信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan

2017年 09月 25日 ( 2 )

2017年9月25日(月)

入笠山湿原のエゾリンドウ
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2016年9月18日(月)1:50pm (上)
レンズ:1NIKKOR VR 10-30mm f/5 焦点距離:20.3mm(54.81mm) 
露出+0.0 シャッター1/320 ISO100 AUTO

2016年9月18日(月)1:46pm (下)
レンズ:1NIKKOR VR30-110mm f/5.6 焦点距離:110mm(297mm) 
露出+0.0 シャッター1/500 ISO160 AUTO

台風一過、晴天に恵まれて。
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by kirakuossan | 2017-09-25 21:35 | PHOTO | Trackback
2017年9月25日(月)

音楽を本格的に聴き始める少し前、マーチに凝ったことがある。とくにスーザの「ワシントン・ポスト」や「雷神」、タイケの「旧友」、あのワーグナーとは別人のヨゼフ・フランツ・ワーグナーが作曲した「双頭の鷲の旗の下に」などはソノシートが擦り切れるほど毎日毎日ターンテーブルを回転させて飽きずに聴いたものだ。そのなかに「ラデツキー行進曲」も収められていて、一見単調そうでスマートさには欠けるがどこか高尚で、スーザやタイケとは少し趣の違った印象が残るマーチだった。
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ヨハン・シュトラウス1世(1804~1849年9月25日)は、ウィーンを中心に活躍した作曲家で、ヨーゼフ・ランナーと「ワルツ合戦」を繰り広げたことで知られ、生前は「ワルツ王」と呼ばれたが、死後は同姓同名の長男ヨハン・シュトラウス2世の方がより有名になって、その名を譲り、のちに「ワルツの父」と呼ばれるようになった。

ヨハン・シュトラウスI世 :
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ロリン・マゼール(指揮)

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オーストリア帝国の英雄ヨーゼフ・ラデツキー将軍を讃える「ラデツキー行進曲」、この行進曲のおかげで政府軍の士気は大いに高揚し、「ウィーンを革命から救ったのは、ヨハン・シュトラウスである」とまで言われるようになった。ニューイヤーコンサートで毎年プログラムのアンコールの最後の曲として、必ず演奏される曲として知られている。
今日はヨハン・シュトラウス1世の命日である。

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by kirakuossan | 2017-09-25 07:10 | 100巻からもれた作曲家たち | Trackback