信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan

90年ぶりに披露される日本画に魅せられて

2018年9月8日(土)

今朝のネットニュースでふと惹かれる絵画を見つけた。


丸岡比呂史の絵画「菱の池」発見 14日から笠岡で90年ぶり披露
2018年09月08日 09時03分 山陽新聞

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笠岡市出身の日本画家小野竹喬らが1918年に立ち上げた国画創作協会の公募展(国展)の入選作で、長く所在が不明だった丸岡比呂史(1892~1966年)の「菱の池」が7日までに見つかった。確認した同市立竹喬美術館(同市六番町)は「個性豊かな国展の画家の中でも、将来を嘱望された若手の代表作。国展の系譜を研究する上で意義深い」とし、14日開幕する特別展で約90年ぶりに披露する。
丸岡は京都市出身で、竹喬とともに国展を創立した土田麦僊(ばくせん)に師事。応募449点から3点しか入選しなかった第3回国展で、入選に次ぐ選外10点に選ばれ、次の世代の有望株と注目された。 第5回国展に入選した「菱の池」は、縦154・3センチ、横183・6センチの大作。ヒシの花が咲く池に入り、水草に手を伸ばす少女3人を淡い色彩で生き生きと描いている。「ダビンチや岸田劉生ら洋画の影響を受けた丸岡が、自分のスタイルを打ち出した作品。緻密な衣装の表現や柔らかな表情など、高い技量を感じさせる」と上薗四郎館長は評する。 丸岡は36年に麦僊が没した後、画壇を離れたため、現存する作品は20点ほど。「菱の池」も当時の図録に載るモノクロ写真が伝わるだけだったが、上薗館長らが国展関連の展覧会でたびたび紹介したところ、2年ほど前に京都の商家から「似た絵がある」と連絡が入り、実物と確認した。作品は、特別展「創立100周年記念 国画創作協会の全貌(ぜんぼう)展」(10月21日まで)で、ほかの国展出品作とともに展示される。


1918年、京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)の同期生であった日本画家の小野竹喬土田麦僊村上華岳、野長瀬晩花、榊原紫峰の5名の新進気鋭の画家達は、伝統的な文展の審査のありかたに不満と疑問を持ち、「創作の自由を尊重するヲ持って第一義となす」の理念のもとに「国画創作協会」が創設され、展覧会を「国展」と称した。当初、日本画部と洋画部の2部を擁したが1928年に解散、第2部が国画会として独立。以後、絵画部に版画部・彫刻部・工芸部・写真部を加え、5部による美術団体として、毎年春期に東京都立美術館にて公募展を開催。2007年より、国立新美術館に国展の会場を移している。その「国展」が今年で100周年を迎えるわけだ。

d0170835_15553754.jpg丸岡比呂史は国展を創立したひとり土田麦僊に師事した。専門学校時代は図案科に所属し、帯や着物の意匠を学んだ画家らしく、着物の柄や鼻緒などの細部を繊細に描いた。なかに代表作《路次の細道》がある。



笠岡市立竹喬美術館
岡山県笠岡市六番町1-17
《特別展》 創立100周年記念 国画創作協会の全貌
平成30年9月14日(金曜日)~10月21日(日曜日)


この90年ぶりに発見された絵画を観に行きたくなった。



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by kirakuossan | 2018-09-08 15:08 | 美術 | Trackback