「下手なオーケストラというものはない。ただ下手な指揮者がいるだけだ」

2017年9月5日(火)

たとえば、こういう言葉がある。「下手なオーケストラというものはない。ただ下手な指揮者がいるだけだ。」こういう言い方はまともに捉えると往々誤解をまねきやすいが、真理の一端を示していることは否定できない。そして、フルトヴェングラーがこの言葉を肯定して引用していることもはじめに言っておかねばならない。

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これは尊敬する音楽評論家猿田悳氏の著書『フルトヴェングラー 生涯と芸術』の冒頭書き出し部の文章である。この人の文章が好きなのは、ただ物事を明解に、いつも持論をはっきりと展開するということだけでなく、こういった独特の、今から読もうとする読者をいやが上にもなく冒頭から引きずりこむ吸引力を持った書き方そのものにある。
猿田氏は49歳で早世したこともあって、また本職がドイツ文学者ということもあって、音楽に関する書物はわずかに2冊しかない。『音楽との対話』(朝日出版社 1972年)と、この『フルトヴェングラー~』(音楽之友社 新書1961年)だけである。
3年ほど前に図書館で『フルトヴェングラー~』を借りて来て読んだことがあるが、もう一度読みたくなって、amazonで探していると、幸い、札幌の古書店に1冊だけあって、今日送られてきた。

本著のあとがきにこうある。

昭和三二年六月から三三年六月まで、九回にわたって、雑誌『レコード芸術』に連載されたものに手を入れ、さらに六十枚ほど(ベートーヴェン以降の部分)書き加えたものが本書である。書きはじめたのはフルトヴェングラーの死を聞いた頃だから、もう七年になる。したがって、考え方の上でも、文体の上でも、過ぎた月日の痕跡は消しがたく、このまま本の形にする悔いは残るが、一度書かれたものに手を加えることは予想以上にむずかしい。多少表現を変えるにとどめたことで、御諒恕を乞いたいとおもう。~

1961年早春 著者とあるが、猿田氏35歳のときである。





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フルトヴェングラーの芸術①


2014年4月18日(金)
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『フルトヴェングラー 生涯と芸術』
この書物は、著者猿田悳(さるた とく) 1926年茨城生れ、1951年東大独文科卒、現在慶応義塾大学助教授。昭和36年5月15日第1刷発行 発行所音楽之友社 ¥230 とある。
滋賀県立図書館に昭和36年8月19日に備え付けられ、最初の読者が昭和36年9月27日に借り出し、二人目が年が明けて翌37年1月16日、次がおよそ1年後の38年3月5日、その次が39年1月22日・・・とおおよそ年間に一人づつが借り出して読まれた歴史を刻む。そしてちょうど20人目の読者が51年2月10日に借り出して読まれた後、およそ15年にわたる現役を終え、お役目ごめんとなり、お蔵入りとなった。そして今回実に38年ぶりに、薄暗い埃をかぶった部屋から取り出されて陽の目を見ることになったわけだ。こうした人間と書物の出会いは不思議なもので、なにか一つの運命みたいなものを感じてしまう。
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『フルトヴェングラー 生涯と芸術』(猿田悳著:音楽之友社刊)(昭和36年発行)


芸術

フルトヴェングラーの芸術は、たしかに図式の一方に置かれるような意味をもっているが、高度な芸術作品を一様に呼んではならないので、まして音は言葉にならぬ。彼のヴァーグナーからラプトゥスだけを聞いてはなるまい。「エロイカ」を聴いてヒューマニズムだけに気をとられてもどうも確かでない。音楽の聴き方というのはどんなものなのか。考えているよりも容易なことではないように思える。うっかりすると娯楽にまで落ちこんでしまう。
フルトヴェングラーの音楽が気儘でも歪曲でもないことは今ではもう自明のことになっている。彼の様式が何もかもロマンティックではない、という意見も正しい。たしかなのは彼の気質はロマンティックだった、ということだ。そして芸術家の気質が作品において果す役割は決定的である。


