信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan

2018年 10月 05日 ( 2 )

2018年10月5日(金)

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平泉澄著の「物語日本史」(上中下三巻)を読み出したが、第十四序天智天皇、いよいよ面白くなってきた。
時代は天智天皇2年、西暦663年10月4日から5日にかけて朝鮮半島白村江(現在の錦江近郊)にて戦いが繰り広げられた。「白村江の戦い」(はくすきのえのたたかい)と呼ばれ、今から1355年前の今日の出来事である。
天智天皇は蘇我氏を滅ぼして大化の改新を断行したが、ほかにもうひとつ重要な出来事がある。当時の朝鮮半島は、南に百済、東に新羅が建国していたが、百済は、北方の高句麗、それに西方のシナ大陸の勢力と東方の新羅と、双方の挟み撃ちにおかれていた。その同盟国でもある百済を救おうとして唐と戦ったことである。
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当時海外の交通はずいぶん盛んであって、唐がシナ大陸を統一した勢いの隆々たること、それにくらべて百済の武力の貧弱であって、とうてい太刀打ちできそうもないこと、それを天智天皇が御承知ならぬはずはありません。それを御承知のうえで、あえて百済を救おうとせられましたのは、一つは気の毒な小国の討ち亡ぼされるのを、黙って見ているわけにはゆかぬという義侠心からであり、今一つは大国の侵略を、あの一線で阻止しておくことが、我が国の自衛上、よいと判断されたからでしょう。
不幸にして白村江の戦いに敗れたために、ことによると唐の大軍はこちらまで攻め寄せるかもしれないとお考えになって、国内の防備の態勢を整えさせられました。すなわち対馬・壱岐・筑紫には、国境防備の防人を置き、対馬の金田、讃岐の屋島、大和の高安に城を築き、北九州では水城を造らせるとともに、大野城と基肄城とを築き、長門にも城を設け、山の頂には烽火(とぶひ)をあげて、急を告げさせることとし、用意怠りのないように手配せられ、そして都も、近江の大津へ遷されました。これらはすべて、唐の侵入に備えるためであったのです。
結果だけを見れば、唐との戦いは無謀であり、失敗であり、そして消極的な退守に終ったように思われるが、当時朝廷の御計画は、実に雄大でありました。~
そして百済の救援は、百済が亡びた後に、日本の実力をもってこれを再興しようとされたものであることを注意しなければなりません。


これを機に、律令国家の建設が急いで進み、倭国を「日本」へと国号を変える。白村江の敗戦は倭国内部の危機感を醸成し、日本という新しい国家の体制の建設をもたらしたと考えられている。
都を近江大津へ移した背景には、国外の脅威に対抗しうる政治体制を新たに構築するため、抵抗勢力の多い飛鳥から遠い大津を選んだとする説が有力である。大津は琵琶湖に面しており、陸上・湖上に東山道や北陸道の諸国へ向かう交通路が通じており、西方へも交通の便が良いとされるが、ただ、「日本書紀」によるとこの遷都には民衆から大きな不満があがり、社会情勢は不安定で昼夜を問わず出火があったという。
混沌としたなか、そして歴史はやがて「壬申の乱」へと続いていく。



by kirakuossan | 2018-10-05 19:31 | ヒストリー | Trackback
2018年10月5日(金)

トヨタ自動車がソフトバンクを選んだ「必然」
2018年10月4日 18時40分 東洋経済オンライン

「え?! まじか?!」
トヨタ自動車との合弁会社設立の話が進展していると聞いて、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は思わずこう言ったという。しかも豊田章男社長のほうから孫社長のところにわざわざ出向いてくるという。「なおさら、え!? まじか!?と思った。と同時にいよいよだという思いもあった」(孫社長)。トヨタからソフトバンクに打診があったのは半年前。その後、若手を中心としたチームで合弁設立の可能性を模索してきた。

