2011年 08月 11日
江戸庶民の味覚と人情話 |
2011年8月11日(木)
柏田道夫の「武士の料理帖」(マイコミ新書)が面白い。
江戸時代の庶民や下級武士たちが貧しく、不自由な中にも色々工夫して季節ごとに旬の食材を活かして美味しい物を味わっていた。料理を通して当時の生活が浮き彫りになるような人情話短編集だ。
20の料理が出てくる。筍ごはん、鯉のあらい、鰻丼、どじょう鍋、みそ田楽、鮎の塩焼き、しじみ汁などなど。どれも生活の中に入り込んだ食べ物として取り上げられている。そしてどれもホロリとさせるところで短編は終わる。
鯉のあらい
切腹の5日前に身重の娘(志穂)に、身体に良いからと、鯉のあらいをもって別れに来る。娘は後から父の切腹を知らされ、亡き父に思いをはせる。
片方で殿の可愛がっていた鯉がいなくなって騒ぎになっている。
「鯉、でございますか?」 志穂は思わず唾を飲み込んだ。
「そうよ、紫鯉だ。どうも誰かが盗み出したらしい・・・」
夫の声が遠ざかっていく代わりに、別れ際の父の笑顔が浮かんだ。志穂は肩を揺らせて笑っていた。それから追いかけるように、涙がぽろぽろと溢れ出た。
どじょう鍋
20年前、道場かよいに明け暮れて仲の良かった二人の男が、昔よく食べた「どじょう鍋」を久しぶりに一緒に食べる。
~口に入れると、どじょうの身はつるりと流れながら、舌を焦がすように熱かった。なるほど、先ほどまで生きていた命の熱のように思える。舌で捕まえて噛むと、歯に細い骨があたり、じゃりじゃりと音がした~
一人は暗殺者で、一人はその男を討ちに来たのだ。そして食べながら、故郷と江戸のどじょうの違いを語り終えると、「さあ、そろそろ参るか」といって果たし合いになり、暗殺者が斬られる。「どじょうは秋野池(昔二人が食べたどじょう)に限る」と言って死んでいく。
しじみ汁
~股引きをたくしあげると、草鞋を帯に挟んで、ざぶざぶと川へ入っていった。雪を溶かして水かさは多いが、よく澄んでいる。慣れているとはいえ、今朝の水の冷たさはこたえる。雪にも負けないまっ白な息を指に吹きかけると、梅太はざくりと笊を川底にいれた~
隅田川でしじみを取って父子4人の生計を立っている12歳の少年、ある日、本所の料理茶屋にしじみを持っていく際、主人の財布を盗んだという濡れ衣をかぶされてしまう。「し、知りません、あっしじゃ・・・」と云うが、信用してもらえず、「小汚ねえしじみ売りのしそうなことだ」と皆から軽蔑されるが、最初にしじみを買ってくれた板場の平八(もとは自分もしじみ売りだった)が間に入って弁護してくれる。しばらくして疑いは晴れる。主人が照れ隠しに大笑いして、3枚の二朱金を少年に渡そうとする、これだけあれば正月を超す炭も買える大金だ。
梅太は涙を必死にこらえて、「いらない」と声を絞り出す。
雪が降り出した夜道を歩いて長屋へ戻ると、ぷーんとみそ汁の匂いがして、父子らが明るく飯を食べていた。「夕方ね、平八さんという人が来たんだ」
白米、めざし、太田屋の白味噌・・を置いていった。
柏田道夫:映画「武士の家計簿 」(2010年)の 脚本を書いて評判になった脚本家・小説家。
柏田道夫の「武士の料理帖」(マイコミ新書)が面白い。
江戸時代の庶民や下級武士たちが貧しく、不自由な中にも色々工夫して季節ごとに旬の食材を活かして美味しい物を味わっていた。料理を通して当時の生活が浮き彫りになるような人情話短編集だ。
20の料理が出てくる。筍ごはん、鯉のあらい、鰻丼、どじょう鍋、みそ田楽、鮎の塩焼き、しじみ汁などなど。どれも生活の中に入り込んだ食べ物として取り上げられている。そしてどれもホロリとさせるところで短編は終わる。
鯉のあらい
切腹の5日前に身重の娘(志穂)に、身体に良いからと、鯉のあらいをもって別れに来る。娘は後から父の切腹を知らされ、亡き父に思いをはせる。
片方で殿の可愛がっていた鯉がいなくなって騒ぎになっている。
「鯉、でございますか?」 志穂は思わず唾を飲み込んだ。
「そうよ、紫鯉だ。どうも誰かが盗み出したらしい・・・」
夫の声が遠ざかっていく代わりに、別れ際の父の笑顔が浮かんだ。志穂は肩を揺らせて笑っていた。それから追いかけるように、涙がぽろぽろと溢れ出た。
どじょう鍋
20年前、道場かよいに明け暮れて仲の良かった二人の男が、昔よく食べた「どじょう鍋」を久しぶりに一緒に食べる。
~口に入れると、どじょうの身はつるりと流れながら、舌を焦がすように熱かった。なるほど、先ほどまで生きていた命の熱のように思える。舌で捕まえて噛むと、歯に細い骨があたり、じゃりじゃりと音がした~
一人は暗殺者で、一人はその男を討ちに来たのだ。そして食べながら、故郷と江戸のどじょうの違いを語り終えると、「さあ、そろそろ参るか」といって果たし合いになり、暗殺者が斬られる。「どじょうは秋野池(昔二人が食べたどじょう)に限る」と言って死んでいく。
しじみ汁
~股引きをたくしあげると、草鞋を帯に挟んで、ざぶざぶと川へ入っていった。雪を溶かして水かさは多いが、よく澄んでいる。慣れているとはいえ、今朝の水の冷たさはこたえる。雪にも負けないまっ白な息を指に吹きかけると、梅太はざくりと笊を川底にいれた~
隅田川でしじみを取って父子4人の生計を立っている12歳の少年、ある日、本所の料理茶屋にしじみを持っていく際、主人の財布を盗んだという濡れ衣をかぶされてしまう。「し、知りません、あっしじゃ・・・」と云うが、信用してもらえず、「小汚ねえしじみ売りのしそうなことだ」と皆から軽蔑されるが、最初にしじみを買ってくれた板場の平八(もとは自分もしじみ売りだった)が間に入って弁護してくれる。しばらくして疑いは晴れる。主人が照れ隠しに大笑いして、3枚の二朱金を少年に渡そうとする、これだけあれば正月を超す炭も買える大金だ。
梅太は涙を必死にこらえて、「いらない」と声を絞り出す。
雪が降り出した夜道を歩いて長屋へ戻ると、ぷーんとみそ汁の匂いがして、父子らが明るく飯を食べていた。「夕方ね、平八さんという人が来たんだ」
白米、めざし、太田屋の白味噌・・を置いていった。
柏田道夫:映画「武士の家計簿 」(2010年)の 脚本を書いて評判になった脚本家・小説家。
by kirakuossan
| 2011-08-11 17:44
| 文芸
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