『みなかみ紀行』を辿って その6 法師温泉

2017年8月29日(火)


『みなかみ紀行』若山牧水

21日に11時前中之条に着き、そこから電車に乗り渋川に着いたのは正午。東京行、沼田行とそれぞれの時間を調べておいて牧水とK―君は駅前の小料理屋に入った。ここで別れてK―君は東京へ帰り、牧水は沼田の方へ入り込む段取りだ。

看板に出ていた川魚は何も無かった。鶏をとりうどんをとって別盃を挙げた。軽井沢での不図した言葉がもとになって思いも寄らぬ処を両人して歩いて来たのだ。時間から云えば僅かだが、何だか遠く幾山河を越えて来た様なおもいが、盃の重なるにつれて湧いて来た。午後三時、私の方が十分間早く発車する事になった。手を握って別れる。
渋川から沼田まで、不思議な形をした電車が利根川に沿うて走るのである。その電車が二度ほども長い停電をしたりして、沼田町に着いたのは七時半であった。指さきなど、痛むまでに寒かった。電車から降りると直ぐ郵便局に行き、留め置になっていた郵便物を受取った。局の事務員が顔を出して、今夜何処へ泊るかと訊く。変に思いながら渋川で聞いて来た宿屋の名を思い出してその旨を答えると、そうですかと小さな窓を閉めた。
 宿屋の名は鳴滝と云った。風呂から出て一二杯飲みかけていると、来客だという。郵便局の人かと訊くと、そうではないという。不思議に思いながらも余りに労れていたので、明朝来て呉れと断った。実際K―君と別れてから急に私は烈しい疲労を覚えていたのだ。然し矢張り気が済まぬので自分で玄関まで出て呼び留めて部屋に招じた。四人連の青年たちであった。矢張り郵便局からの通知で、私の此処にいるのを知ったのだそうだ。そして、
「いま自転車を走らせましたから追っ附けU―君も此処へ見えます」
 という。
「ア、そうですか」
 と答えながら、矢っ張り呼び留めてよかったと思った。U―君もまた創作社の社友の一人であるのだ。




十月廿二日。
法師温泉


 今日もよく晴れていた。嬬恋以来、実によく晴れて呉れるのだ。四時から強いて眼を覚まして床の中で幾通かの手紙の返事を書き、五時起床、六時過ぎに飯をたべていると、U―君がにこにこしながら入って来た。自宅でもいいって云いますから今日はお伴させて下さい、という。それはよかったと私も思った。今日はこれから九里の山奥、越後境三国峠の中腹に在る法師温泉まで行く事になっていたのだ。

法師温泉は群馬県利根郡みなかみ町(旧国上野国)にある温泉で開湯は1200年前とされる由緒ある温泉。三国峠にも近い標高800mの高所に一軒宿の「長寿館」がある。下に敷き詰めた玉石の間からポコポコ自然湧出する源泉は、泉質が無色透明のカルシウム、ナトリウム硫酸塩泉、泉温は43℃である。牧水以外にも川端康成や与謝野晶子などが訪れたことで知られる。牧水がこの時泊ったのも「長寿館」である。
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 吹路という急坂を登り切った頃から日は漸く暮れかけた。風の寒い山腹をひた急ぎに急いでいると、おりおり路ばたの畑で稗や粟を刈っている人を見た。この辺では斯ういうものしか出来ぬのだそうである。従って百姓たちの常食も大概これに限られているという。かすかな夕日を受けて咲いている煙草の花も眼についた。小走りに走って急いだのであったが、終に全く暮れてしまった。山の中の一すじ路を三人引っ添うて這う様にして辿った。そして、峰々の上の夕空に星が輝き、相迫った峡間の奥の闇の深い中に温泉宿の灯影を見出した時は、三人は思わず大きな声を上げたのであった。
 がらんどうな大きな二階の一室に通され、先ず何よりもと湯殿へ急いだ。そしてその広いのと湯の豊かなのとに驚いた。十畳敷よりもっと広かろうと思わるる浴槽が二つ、それに満々と湯が湛えているのである。そして、下には頭大の石ころが敷いてあった。乏しい灯影の下にずぶりっと浸りながら、三人は唯だてんでに微笑を含んだまま、殆んどだんまりのの永い時間を過した。のびのびと手足を伸ばすもあり、蛙の様に浮んで泳ぎの形を為すのもあった。
 部屋に帰ると炭火が山の様におこしてあった。なるほど山の夜の寒さは湯あがりの後の身体に浸みて来た。何しろ今夜は飲みましょうと、豊かに酒をば取り寄せた。鑵詰をも一つ二つと切らせた。U―君は十九か廿歳、M―君は廿六七、その二人のがっしりとした山国人の体格を見、明るい顔を見ていると私は何かしら嬉しくて、飲めよ喰べよと無理にも強いずにはいられぬ気持になっていたのである。
 其処へ一升壜を提げた、見知らぬ若者がまた二人入って来た。一人はK―君という人で、今日我等の通って来た塩原太助の生れたという村の人であった。一人は沼田の人で、阿米利加に五年行っていたという画家であった。画家を訪ねて沼田へ行っていたK―君は、其処の本屋で私が今日この法師へ登ったという事を聞き、画家を誘って、あとを追って来たのだそうだ。そして懐中から私の最近に著した歌集『くろ土』を取り出してその口絵の肖像と私とを見比べながら、
「矢張り本物に違いはありませんねエ」
 と云って驚くほど大きな声で笑った。
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牧水より10年ほどのちにここを訪れた与謝野晶子もこの浴場に感動してこう詠んでいる。

草まくら手枕に似じ借らざらん山のいで湯の丸太のまくら   晶子


牧水が訪れた時は浴槽が二つとあるが、それを仕切って四つにし、その時、丸太の枕を備えたものであろう。
「長寿館」の法師乃湯は混浴で1000円で日帰り入浴できるそうだ。ここは近いうちに是非訪れたいものである。


つづく・・・




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by kirakuossan | 2017-08-29 12:29 | 文芸 | Trackback

さあ、スポーツの秋、スタートだ。

2017年8月29日(火)

d0170835_09202421.jpgアメフトのリーグ戦が先週金曜から始まった。
初戦で京都大が関西大を13-10と接戦で下し、何かを予感させる一戦で幕開けした。数年で徐々に力を挙げて来た京都大の復活がいよいよ今季見られるかも。立命館は今季1部リーグ入りした桃山学院に38-7で勝利、圧勝とはいかなかったが開幕戦とすればまずまずか。関学大は同志社を28-0と完封した。立命館の次戦は9月10日に同志社と。注目の京都大戦は10月7日、関西大戦は10月21日、そして関学戦は11月19日、甲子園ボウル出場への決定戦は12月3日。

9月2日からは関西学生野球リーグが開幕と、スポーツの秋、スタートだ。
一方、冬のスポーツのイメージが強い大学ラグビーは、まだ1か月先の9月30日から開幕(Bリーグは17日から)だ。
そうこうしているうちに新チームによる来春のセンバツをうらなう秋季高校野球大会も始まる。滋賀大会は9月16日から、大津商は甲西(9/22)立命館守山は栗東(9/23)といずれも2回戦からの登場。京都大会は26日から開幕、立命館は洛西と京都両洋を、立命館宇治は西京と山城をそれぞれ下し幸先良いスタートを切った。一方長野大会は、9月2日開幕、東信地区の小諸商の緒戦は蓼科高と決まっている。
またハラハラドキドキ、忙しいこっちゃ。


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by kirakuossan | 2017-08-29 08:44 | スポーツ | Trackback