合弁会社の社名は「MONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)」。出資比率はソフトバンクグループの通信子会社ソフトバンクが50.25%、トヨタが49.75%。モネの代表取締役社長兼CEOにはソフトバンクの宮川潤一副社長兼CTOが、代表取締役兼COOには柴尾嘉秀・トヨタ自動車コネクティッドカンパニーMaaS事業部主査が就任する。資本金は当初20億円だが100億円まで増資する予定だという(資本準備金を含む)。

交通事故を起こさない自動運転の実現新会社は2020年代半ばをメドに、交通事故を起こさない自動運転の実現を目指す。2020年まではスマートフォンで乗り合い車両を呼ぶなどの「オンデマンド・モビリティ・サービス」を展開する予定だ。「日本連合で世界に打って出ようと握手した」。ソフトバンクの宮川副社長はそう言い放った。

トヨタの豊田社長は「なぜトヨタがソフトバンクと組むのか、と皆さんお思いでしょう」と切り出し、「実は20年前、(中古車検索システム〈当時〉の)GAZOOを始めた頃に、孫さんからアメリカのネットディーラーのシステムを導入しないかという提案があった」と打ち明けた。

そして「当時課長だった私は孫さんのところに出向き、お断りした。血気盛んな課長時代のことで失礼があったと存じている。若気の至りだが、寛大な対応をしていただいた。感謝申し上げたい」と、20年前に水面下の交渉があったことを披露。「ソフトバンクとトヨタの相性が悪いという噂がちまたであるようだが、そんなことはない」と付け加えた。

豊田社長は「今は100年に1度の大変革期」とし、トヨタは自動織機で創業し自動車に展開したこと、そして今、自動車メーカーからモビリティカンパニーに変わろうとしていることを強調。

やがて来る自動運転の時代を見据えて、ビッグデータを取ろうと海外でライドシェア(自動車の相乗り)サービスを手掛ける企業に出資を始めると「ドアの向こうには常に孫さんがいた」(豊田社長)。出資先にはすでにソフトバンクやソフトバンクが出資する巨額ベンチャーファンド「ソフトバンクビジョンファンド」が主要株主として存在していたと明かした。ライドシェアの世界シェアは9割「ソフトバンクが出資するウーバー、グラブ、ディディなどを合計すると、ライドシェアの世界シェアは9割」(孫社長)。自動運転で世界覇権を争うためには、すでに海外ライドシェア大手に出資しているソフトバンクと組むしかなかったというのが真相だ。

「今回はあくまで第1段。第2弾、第3弾のより広い、深い提携があるのを願っている。それを思うとわくわくする」とする孫社長に対し、豊田社長は「そういう風に持って行きたい」と気前よく応じた。会見では両首脳の距離が一気に縮まったことを印象づけた。「豊田社長のプレゼンに感動した。情念に訴えて、心から言っているから惹きつけられる」と孫社長が言うと、「心からしか言えませんから」と豊田社長が応える。逆に豊田社長は孫社長のことを「成長する企業を見付ける目利き、においをかぎ分けられるんですよね」と持ち上げると、「有望な起業家とトヨタを結びつけていきたい」と笑顔で語っていた。

一方で、合弁会社が具体的に何を始めるのかには不明な点が多く、”日本連合”を結成しなければならない理由も明らかにされなかった。「頑張れ2人、2社と言ってくれたら嬉しい」。豊田社長はそう言って会見を締めくくった。

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朝から気持ちの好い記事を読んだ。昨日東洋経済オンラインで紹介されていたが、読んですぐ目に付いたのは、20年前の無礼を陳謝する豊田章男社長の真正直な人柄。このように「心からしか言えませんから」といったそんなリーダーに導かれるトヨタ社員は幸福だと思った。
そして同時にしたたかさも。そして、二人の社長からほとばしる事業に取り組むあくまでも貪欲な精神力を感じとった。
最後の豊田社長の言葉もにくい。

「頑張れ2人、2社と言ってくれたら嬉しい」



by kirakuossan | 2018-10-05 07:15 | 偶感 | Trackback