2014年 12月 10日
”今では入手すら困難な『新明解』第三版”が手に入る。 |
2014年12月10日(水)
「三省堂のふたつの国語辞典」と題して、先月7日に記事を書いたが、国語辞典といえば大は岩波書店の『広辞苑』から始まって、中、小にいたるまで数多くの出版社から出ている。普段手元に置いて、気軽に使いやすくしたコンパクトサイズの辞書が一番身近であるが、これも各出版社が競って出しているが、通常1種類のはずが、最も古くから出がけて来た三省堂に限っては、実は2種類の国語辞典が存在する。ひとつは”三国”こと『三省堂国語辞典』であり、もう一冊が、『新明解・国語辞典』である。そしてこの2冊がさま違いであまりにも面白いのである。
どんな国語辞書にも「個性」がある。そう言われても、にわかには信じ難いだろう。多くの人が、「辞書なんてどれも似たり寄ったりで、無味乾燥な解説が書かれいる」と、思い込んでいるからだ。国語辞書の「個性」とは、書き手の「人格」とも言い換えられる。中でも、日本を代表する二冊の国語辞書、『新明解』と『三国』の個性や人格は際立っている。この二冊の編纂者である山田忠雄と見坊豪紀は、いずれもほぼたった一人で一冊の辞書を編んだ希有な存在であり、”超人”であった。二つの辞書に刻み込まれた「ことば」には、二人の強烈な個性や人格が宿っている。
れんあい【恋愛】
特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分ち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
これは、2004年11月23日に改訂された「第六版」の文章だが、これが1972年1月24日に出された第三版発行の文章を見ると、さらに特徴的な表現に圧倒される。
れんあい【恋愛】
特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態。
「合体したい」。日本を代表する国語辞書に、本当にそう書かれていた。これは『新明解』がどのような国語辞書であるかを知る人にはたいへんよく知られた語釈だ。しかし、実際には今では入手すら困難な『新明解』第三版(昭和56〔1981〕年刊)を手にし、自らの手で【恋愛】ということばを引き、本当に国語辞書にそう書かれていたことを目にしたら、驚きを隠せないはずだ。
淡々と”正しい意味”を教えてくれるはずの国語辞書が突如、「恋愛=合体論」を語る。~
こうした『新明解』と対極にある国語辞書が、ケンボー先生が編んだ『三省堂国語辞典』、略して『三国』だ。では、『三国』の【恋愛】は、どう書かれているのか。『新明解』第三版と同じ頃に刊行されていた『三国』第三版を引く。
れんあい【恋愛】
男女の間の、恋いしたう愛情(に、恋いしたう愛情がはたらくこと)。恋。
これこそ私たちがよく目にしてきた安心の【恋愛】ではないか。素っ気なく感じてしまうほど、簡明にして過不足無し。無色透明で、無味無臭。まさに私たちが辞書に期待する、揺るぎない”正しい意味”だろう。
(佐々木健一著『辞書になった男』文藝春秋刊)
『新明解』の第三版はあまりでもあったので、改訂して新たに書き直した第六版の文章もなかなか力のこもった、思い入れの強い文章である。この二つの【恋愛】をみて、苦笑せざるを得ない。
ところでここで著者も書いているように”今では入手すら困難な『新明解』第三版”であるが、今日、これを大阪のBOOK OFF で運よく見つけ、しかも¥200.とあったので、続く第四版ともども買って来た。たしかに第三版がこの値段で買えるとはラッキーである。Amazonで調べてみたら、中古本で¥2420.とあった。それほどにこの第三版は知る人にとっては人気の辞書となっているのだ。
ここで注目されるのは、第三版では、ほとんど山田忠雄一人で文章を書いたのに、『三国』のケンボー先生が執筆陣に名をつらねていること。でも第六版では、見坊豪紀や金田一京助の名は消え、主幹-山田忠雄となっている。第三版の発刊に際して山田忠雄の見解が「序」に明解に記されている。
第三版序
辞書が、文字習得・確認の為という より低い目的を超え 言語内省の為の鑑の域にまで進み、以て より高い社会的評価を克ち得る為には何程かの創意をもつことが必要であろう。
旧『明解国語辞典』は、新語を多数含む豊富な見出しを収めると共に二行主義の明解な語釈の徹底にこれを求め、読書界に空前の浸透を見た。『新明解国語辞典』は、見出し語の安易な多収を避け、寧ろ語釈の、真の意味における充実を専ら心掛け、斯界における革命を図った。<後略> 昭和五十五年十二月 山田忠雄
今、年末衆院選の追い込みで、町中が宣伝カーでざわついているが、『新明解』にはこんな文章も載っていた。
こうやく【公約】
政府・政党など、公の立場にある者が世間一般の人に対して約束すること。また、その約束。〔すぐにやぶられるものにたとえられる〕