ここで「うっかりすると娯楽にまで落ちこんでしまう。」という一節に妙に心惹かれる。そうなんだクラシック音楽という芸術は”娯楽”ではなかったのだ。だから奥深く、ある時には他では経験できないような”恍惚”の世界に入り込んだりするのだ。この平易な言葉をいともたやすく真正面から言いきるところにこの著者の凄みがあるように思えるのである。この人はやはり只者ではなかったのだ。この辺りの文章が、実に感銘を与えられるようなところなので長いが敢て引用する。

運命とか、人間の存在の中にうごめく非合理な力とかいう時、「デモーニッシュ」という言葉がある。使いふるされた手垢だらけのような気がするのは、感覚が病的だからで、実は思うほど無用な言葉ではない。古人はこんな言葉を大切にした。ただ私たちがこの種の言葉に信頼がおけなくなってしまったのが病的なのだ。
ダイモニオンというギリシャ人の言葉は、別に不吉にも悪にも関係なく、ただ神々と人間との間に立つ精霊のようなものだった。ソクラテスが用いたのはむしろ私たちとは反対にもっぱら理性、良識といった意味だった。だがこれに今日のような意味をはじめてあたえたのは、外ならぬゲーテである。ゲーテはなるほど古典主義者と呼ばれるが、彼の生涯はこの奇怪な言葉との戦いだった。彼はこう考える。―自然や人生や歴史の奥底ではたらく、推測しがたい神秘な力、いつも矛盾の形でしか現われず、なんともさっぱり理性で名づけようもなく、善意であったり、悪意が見えたり、偶然のようでもあり、神の摂理のような因果を示したりする力。―
ゲーテ自身は自分の中にそんなものはないがそれに支配されている、という。彼がまさにデモーニッシュと感じたのは、ナポレオンやバイロン、音楽家ではモーツァルト、そして何よりもまずベートーヴェンだった。こんなデーモンに憑かれた人間に対しては畏敬の念を持たなくではいけない、というのはここには神が支配していて、未来の理解のために種を播くのである、などという。
これらのゲーテの象徴的な言葉から私たちは何もはっきりしたことをつかむことはできないだろう。ここは定義というほどのものはない。各人、頭の中で思い思いに想像してみるよりほかはない。

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話は変わるが、フルトヴェングラーは2200回のコンサートで1045回のベートーヴェンを上演したとされている。これはある意味異常な数字としてとらえることができようが、ただ聴衆が嗜好しただけでこれだけのものを披露したとは考えにくい。彼の真意はどこにあったのだろうか。

彼が引用したゲーテの言葉を加えておくべきだろう。「もし誰か私に何事かを訴えることがあるとするなら、それは明確で、単純であって欲しい。疑惑的なものは私自身の内心にありあまるほど持ち合わせているのだから」
彼はこう言いたいのだ。ベートーヴェンが、いわねばならぬことをできるだけ簡潔に表現したこと、表現の透明さと明瞭さに常に飽きを知らぬ努力をかたむけたことを、彼が聴衆の前に誇り高い孤高の芸術家としておごろうともせず、見てくれがしの自負もなく、むしろ即物的な仕方で常に聴衆のためにできるだけ明白に表現しようとしたこと、聴衆をすぐれた共演者と考え、むしろ完全な聴衆を要求したこと、そのために彼の作品の正しい演奏はある一つの信仰教会のごときものを創り出したことを伝えようとしているのである。フルトヴェングラーが、その「ベートーヴェンと私たち」という51年の論文を結ぶに当って、「歓喜の歌」から「兄弟よ・・・」をベートーヴェンが歌うとき、それは説教者の言葉でも、デマゴーグの言葉でもなく、彼が生涯かけて生きて来たものだ。これこそ今日人間が彼の歌に感動する理由を成すであろう、と記すとき、私たちは結局、平凡な、ほこりのまみれたヒューマニズムという言葉に返って行く。


d0170835_1040612.jpgベートーヴェンの曲がいくら多いといっても、それも必ずしも全曲をまんべんなくというようなことではなかったようだ。はじめのうちは「第3」と「第5」の大作をとりあげることが多かった。後年には「第4」も頻繁に演奏するようになり、「第6」についても25年以降に初めて顔を出すことになる。

