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2013年 11月 29日 ( 2 )

久々のクラス会

2013年11月29日(金)
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高2のクラス会に行ってきた。随分久しぶりで、卒業当初は頻繁に開催されていたこともあって良く参加したように記憶しているが、最近では出席するのは10年ぶり以上か。
平日の午後の開催にもかかわらず、出席者男性5名、女性13名の計18名。3年ごとに開いているそうで、18人の参加は過去最大ということらしい。それはよかった。これからは、毎年1回は集ろうと言うことを確認しあってお開きになった。二次会も含めて6時間、有意義な集いであった。中には卒業以来初めて顔を合わせる女性も居て、皆当時のアルバムを持ち出して大いに盛り上がった。皆幸せそうな顔をしていた。
by kirakuossan | 2013-11-29 18:43 | 偶感 | Trackback

感動する音楽は、スタイルに関係ない

2013年11月29日(金)
音楽評論家の吉田秀和氏の正反対の極に立つような評論家がいる。”毒舌と偏見”で知られる宇野功芳だ。毒舌はともかく、偏見に対しては本人も異論があると思うが、少なくとも多くのこの人の書物を読んだり、批評をみているとそのように感じるしかない。でもそのことは一面では褒め言葉でもある。それだけ持論が”ぶれない”ということでもあるからだ。
d0170835_1056375.jpgでも持論を押しつけられるような気がして、最近ではほとんど読まなかったが、つい図書館で表題につられて読むことにした。
『宇野功芳のクラシックの聴き方』(音楽之友社刊)。
ところが、この本が実に面白かった。なかでも評論家山崎浩太郎との音楽放談「ベートーヴェンの交響曲演奏と大巨匠の音楽」が愉快だった。ワインガルトナーから始まって、歴代の巨匠たちを順番にベートーヴェンの演奏を中心に批評してゆく。もともと日頃の評論そのものが”放談”みたいな人の音楽放談だから面白いに決まっている。それこそ毒舌を通り越して、”なんでもあり”の世界だ。
うなずいたり、感銘を受けたり、興味深く読んだ個所をちょっとひろってみると・・・




ワインガルトナー
音程はいいけれど、縦の線がひどい。とてもプロの指揮者とは言えない。いいかげんだしね。聴いていて、学者という感じがします。

トスカニーニ
フルトヴェングラーやワルター全盛期に彼がスカラ座を連れてベルリンで実演をした。その凄さは格別だった。
Y:彼のもたらす緊張感のようなものが全然違っていたのかもしれませんね。
U:レコードに入りきれないものすごいものがあるんじゃないの? 実演を見なきゃわからないものが。それでなきゃ、あんなに尊敬されるわけがない。

メンゲルベルク
僕の若いころから、すでに正統的じゃなくて、メンゲルベルク節のような感じにとらえられていて、われわれはあまり聴くものじゃないという印象をもってましたよ。麻薬のような。

ワルター(宇野功芳が若い時、ワルターと文通していたのは有名な話)
僕はワルターを聴いていると、ワインガルトナーに比べて、芸術的に相当上の指揮者だと思うなあ。ワルターは、ルフトパウゼがすごく巧いんですよ。日本人的な”間”の感覚がある。「田園」を聴いていても、「40番」の例のルフトパウゼにしても、あの”間”は至芸だね。

クレンペラー
U:「7番」を最初聴いたときにはいやになっちゃったけど、フルトヴェングラーに飽きてくるとあの四楽章はいかしてますよ。(1960年・フィルハーモニア管)
Y:わかります。私もあの四楽章が大好きで、終わりのほうの、第一ヴァイオリンと他の弦楽器たちとの対話を聴いたときに、ああ、これが聴きたかったものだと。
U:絶対興奮しないしね。最後まで踏みしめていって、しかも冷静でね。でも中は猛烈温かいんだよ。駆け落ちするようなやつだからね。新婚の人妻を連れて駆け落ちするようなところがまだ残っているわけですよ。しかも、表面は冷静にやるから。

フルトヴェングラー
彼の「田園」の第一楽章を聴いてぶったまげたね。あの演奏は偉大な人生体験の一つだな。(1952年・ウィーンフィル) ワルターは夢みたいに美しいけどね。フルトヴェングラーの第一楽章は、人生を背負っているという感じですね。

昔、佐川吉男さんが編集長をしていた『ディスク』で対談を編集長としたが、私が「魔笛」は最高の音楽だと思うと言ったら、佐川さんは「私はザルツブルクの人形芝居しか観たことがない」と言うから、「おれはもう帰らせてもらう」と言った。(笑) でも、僕も偉そうなことが言えないんだ。ブルックナーの話になって、「ブルックナーは要らない」と言った。(笑い)
ブルックナーがわからない、そんな時代だったのです。

クナッパーブッシュ(みんな知っている宇野功芳一押しの指揮者)
クナは、ワーグナーだけを尊敬していますね。ワーグナーのときはまったく恣意的なところがない。ワーグナー以外は全部下に見ている。自分の遊び道具にしています。だから、ベートーヴェンさえ一段下に見ています。「第九の終楽章は、あんなひどい曲はない、だから指揮しない」と言っています。
彼は天才ですね。大天才です。

