2018年 06月 02日
「天上の愛を夢見る牧歌である」 |
2018年6月2日(土)
wikipediaより
1945年
1950年
我らは天上の喜びを味わい
それゆえに我らは地上の出来事を避けるのだ。
どんなにこの世の喧噪があろうとも
天上では少しも聞こえないのだ!
すべては最上の柔和な安息の中にいる。
我らは天使のような生活をして
それはまた喜びに満ち、愉快なものだ。
我らは踊り、そして、飛び跳ねる。
我らは跳ね回り、そして、歌う。
それを天のペテロ様が見ていらっしゃる。
ヨハネは仔羊を小屋から放して、
屠殺者ヘロデスはそれを待ち受ける。
我らは寛容で純潔な一匹のかわいらしい仔羊を
死へと愛らしいその身を捧げ、犠牲にする。
聖ルカは牛を
ためらいもなく、犠牲にさせなさる。
天上の酒蔵には、ワインは1ヘラーもかからない。
ここでは天使たちがパンを焼くのだ。
すべての種類の良質な野菜が
天上の農園にはある。
それは良質のアスパラガスや隠元豆や
そして、その他欲しいものは我らが思うがままに
鉢皿一杯に盛られている!
良質な林檎や梨や葡萄も
この農園の庭師は何でも与えてくれる。
牡鹿や兎や
みんなそこの辺りを
楽しそうに走り回り
獣肉の断食日がやって来たら
あらゆる魚が喜んでやって来る!
ペテロ様が網と餌とを持って
天上の生け簀へといそいそといらっしゃる。
マルタ様が料理人におなりになるのだ。
地上には天上の音楽と比較できるものは
何もなくて
1万1千人もの乙女たちが
恐れも知らずに踊りまわり、
ウルズラ様さえ微笑んでいらっしゃる
地上には天上の音楽と比較できるものは
何もなくて
チェチリアとその親族たちが
すばらしい音楽隊になる!
天使たちの歌声が
気持ちをほぐし、朗らかにさせ
すべてが喜びのために目覚めているのだ。
天上の生活「少年の魔法の角笛」
wikipediaより
先日のマーラー4番はよかった。マーラーの弟子であったブルーノ・ワルターはこの曲を「天上の愛を夢見る牧歌である」と語ったそうだが、やはりなんといってもこの曲は彼の指揮で聴きたい。
ということだが、実はワルターの演奏はいくつか存在する。1945年ニューヨーク・フィルハーモニックと共にカーネギー・ホールで録音したものが最初で、ほかに1950年のザルツブルク音楽祭でのライヴ録音があるし、1955年のウィーン国立歌劇場再建を祝うコンサートのライヴ録音、さらには1960年のマーラー百年祭におけるライヴ録音も残しており、うまい具合にちょうど5年ごとに録音を残している。さらに面白いのはその都度独唱者が異なる点だ。45年がデジ・ハルバン、50年イルムガルト・ゼーフリート、55年ヒルデ・ギューデン、60年がエリーザベト・シュヴァルツコップとなる。45年以外はウィーン・フィルハーモニー管とのものであるが、シュヴァルツコップとはもうひとつコンセルトヘボウとの共演で1952年ものもある。
デシ・ハルバン - Desi Halban (ソプラノ)
ニューヨーク・フィルハーモニック - New York Philharmonic Symphony Orchestra
ブルーノ・ワルター - Bruno Walter (指揮)
録音: 10 May 1945, Carnegie Hall, New York
(49:42)
(49:42)
イルムガルト・ゼーフリート - Irmgard Seefried (ソプラノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 - Vienna Philharmonic Orchestra
ブルーノ・ワルター - Bruno Walter (指揮)
録音: 24 August 1950, Live recording,Festspielhaus, Salzburg, Austria
(52:23)1955年
ヒルデ・ギューデン - Hilde Gueden (ソプラノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 - Vienna Philharmonic Orchestra
ブルーノ・ワルター - Bruno Walter (指揮)
録音: 06 November 1955, Live recording, Vienna, Austria
(54:30)1960年
エリザベート・シュヴァルツコップ- Elisabeth Schwarzkopf (ソプラノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 - Vienna Philharmonic Orchestra
ブルーノ・ワルター - Bruno Walter (指揮)
録音: 29 May 1960, Live recording,Vienna, Austria
(59:20)ここで残念なのは、50年、55年のライブ録音、せっかく音質状態が良いのに聴衆の咳払いが何か所か耳障りに入っている。それも第三楽章のあの美しいRuhevoll, poco adagio、これは興覚めで惜しい。
by kirakuossan
| 2018-06-02 07:53
| クラシック
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