ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

「幼い頃の思い出」 松井くんの日記より~ ②

2017年9月10日(日)
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3年ろ組の松井くんの日記は昭和33年1月6日から始まっている。



一月六日 月 はれ

幼年クラブが来た。ふろくはまぼろし童子、わが名Xくん、たんていクリちゃん鉄人H、おすもうごんちゃん、まめ助おてがら帳、うなる人工衛星宇宙旅行セットの六つです。まい月本が来る日になると、二かいへ上ったり外へ出たりしてまっている。つぎのふろくもまた六大です。中にはかわいそうなのやおもしろいこっけい絵話などがたくさん書いてある。早く三月号が来てほしい。



一月十二日 日 雨

今日は雨なので、うちで、げんとうをした。つつ井君としていたら、ふすまあけて、おばあちゃんがげんとうを見に来た。ぼくはますます大きな声で読んだ。次から次へと読んでいくとげんとうのまわりがあつくなってきた。今もっているフイルムの中で一番いいのは、宇ちゅうま人です。このごろはいつもげんとうをしてあそんでいる。



一月十三日 月 雨

一時間目にせんきょがあった。ぼくは、だれがなるだろうかと思っていたら、さっそくぼくが出た。けれどもまた、大木君が出たので、ぼくと二人がきょうそうだった。けれどもぼくがだんだんぬいて十八ひょうもなった。十四ひょうも勝ったので、あんしんした。ぼくが学級いいんになったことがきまると、とてもうれしかった。手さげかばんと本が買ってもらえる。早く家へ帰って家の人に知らせたかった。ぼくはほんとうに学級いいんになったんだろうかと思うほどうれしかった。

おめでとう。
がんばって下さい。



一月十四日 火 雨

岸本君に、学級いいんのバッジをもらった。さくらのかたちになっていて、青色だった。うわふくにつけようと思ったけれど、手がじゃまになってなかなかつけられなかった。それでゆ本先生につけてもらった。先生もやっぱりつけにくそうだった。つけてもらったあとは、おちるといけないので、十分ほどするとすぐバッジを見た。バッジをつけて学校の中をあるいていると、はじめは、ちょっとはずかしかった。学級いいんになったので、みんなのやくをいっしょうけんめいいにやろう。


d0170835_07490478.jpg文章の構成力がたいへんしっかりとして、ストーリー性もあってついつい読み進めていく。句読点もはっきりとしていて読みやすい。小学3年生でこれだけの文章が書けるとはたいしたものだ。
少年雑誌の話、幻灯機の話、学級委員の話、こみあげてくる嬉しさがこちらまで伝わってきて、つい笑みがこぼれる。10分ほどもすれば電球の熱で火傷しそうになるぐらい熱くなる幻灯機が懐かしい。
「少年クラブ」は何となく記憶にあるが、「幼年クラブ」は知らなかった。「少年クラブ」が小学校後半から中学校前半の少年を対象にした月刊雑誌だったので、「幼年クラブ」は名の通り、小学校低学年向けの雑誌だったのだろう。いずれにしてもこのような雑誌はやがて1959年春に創刊の週刊少年マガジンや週刊少年サンデーに吸収されていく。


つづく



by kirakuossan | 2017-09-10 07:04 | 偶感 | Trackback
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信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


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