(1970年)5月のセルとクリーヴランド管弦楽団とのはじめての来日は、こうしたセルとそのオーケストラとがもつ演奏の特質を、あますところなく伝えていたが、その来日にさきだって、4月末にその根拠セヴァランス・ホールにおいて録音されたシューベルトの第9交響曲と、さらにひきつづき録音されたこのドヴォルザークの作品は、セル自身快心のできばえであったといわれ、事実、それらは、彼の最晩年の円熟をみごとに立証するとともに、彼の最後のレコーディングともなったのである。その偉大な存在の死は、たしかに、世界の楽壇の損失といえ、驚異的なテクニックと完璧な耳とが生みだす音の魔術には、永遠にふたたび接する機会を失ってしまったが、これらのレコーディングは、そのなまの演奏に接した感動とともに、いつまでも音楽を愛する人びとの心の中にのこってゆくにちがいない。



ところでセルはよほどこのドヴォルザークの8番を愛したのだろう。古くは1951年、最初にアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との演奏で録音した。さらにいずれもコンセルトヘボウと1958年、1970年と3度もレコーディングを行なっている。その他に、1969年にはスイス、ルツェルンでチェコ・フィルハーモニー管弦楽団との名演奏を残している。これはNMLでも聴けるが、高音質のライブ録音である。
そして手兵のクリーヴランド管弦楽団を振ったのが生涯最後の録音となった。
その演奏は、円熟味もさることながら、どちらかといえば、そこには感情をむき出しにした、あの冷徹な印象を抱かせたセルとは別人のようなほとばしるような若々しいセルの姿があるように思う。



by kirakuossan | 2018-06-07 16:43 | myライブラリー | Trackback
2018年5月27日(日)

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これも何を思い出したか、TRIO LOS PANCHOS  を朝から聴いている。針が飛び飛び、肝心なところで何度もパスするのでスプレーかけて拭きまくるがだめ。
でも音はことのほか柔らかい。人にやさしい音楽、昭和の香りがする・・・
QUIZAS QUIZAS QUIZAS
キサスという言葉、”多分”を意味する。”多分 多分 そう多分”
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TRIO LOS PANCHOS EN JAPON
(Dec.1959)


by kirakuossan | 2018-05-27 09:26 | myライブラリー | Trackback
2018年5月26日(土)

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なにを思ったか、久々にアバドを引っ張り出して聴いてみる。これほどまでに鮮明だったかな?と再認識したりする。アバド52歳、元気溌剌のウィーン・フィルを振っての「英雄」は名演とされている。正直今までそこまでは思わなかったが、こうしてなんの心の準備もせずに聴いてみると、すっと心地よく入ってくる。やっぱしこれは名演奏だったのだ。
こうなると、彼がその15年後に、今度はベルリン・フィルと共演した演奏が聴きたくなった。で、こちらはNMLで続けて聴いてみたりしている。出だしのあの和音からして違う。後の方は人生を経て丸みを帯びているのがこの2音だけでわかる。でも僕は若い方のこちらの演奏の方が好きだ。


ベートーヴェン:
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団クラウディオ・アバド(指揮)1985年5月、ウィーン、ムジークフェラインザール

交響曲第3番 変ホ長調 「英雄」 Op. 55
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 - Berlin Philharmonic Orchestraクラウディオ・アバド - Claudio Abbado (指揮)録音: March 2000, Grosser Saal, Berlin Philharmonie, Germany


by kirakuossan | 2018-05-26 10:18 | myライブラリー | Trackback
2018年2月26日(月)


d0170835_9312123.gifd0170835_06595638.jpgベートーヴェン:
交響曲第8番ヘ長調
ハンス・シュミット=イッセルシュテット(指揮)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団



「音楽に仕える使徒として、それぞれの音楽のもつ美しさ、その本質をそこなうことなく、これを忠実に表現すること、わたしには、これしかできないし、また、これこそは、指揮者としての正しい道だと信じています」

短いコーヒー・ブレイクの間に、シュミット・イッセルシュテットさんは、謙虚に、しかも、自信にみちて、こう語った。1973年5月28日、シュミット・イッセルシュテットさんは、ハンブルクで亡くなった。
ライナーノーツで評論家の津守健二氏がこう紹介している。

ところで今朝のコーヒーは、京都・北白川ワールドコーヒーの「うまいコーヒーの指定席」.

by kirakuossan | 2018-02-26 06:54 | myライブラリー | Trackback
2018年2月25日(日)

