信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan

クラシック雑記帳 1 1786年はモーツァルトにとって節目の年?

2018年9月11日(火)

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モーツァルトの楽曲の中でも最大の傑作のひとつとされるピアノ協奏曲群。1784年暮れにフリーメイソンのメンバーになってからは解き放たれたように音楽がさらに充実を極め、翌85年に第20番、第21番、第22番と立て続けに書き上げ、今までになかった音楽を見事に開花させる。続く翌年には第23番、第24番、そして第25番を作曲する。1786年、モーツァルト30歳。前年から手掛けていた歌劇「フィガロの結婚」をこの年完成させ自らの指揮で初演を迎え大成功を収める。それらはどれも一応の成功をみるが彼の経済的効果は十分には得られなかった。
先日知ったが、頻繁に聴くピアノ協奏曲のなかにあって、どうしてか第25番ハ長調K.503だけは今までにほとんど耳にすることがなかった。ハ長調で書かれながら、何度も短調のかげりが顔を見せる。そして今までと決定的に違うのは緩徐楽章。第二楽章での20番や21番の、あの優し過ぎるぐらいの美しい天上の音楽からは一歩離れ、アンダンテではあるがアダージョのようなゆったりとした主題がここでは歌われる。これは天上の音楽からわれを戻し、地上に降りてきたような、そんな適度な緩徐楽章である。このK.503を書き上げた2日後にはK.504の「プラハ」の名がつく交響曲第38番を世に出している。モーツァルトの死までは、あと「魔笛」と三大交響曲の誕生以外、ピアノ協奏曲では第26番K.537と第27番K.595が散発的に書かれただけである。多忙を極めてきた彼もウィーンでの人気は落ちだし、音楽活動がピークを迎え次第に陰りが出始めてくるのもこの頃で、彼にとってこの1786年は節目の年でもあったといえる。


d0170835_08164437.jpgモーツァルト:
ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K. 503
Piano Concerto No. 25 in C Major, K. 503
マルタ・アルゲリッチ - Martha Argerich (ピアノ)
モーツァルト管弦楽団 - Orchestra Mozart
クラウディオ・アバド - Claudio Abbado (指揮)
録音: March 2013, Live recording at Lucerne Festival, Luzern, Switzerland
(アバド、アルゲリッチとの最後の共演)



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by kirakuossan | 2018-09-11 07:35 | クラシック雑記帳 | Trackback