彼が限られた数曲に何年かを打ち込んでともに過す習慣を思えば、むしろ大作に対する努力だけを見るべきだろう。数年打ち込んで、しばらくまた放棄して手を触れぬ、という仕方は彼にその曲の新鮮さを保たせるのに役立ったようである。数少ないレパートリーで、たとえばベートーヴェンの二、三の主要なシンフォニーと「ティル・オイレンシュピーゲル」と通俗曲二,三という程度でシーズンに入り、それをベルリーンでも、ヴィーンでもライプツィヒでも或は旅行の折も取りあげて振る、という習癖がある。そしてまた数年放棄しておく。彼の表現をかりれば、「手もなくやる」というのを何よりも怖れたのである。

著者が調べあげた数字がある。「フルトヴェングラーが指揮したベートーヴェンの曲」だが、
一番多いのが「第5番」で148回、次に「第7番」で130回、以下、「第3番」(88回)、「第1番」(77回)、「エグモント序曲」(72回)、「第6番」(66回)、「第9番」(61回)、「レオノーレ第3番」(57回)・・・と続く。「第4番」は41回、「第2番」にいたっては23回しか振っていない。
それにさらに興味深い数字を挙げている。「1940年までの30年間にとりあげた作曲家」であるが、前述のように全2200回のうちベートーヴェンが断トツに多い1045回であるが、次に多かったのが、約その半分の519回のブラームス、その次がシュトラウス(もちろんリヒャルトの方だろう)の320回、そしてヴァーグナーの319回、以下、ハイドン200回、モーツァルト173、シューベルト171回、シューマン164回・・・となっている。凡そイメージ通りだが、あらためて思い出すのは、フルトベングラーはバッハは振らなかったな、ということだ。157回に留まり、ブルックナーも意外に少なく、153回で第10位であった。

2200回のうち、ほぼ半数に達する、ベートーヴェンと、バッハ、モーツァルトの示す数字とはややおどろきを禁じえぬ。ベートーヴェンを不用意にロマン派呼ばわりするのは、彼の師ヴァルター・リーツラーのいましめるところであり、彼自身も論稿で否定的ないい方をしているが、もし多様な意味づけを許されるならこの数字は彼のベートーヴェン像を示すものであり、両者を結ぶのはロマン的充溢だと呼んで差支えあるまい。「エロイカ」より「第五」が倍近い数字だというのは、トスカニーニのその反対の数字とともに、私たちのフルトヴェングラー像とは抵触するものだ。「第一」が4番目に位し、偶数番をことごとく合せても「第五」一曲と大差ないのも、或はまたあの美しい「第二」が最下位に置かれるのも意外である。なぜ「第一」に劣るのか。ハイドンがモーツァルトを凌駕していることがその解答になるのか。暗示は多様だが危険である。