ときおり出してみてはじっくりと聴いてみる。ベートーヴェンの演奏は古今東西、山ほどあるが、ただ意外なのは、度肝を抜かれるような演奏にはそうはお目にはかかれないということだ。例のカルロス・クライバーは別格として、カラヤンだって、バーンスタインだって、あるいはベームにしたってまあ言ってみれば想定内の演奏であって、ベートーヴェンの真髄にどこまで触れているかは定かではない。その点、人気先行よりも地道で確かなタクトさばきに定評のある指揮者に度肝を抜かれることはときおりあるものだ。それはアンドレ・クリュイタンスとベルリン・フィル、あるいはカール・シューリヒトとパリ管ぐらいもので極限られるのである。そのなかでもうひとつ、ウィーン・フィルハーモニーをドイツ人指揮者ハンス・シュミット=イッセルシュテットが振った演奏は、まさに王道を行く、ベートーヴェン中のベートーヴェンといったことが言えるだろう。よく彼の演奏で、ベートーヴェン交響曲第8番は昔から定評のあるところだし、第9番も名盤に挙げられることもある。もうひとつ、第5番「運命」が、これまた凄い演奏なのである。
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<第5>と<第9>はいずれもS・イッセルシュテットとウィーン・フィルハーモニーがその実力を最大限に発揮した名演奏ですが、特に<第5>はものの見事といえましょう。どこにも力みや奇策が感じられないのに、堂々たる恰幅の良さと気魄の激しさが全曲を貫いて、何よりもベートーヴェンの<第5交響曲>を心ゆくまで堪能できるのです。演奏者の存在を忘れさせて聴く者を作品と結びつける、これこそ演奏家の理想ではないでしょうか。

と、あの宇野功芳先生が仰るのだから間違いないのだろう。そして興にまかせて・・・

ウィーン・フィルハーモニーは練習が大きらいです。あまり練習しすぎると演奏が固くなり、本番での生きた即興がでにくくなるからですが、<第5>においても整然たるアンサンブルや細部の緻密な表情ではアメリカあたりのオーケストラにはかなわないでしょう。しかしこうしたゆとりが大人の演奏を生む原因となるのを忘れてはなりません。

最後は、久々の”宇野節”ですが、(まさか「運命」を即興でもないだろうに・・・)
いや確かに、ついつい我を忘れて聴き込んでしまうそんな凄い演奏ではある。




ベートーヴェン:
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 - Vienna Philharmonic Orchestra
ハンス・シュミット=イッセルシュテット - Hans Schmidt-Isserstedt (指揮)




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どうも宇野先生だけでは信用できないので・・・失礼、それで権威ある方の評も付け加えておくことにした。

激しい熱気を漲らせるというよりも整理整頓したもので、常に温和な格調を保っている。そのしっかりとした重い厚い響きなどは、いかにもドイツの主流をゆく指揮者といった感じを与える。
(音楽評論家:門馬直美)



by kirakuossan | 2018-02-25 15:06 | myライブラリー | Trackback
2017年12月2日(土)

夕食後に再度録音を試みる。無理矢理に同じ空のCDを何度か挿入すると、一度だけ何かの拍子で録音ができた。これで3枚目が成功したわけだが、そのあとはもう何度繰返しても録音不能の状態は変わらなかった。さすがにぐったりしているところで、ふと、軽めの音楽でも、と久々にメンデルスゾーンのピアノ曲を聴いてみた。
ずいぶん聴いていなかった、田部京子の演奏で「無言歌集」を。心身ともに疲れた気持がどうにか癒される心境であった。


d0170835_21295495.jpgメンデルスゾーン:「無言歌集」
・甘い思い出 
・後悔
・狩りの歌
・ないしょ話
・眠れぬままに
・ヴェニスのゴンドラの歌1
・瞑想
・安らぎもなく
・ヴェニスのゴンドラの歌2
・失われた幸福
・情熱
・浜辺で
・浮雲
・胸さわぎ
・心の悲しみ
・民謡
・五月のそよ風
・葬送行進曲
・ヴェニスのゴンドラの歌3
・春の歌
・失われた幻影
・紡ぎ歌
・羊飼いの訴え
・別れ
・タランテラ

 田部京子(ピアノ)
録音:1993年4月13~15日 スイス、ラ・ショー・ド・フォン、ムジカ・テアトル




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さあ、明日はアメフトの甲子園ボウル出場をかけた決定戦だ。いざ万博競技場に馳せ参じなければならない。
ということで、早く床につくことにしよう。




by kirakuossan | 2017-12-02 21:18 | myライブラリー | Trackback
2017年4月26日(水)