「三省堂のふたつの国語辞典」と題して、先月7日に記事を書いたが、国語辞典といえば大は岩波書店の『広辞苑』から始まって、中、小にいたるまで数多くの出版社から出ている。普段手元に置いて、気軽に使いやすくしたコンパクトサイズの辞書が一番身近であるが、これも各出版社が競って出しているが、通常1種類のはずが、最も古くから出がけて来た三省堂に限っては、実は2種類の国語辞典が存在する。ひとつは”三国”こと『三省堂国語辞典』であり、もう一冊が、『新明解・国語辞典』である。そしてこの2冊がさま違いであまりにも面白いのである。
どんな国語辞書にも「個性」がある。そう言われても、にわかには信じ難いだろう。多くの人が、「辞書なんてどれも似たり寄ったりで、無味乾燥な解説が書かれいる」と、思い込んでいるからだ。国語辞書の「個性」とは、書き手の「人格」とも言い換えられる。中でも、日本を代表する二冊の国語辞書、『新明解』と『三国』の個性や人格は際立っている。この二冊の編纂者である山田忠雄と見坊豪紀は、いずれもほぼたった一人で一冊の辞書を編んだ希有な存在であり、”超人”であった。二つの辞書に刻み込まれた「ことば」には、二人の強烈な個性や人格が宿っている。
れんあい【恋愛】
特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分ち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
これは、2004年11月23日に改訂された「第六版」の文章だが、これが1972年1月24日に出された第三版発行の文章を見ると、さらに特徴的な表現に圧倒される。
れんあい【恋愛】
特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態。
「合体したい」。日本を代表する国語辞書に、本当にそう書かれていた。これは『新明解』がどのような国語辞書であるかを知る人にはたいへんよく知られた語釈だ。しかし、実際には今では入手すら困難な『新明解』第三版(昭和56〔1981〕年刊)を手にし、自らの手で【恋愛】ということばを引き、本当に国語辞書にそう書かれていたことを目にしたら、驚きを隠せないはずだ。
淡々と”正しい意味”を教えてくれるはずの国語辞書が突如、「恋愛=合体論」を語る。~
こうした『新明解』と対極にある国語辞書が、ケンボー先生が編んだ『三省堂国語辞典』、略して『三国』だ。では、『三国』の【恋愛】は、どう書かれているのか。『新明解』第三版と同じ頃に刊行されていた『三国』第三版を引く。
れんあい【恋愛】
男女の間の、恋いしたう愛情(に、恋いしたう愛情がはたらくこと)。恋。
これこそ私たちがよく目にしてきた安心の【恋愛】ではないか。素っ気なく感じてしまうほど、簡明にして過不足無し。無色透明で、無味無臭。まさに私たちが辞書に期待する、揺るぎない”正しい意味”だろう。
(佐々木健一著『辞書になった男』文藝春秋刊)
『新明解』の第三版はあまりでもあったので、改訂して新たに書き直した第六版の文章もなかなか力のこもった、思い入れの強い文章である。この二つの【恋愛】をみて、苦笑せざるを得ない。
ところでここで著者も書いているように”今では入手すら困難な『新明解』第三版”であるが、今日、これを大阪のBOOK OFF で運よく見つけ、しかも¥200.とあったので、続く第四版ともども買って来た。たしかに第三版がこの値段で買えるとはラッキーである。Amazonで調べてみたら、中古本で¥2420.とあった。それほどにこの第三版は知る人にとっては人気の辞書となっているのだ。
ここで注目されるのは、第三版では、ほとんど山田忠雄一人で文章を書いたのに、『三国』のケンボー先生が執筆陣に名をつらねていること。でも第六版では、見坊豪紀や金田一京助の名は消え、主幹-山田忠雄となっている。第三版の発刊に際して山田忠雄の見解が「序」に明解に記されている。
第三版序
辞書が、文字習得・確認の為という より低い目的を超え 言語内省の為の鑑の域にまで進み、以て より高い社会的評価を克ち得る為には何程かの創意をもつことが必要であろう。
旧『明解国語辞典』は、新語を多数含む豊富な見出しを収めると共に二行主義の明解な語釈の徹底にこれを求め、読書界に空前の浸透を見た。『新明解国語辞典』は、見出し語の安易な多収を避け、寧ろ語釈の、真の意味における充実を専ら心掛け、斯界における革命を図った。<後略> 昭和五十五年十二月 山田忠雄
今、年末衆院選の追い込みで、町中が宣伝カーでざわついているが、『新明解』にはこんな文章も載っていた。
こうやく【公約】
政府・政党など、公の立場にある者が世間一般の人に対して約束すること。また、その約束。〔すぐにやぶられるものにたとえられる〕
by kirakuossan
| 2014-12-10 14:51
| 偶感
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