2020年 07月 03日
クラシック雑記帳 48 エル=バシャというレバノン人ピアニストについて |
2020年7月3日(金)
若くして母国をはなれ、パリ音楽院に学び、フランスのラヴェルの生家近くに長年にわたって居住した。そんなこともあって母国とおなじほどフランスを愛し、レバノンとフランスの両方の国籍をもつ。ナントで年に一度開催されるフランス最大級のクラシック音楽の祭典La Folle Journée(ラ・フォル・ジュルネ)の常連でもあり、また2005年からスタートしたラ・フォル・ジュルネ TOKYOにも2012年から毎年参加している。ちょうどこのベートーヴェンを収録したころからだ。だから決して知名度が低く、日本で馴染みの薄いピアニストとはもういえない。
フランスのフォルラーヌというレーベルでベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ全集」とショパンの「ピアノ作品全集」を録音している。エル=バシャは、中東出身ということと、フォルラーヌというレーベルが国内盤で販売されていないことから、日本での知名度はかなり低い。だが、エル=バシャの代表的なレパートリーであるショパン全集では、宝石を散りばめたようなタッチが際立っていて、数あるショパン全集のなかでも特に優れた演奏の一つになっている。ショパン全集には、アルトゥール・ルービンシュタイン、ブライロフスキー、フランソワ、マガロフ、アシュケナージ、ビレットなどがあるが、これらと比較してもエル=バシャの演奏は傑出した水準にある。
「ピアニストガイド」(吉澤ヴィルヘルム著/青弓社刊)より
このことは彼のベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全集」についてもそっくりそのままあてはまることといえる。
バックハウスやケンプであり、リヒテルはもちろん、ブレンデル、あるいはポリーニ、さらにはグルダらのそれと比較してもアブデル・ラーマン・エル=バシャの演奏は傑出した水準にある、ということである。
先日彼のベートーヴェンを初めて聴いた。(6月30日)
《独自の境地に達しているように見える。しかもそれはなにも特別なものではなく、ごく自然な、気どらない、いかにも小気味のよいベートーヴェンである》これが率直なこのピアニストに対する第一印象であった。あの日は、10枚ディスクの、第5枚目の「月光」から10枚目の最後まで聴いて堪能したが、今朝は1枚目のディスクからソナタ第1番から順に聴いている。先日感じたことをさらに再認識することとなる。さらに付け加えるとすれば、《なんと流麗なベートーヴェン》だろう。
ほかのピアニストが弾くベートーヴェンは、ひと言でいえば、襟を正して、正座でもして聴くようなところがある。それはそれでもちろん好むところなのだが、このエル=バシャのピアノは、たとえばソファーに腰を掛けながら、ちょっと本のページをめくり調べものをしながら、あるいは台所でコーヒー豆を煎りながら、そんなどんなシュチエーションでもスッ~と耳に溶け込んでくる。それでいてその音楽は決して弛緩せず、その気楽さはモーツァルトでもなく、ショパンでもない。崇高さはバッハでもまたない、やはりベートーヴェンがもつ特有の緊張感は失わないのである。
今までに聴いたこともない、不思議なピアニストである。今日はこの調子だと通しで32曲全部を聴くことになりそうだ。(10時間15分)
上述にあるショパンを聴いてみたいし、そしてなによりも近いうちに、ラ・フォル・ジュルネ TOKYOで彼の生の演奏にぜひとも接してみたいものだ。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集
BEETHOVEN, L. van: Piano Sonatas (Complete) (El Bacha)
アブデル・ラーマン・エル=バシャ - Abdel Rahman El Bacha (ピアノ)
録音: April 2012 - January 2013, Ferme de Villefavard, France
by kirakuossan
| 2020-07-03 08:46
| クラシック雑記帳
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