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オルフ:
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グンドゥラ・ヤノヴィッツ (ソプラノ)
ゲルハルト・シュトルツェ (テノール)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ベルリン・オペラ合唱団
ベルリン・オペラ管弦楽団
オイゲン・ヨッフム (指揮)
(録音: October 1967, UFA-Tonstudio, Berlin, Germany)



ラ・フォル・ジュルネびわ湖「熱狂の日」音楽祭2017
28日開幕。前夜祭コンサートで「カルミナ・ブラーナ」が聴ける。演奏会でこの曲をやるのは珍しい。.

by kirakuossan | 2017-04-26 06:53 | myライブラリー | Trackback
2016年7月9日(土)

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モーツァルト:ピアノソナタ集
第11番 イ長調 K.331
第16番 ハ長調 K.545(旧15番)
第8番 イ短調 K.310
第10番 ハ長調 K.330
イングリット・ヘブラー(pf)

やっぱし朝一番に聴くモーツァルトのピアノは好いなあ。
なかでもヘブラーの音色は最高、
誰が何と言おうが、彼女のモーツァルトが一番だと僕は思う。
11番、例のトルコ行進曲付のソナタだが、あの聴きつくされたソナタが何と瑞々しく蘇ることよ。。。
吉田秀和「名曲のたのしみ」でも紹介された例の10番も収められている。昨日の1枚である。
by kirakuossan | 2016-07-09 07:42 | myライブラリー | Trackback
2016年6月27日(月)

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リスト:
ピアノ協奏曲第2番イ長調
S125/R456

クリスチャン・ツィメルマン(ピアノ)
ボストン交響楽団
小澤征爾(指揮)
1987年4月






リストはピアノ協奏曲を2曲書いた。その二つめのこのコンチェルトはさらに自由に、基本主題が強弱、優美さと力強さが交互に錯綜する、交響詩的なタッチで描かれている。ツィメルマンのピアニズムが冴えわたる。。。
30日は小菅優のピアノで生が聴ける。ほんの20分少々の短い曲だが、演奏会で聴くのは珍しい。


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by kirakuossan | 2016-06-27 06:58 | myライブラリー | Trackback

懐かしい25cm盤

2016年6月22日(水)
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レコードを整理しているとコンサート・ホール・ソサエティの25cm盤が出てきた。ムソルグスキーの「展覧会の絵」。このレコードは思い出があって、それまでベートーヴェンやモーツァルトなどを聴いて来た耳には、ムソルグスキーはあまりにも別世界の違い過ぎる音楽だった。相前後してマーラーのシンフォニーに目覚め、難しいながらブラームスも、といったちょうどそんな頃か。25cmというコンパクトな大きさも手ごろ感があったのか親しみをおぼえてよく聴いた一枚である。今日ずいぶん久しぶりに懐かしみを込めて聴いてみた。レコードの音質も劣化していないが、冒頭の「プロムナード」でしばらく広がり感がなくMONO録音かと思ったら、すぐに鮮明な音がステレオで現れる。”full stereo”と銘打ってあるぐらいだからやはりステレオなのだろう。といったぐあいで録音に少しムラがあるが徐々に響きは良くなって来た。演奏は明瞭で歯切れがよく、しかもドラマティックでなかなかいいではないか。ただ最終「キエフの大門」など一部で楽器がまどろむようなところが惜しくも見受けられるが総じて立派な演奏といえる。
d0170835_1625015.jpg演奏家は?というと、ワルター・ゲール指揮オランダ・フィルハーモニー管弦楽団とある。どちらも知らない名だが、そこらの有名オケに決してひけをとらない。ワルター・ゲールはドイツ出身のユダヤ系指揮者で本職は作曲家である。もう少し詳細にと事典等で調べたがなかなか出てこない。ただ一冊、77年版の「指揮者のすべて」に短い記事で紹介されていた。
ワルター・ゲール(1903~1960)はベルリンに生まれ、シェーンベルクに作曲を学んだ。1925年から31年までベルリン放送で指揮者をつとめ、その後イギリスにわたり活動した。息子はイギリスの現代作曲家アレクザンダー・ゲールである。
Wikipediaにはラヴェルに先駆けて「展覧会の絵」のオーケストレーションを試みた一人としても知られている、とあるぐらいだから、やはりこの演奏が上手いのも納得できた。


彼が編曲したちょっとさわりの部分だけでも・・・
組曲「展覧会の絵」プロムナード(ワルター・ゲールによる管弦楽編)



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by kirakuossan | 2016-06-22 14:11 | myライブラリー | Trackback