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フルトヴェングラーの芸術②


2014年4月18日(金)
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『レコード名演奏家全集―指揮者篇』(村田武雄編・音楽之友社/昭和37年刊)で猿田悳氏の存在を初めて知る。この書物の中での「フルトヴェングラー」の項目でこう語る。
フルトヴェングラーは、つねにトスカニーニ、ワルターと並称される20世紀最大の巨匠であるが、その役割は、ただ指揮者として偉大であったというばかりでなく、唯物的感覚的な今日の音楽認識世界のなかで、正統的ロマン主義を意義づけ、音楽の思弁的有機的意味を復活した、というような点でも歴史的存在なのである。
これほどまでに簡潔に、しかもすべてを網羅して表現しきるという文章力は、そうはない。そして難しい言葉が出てくるがこの人の素晴らしいところは、実際にその箇所を読んでみると、読者にはやさしく説明を加えたような文章でさりげに語りかける。その文章の向こう側には、この人の持つ人間的な優しさや愛情が常に汲んで取れるのである。
氏の書籍や文章は限られているが、『レコード芸術』~創刊300号記念特別号(昭和50年9月号)の「レコード批評をめぐって」に執筆陣の一人として出稿している。昭和43年4月号に掲載された文章である。この人の正直さ、人間臭さが文章のあちこちにみられて気持がよいものである。


暴力と寛容

指揮者である福永氏は、音楽によって感動したのはいままでに数回にすぎない、という。「血を吐く思いの告白」からはじめて、音楽の聴き方、批評の仕方についての本質的な問題を提出しているが、そこには専門家の切実な姿勢が見られる。自分は音楽を職業にしているから耳が職業的に働いてなかなか音楽を聴いても感動が得にくい。大切なのは専門家の熟練から得られた正確な理解である、ということになる。これは正しい指摘である。わたしは福永氏とは反対の素人の側に立つ人間だが、感動するのがまれであるという経験は実感できるし、熟練から理解が得られるという意見も共鳴できる。<略>
いま「レコード芸術」に寄稿をもとめられ、しかも福永氏が疑問を表明されているこの問題を、素通りするわけには行かないだろう。天に向ってつばきする愚を果たさねばならぬ。
福永氏は「この曲のこの演奏はこのように聴くのが正しい」といったたぐいの教訓風の文章にもっとも嫌悪の情をしめしているようである。これもわたしは同感だが、さらにいえばわたしには、この世界ではそれ以上に、<寛容に過ぎる>批評のあたえる危険が大きいようにおもわれる。つまり評者の主張がどこにも見当たらぬ場合、まったく無関心に紹介し讃美している場合である。今月A盤を絶賛し、来月B盤の同曲を絶賛しているようなものに出会うとき、わたしはなるほど美の相対主義者だが、その物分りの良さにおどろく。相手はどれをとっても世界の巨匠たちであり名盤である。だから本来ならば感動しなければ嘘なのだが、おそらく枚数と日数という物理的条件によって、感動の中で筆をとることはおそらくまれだろうとおもえる。しかもここでは分析や比較という、感動だけではどうしょうもない<醒めた>行為がつづくのである。評者は美の<目あたらしさ>に気付くよりも先に、固定した観念や美の尺度で、あるいは熟練した耳で音楽を分析的に聴きとってしまうだろう。したがって前から用意した小使いでもって期待に胸をふくらませて購入する読者層とは、本質的に異質の次元で聴いているはずである。だからこの世界での仕事にははじめから過重な要求は無理だ、という印象がわたしにはつよい。わたしもやはりしたり顔の分しりでいま発言しているであろうか?一読者としてなおつよく要求すべきだろうか?ここに<音楽批評>のためのいくつかの要請がある。―批評のための倫理が欲しい。感動が必要だ。真贋を見分ける眼力を。文体の錬麿。批評家自身の芸術体験を・・・<略>


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『フルトヴェングラー 生涯と芸術』(猿田悳著:音楽之友社刊)(昭和36年発行)


芸術

フルトヴェングラーは、けっしていわゆる古典的人間ではない。「自然」の徒ではなくて「精神」の弟子である。彼が音楽として愛したのは、シンフォニーであり、ロマン的気分の濃厚な作品であって、いわゆる古典派の作品ではなかった。バッハ以前の作品に対して、まことに冷淡であったことをプログラムが何よりも語るが、これは彼が歴史的思惟に対して反撥し、その現実感の希薄さに対して不満をもつためにちがいない。それは演奏の場合はっきりあらわれる。「マタイ」の演奏にあたって、小編成の合唱あるいは器樂編成を嫌った。

