信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。 当ブログ名は2018年7月1日をもって「のんきなとうさんの蓼科偶感」に変更いたしました。


by kirakuossan
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鎌倉文学散歩 ❶

2015年11月6日(金)

秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、瓦があって
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、
非常な固体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音をたててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今まで流れてもゐなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました・・・

『在りし日の歌』より



d0170835_21511698.jpg中原中也は前年に長男文也を亡くし、そのショックで精神が不安定になる。鎌倉には友人がいる、鎌倉行きが僕の気持ちも楽である、とそう語り、1937年2月に鎌倉町扇ヶ谷の寿福寺地内に住居を移す。鎌倉には旧知の小林秀雄、大岡昇平らが住んでいた。小林秀雄が中也のことを「詩もついに救うことができなかったほどの彼の悲しみ」と語るほど落ち込んでしまった中也は結局この詩『在りし日の歌』を小林に託し郷里の山口に引き上げることを決意した。「その去る気持ちたるや単純にして複雑、複雑にして単純、即ち表現に適して叙述に適しない。それに関東の自然はやっぱり僕にはつまらない」と心境を明かす。そしてあまりにも短い鎌倉での居住、同じ年の10月、中也は亡くなる。

寿福寺鎌倉市扇ヶ谷1-17-7
臨済宗建長寺派、鎌倉五山第3位の寺院。本尊は釈迦如来、開基は北条政子、開山は栄西。境内の墓地には、陸奥宗光、高浜虚子、大佛次郎などの墓があり、さらにその奥には、北条政子と源実朝の墓と伝わる五輪塔がある。

寿福寺は鎌倉駅西、源氏山公園山麓に位置する。



つづく・・・
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by kirakuossan | 2015-11-06 20:43 | 文芸 | Trackback