朝比奈隆
「ここはメロディだ、ここは伴奏だから少し弱くしよう」とかいうのが朝比奈のリハーサルにはないんですよ。フォルテは「フォルテだぞ」と。「トランペットがフォルテで下を向いて遠慮しながら吹いているから音が出なくなるんだ、堂々と吹け」と。
朝比奈がドイツ式だ、ドイツ風だとかいうのは全くの間違い。ドイツ風に聴こえるだけであって、昔のドイツの指揮者はもっともっと、フルトヴェングラーでさえも主題と伴奏ということを絶えず考えて、その分だけスケールが小さくなっていたと思う。

ムラヴィンスキー
凄かったのはムラヴィンスキーですね、何といっても。あのベーチーヴェンの「4番」はほんとうにもう、震えましたよ。僕のいちばん嫌いなタイプの演奏なんです。テンポが速くて、動かなくて、直線的で、歌わないし、とにかく即物的で、微笑みのない、ドラマのない。効果も狙わない。それに痺れたんですよ。いかに彼が凄いか。場内の空気は一変しました。最初の一音から。指揮者というものは凄いものですね。
ショスタコヴィッチの演奏は全部すばらしいけど、「5番」だけは僕はあまり買えない。あれは大衆的なおんがくですよ。それを高踏的に演奏している。

U:ショスタコヴィッチの「5番」はベートーヴェンの「5番」に比べるとずいぶん落ちる音楽だと思うよ。ベートーヴェンの第四楽章なんて凄いですよね。僕は一時、「5番」より「エロイカ」のほうが好きだったんです。ずーっとずーっと好きだったですよ。でもいまでは、「5番」のほうがやっぱり上だなあと思ってきた。
Y:なるほど。私はまだ修行が足らないせいか、「エロイカ」のほうが好きです。
U:修行じゃないです。歳です、アハハハハ。
(これは僕も同意見。ベートーヴェンの「5番」ほど最初から最後まで完璧な音楽は、僕は他に知らない)

シューリヒト
シューリヒトの名盤というと、やはり「エロイカ」と「田園」かな。あの人はスピードでスーッといくから、「1番」もいいね。「田園」がなぜかいいんです。非常にユニークな指揮者だね。スーッと行っていながらいろんなことをやっているんだよ。目立たないように。面白いですね。名人じゃないですか。やはり巨匠だな。
(「エロイカ」1963年フランス放送管、「田園」1957年パリ音楽院)

ベーム
ベームで感動したのは「田園」しかない。(77年のNHKホールでのライヴ)

カラヤン
カラヤンのベートーヴェンはまったく買わない。

バーンスタイン
バーンスタインで良くないのはベートーヴェンです。NHKホールでの「3番」を聴いたことがありますが、非常に浅い、ヤンキーのベートーヴェンだった。アメリカの大衆性が悪く出てしまう。だけれども、ウィーン・フィルを振った全集はオケがしっかりしているから、あれはあれなりに優れた演奏のひとつだと思う。

クライバー
U:ヴァントがいちばんいい例で、三流、二流、一流、超一流となる。朝比奈先生も二流だったもんね。60歳ぐらいから少しずつ一流になってきて、長生きしたおかげで曲によっては超一流になった。
Y:そういう意味ではカルロス・クライバーは、決して亡くなったとき若くはないですけれども、老い、円熟ということは一切なく、カルロス・クライバーという人がそのまま来て、そのままいなくなった。
U:ああいう天才型は大体そうだなあ。アルゲリッチもそうだし、ハイドシェックもそうだし、天才型というのは何か進歩しないんだ。

アバド
まったく買わないです。アバドは腑抜けだよね。音は美しいよ。だから、「田園」は聴いていていやじゃないなあ。

チェリビダッケ
彼の「5番」と「田園」を聴きました。いちばん面白いのは「5番」ですね。個性のかたまり。

ゲルギエフ
「エロイカ」を埼玉まで聴きにいったんです。旧スタイルなんですよ、ロシア人だから。巨匠風かというと、全然そんなことはない。中途半端ですね。小澤もそうですよ。ゲルギエフよりまだスケールが小さい。

マタチッチ
U:マタチッチは詰めが甘いんです。録音で聴くと、なんだかずいぶん怪しいところがある。
Y:彼は、それをそのまま放っておくようなところがありますね。

d0170835_1121191.jpgスメターチェク
あとは、スメターチェクを忘れてはいけない。彼は、日本に来るたびに大感動した指揮者です。チェコへ行ったと聞いた話ですが、ノイマンの政治力が強い。スメターチェクにはまるでないんだって。社会主義国家だったから、上の覚えがめでたくなくて、不遇だったと言っていた。楽員はみんな、実力はスメターチェクが全然上だと言っていましたけど。

Václav Smetáček - Dvorak Symphony No.9 From the New World
Symfonický orchestr Českého



宇野功芳:
僕はいつも、いちばん最終の判断は、知識のない、『レコ芸』なんか読まない、何にも知らない、ただ音楽が好きで音楽がわかる人が感動する演奏がいちばん凄いんだと思う。スタイルに関係なく。





by kirakuossan | 2013-11-29 10:52 | クラシック | Trackback