フルトヴェングラーはバッハやヘンデルの音楽を劣位に位置付けたのは、ひとつには演奏会でこれらの音楽では聴衆の心を鼓舞し、生命を充溢させるまでには至らないと判断したためだろう、とする。さらに、彼は、「個人主義」が発生した以降の音楽しか、今日の演奏会ではその役割を果たせないと判断していたふしがある。さらに古典派において、モーツァルトも好まなかった。モーツァルト のシンフォニーでレコードに残っているのは、唯一つ「第40番」だけである。これも明らかに異様である。恐らく肌が合わなかったのだろうというのが、おおかたの味方である。

「ハイドンではじめて音楽に持ち込まれ、ベートーヴェンで完全に実現した決定的なことは、主題が曲の内部で発展を体験しているということだ」 彼はハイドンにひそむベートーヴェンの芽ばえを重視したわけで、ハイドンを「民衆的」とか、「激しい情熱」とか、「生の喜び」とかいうが、これは別に珍しくはない。しかし「若さ」と評したのは彼の新鮮な感受性を占っていい。パパ・ハイドンとは、音楽史上根絶できぬ誤謬だ、という意見があるが、たしかに彼は、モーツァルトのように異様な天才ではなかったろうが、小さな精神の持主ではなかったのである。倦むことのない彼の努力が、数十年来巨匠たちが努力してきたソナータという新しい形式を彼の中で実らせたのではなかったか。そのエネルギッシュな、健全で巨大なハイドン像を、彼の「八十八番」の演奏に見ることは少しも困難ではない。

ハイドン:交響曲第88番 ト長調 Hob.I:88
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (録音: 5 December 1951)

そして彼はベートーヴェンに次ぐ作曲としてブラームスを評価した。

ブラームスは北方的、古代ドイツ的であり、オランダの巨匠たち、レンプラント、ヴァン・ダイクの後裔である。その作品は「自然そのままの幻想的な魔神の住む世界」と名づけている。「彼の作品では、誠実さ、幻想性、切迫した力、不可思議な形式感覚が融け合っている。個々の作品、たとえば変奏曲の一群では古代ドイツへの親近性がきわめて明瞭である。彼の形式感は、彼から得たすべての物に現われているが、シンフォニーやリートのなかより、むしろ小さな手紙の表現のなかに多く見られる。これはまさに典型的なゲルマン人の形式であり、けっして形式それ自身のためではなく、常に内容のために存在しているように思われる。密度の濃い簡潔な内容は、均整と明確さに結びついている」
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彼が古典派やロマン派の巨匠の作品で見事に名づけた、緊張と解放の法則は、彼自身の芸術においても役割を果たすだろう。彼はビューラー、トスカニーニとは異なって、放棄の、解決の、自己棄却の芸術家に属する。彼は身に心にまつわりつくすべてを捨てて後、手をふり上げる。その動きは時には弛緩とも見えるほどである。彼がプローベでどれほど融通無碍なるものを楽員に伝えようと心をくだくかについての報告があるが、彼は身もだえするがけっして痙攣はしない。なぜか。彼の動きは人の眼を意識したものでなく、忘我の、あの踊りと宗教が一体であった時代のそれだからだ。この根源的なものを伝えようとする動きは彼の見事な即興性と表裏を成すであろう。


著者の猿田悳氏は40年ほど前に50歳を迎えずして亡くなっていた。優れた音楽批評、いくつかの翻訳本、その数は決して多くないが、ことあるごとに探し求めていこうと思う。少なくとも滋賀県立図書館にはこの書物一冊しかなかった。今日新たに1972年に発行された『音楽との対話』を amazon で手に入れることができた。届くのが楽しみである。



by kirakuossan | 2017-09-05 20:25 | クラシック | Trackback

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