信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan
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リヒャルト・シュトラウス、絶対音楽から標題音楽への過渡期の作品

2018年6月14日(木)

いい曲、なんの曲。

d0170835_17054824.jpgリヒャルト・シュトラウス(1864~1949)は交響曲を4曲書いた。よく知られるのは家庭交響曲(1903年39歳)とアルプス交響曲(1915年51歳)だが、その前に若くして、16歳で交響曲ニ短調を、20歳で交響曲第2番ヘ短調 を書いている。そのあと、1886年、彼が22歳の時に、交響的幻想曲「イタリアから」という佳作を作曲している。この作品は今ではほとんど省みられないが、シュトラウスが絶対音楽から標題音楽へ創作の中心を移して行く時期の過渡的な作品として重要な位置にある。表題はこそ「イタリア」とつけたが、楽曲は描写的な表現はなく、ソナタ形式や三部形式で構成されたの絶対音楽とみなされる。
第1楽章:「カンパーニャにて」三部形式 
第2楽章:「ローマの遺跡にて」ソナタ形式
第3楽章:「ソレントの海岸にて」自由なソナタ形式
第4楽章:「ナポリ人の生活」ソナタ形式

第4楽章ではきき慣れた「フニクリ・フニクラ」のメロディが出てくるが、この楽曲では特徴あるトランペットとホルンの駆け合いがユニークな第1楽章、そして美しい旋律の第3楽章が好きだ。
わずか22歳で書き上げたこの作品から、すでにシュトラウス独自のオーケストレーションが感じ取れる。それはマーラーとはまた異なった温暖質の音色である。
この作品のあとに、「ドン・ファン」(1888年)ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら(1896年)、そして「英雄の生涯」(1898年)へと交響詩の作品群が連なっていく。



リヒャルト・シュトラウス:
シュターツカペレ・ドレスデン - Dresden Staatskapelle
ルドルフ・ケンペ - Rudolf Kempe (指揮)

ここでの演奏はリヒャルト・シュトラウスの作品の演奏に定評のあったルドルフ・ケンペ。今日は彼の生誕日である。



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by kirakuossan | 2018-06-14 16:21 | いい曲、なんの曲 | Trackback