ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

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井上靖最後の長編小説

2017年5月15日(月)

師・孔子がお亡くなりになった時、私も他の門弟衆に倣って、あの都城の北方、泗水のほとりに築かれた子の墓所の付近に庵を造って、そこで心喪三年に服しましたが、そのあと、この山深い里に居を移し、口に糊するだけの暮しを立てて今日に到っております。早いもので子が御他界あそばされてから、いつか三十三年という歳月が経過しております。その間、世間との交渉はできるだけ避けるように心掛けて参りましたが、それは当然なこと、墓所から遠く離れてこそあれ、一生、命のある限り、ここで亡き師にお仕えしようと思っているからであるます。何事につけても、子のお心の内を考え、子のお傍に侍っているような思いで、毎日を過しております。それ以外、とるに足らぬ私ごとき者には何もできません。世に益するなど思いもよらぬことでございます。
左様、仰言る通り、私たちが三年の服喪を終えたあと、高弟子貢がさらに三年、前後六年間喪に服したということは噂に聞いておりますし、噂に聞くまでもなく、子貢がそのようにするであろうことは、よく判っておりました。私たち七十人ほどの者が三年の服喪を終えた朝、何と言っても吻とした気持ちで、それぞれ思い思いの地に散って行く時、それに先立って、荷物を取り纏めた者から順番に、子貢の許に別れの挨拶に参りました。三年に亘る喪の一切を取り仕切ってくれたのは子貢ですし、経済的にも子貢の援助がなかったら、私たちの服喪は考えられぬことでした。~
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以前に井上靖の『天平の甍』を読んで感銘を受けたが、あの作品は1958年、51歳の時のもので、芥川賞受賞作品の『闘牛』から数えて8年の第3作目であった。
『孔子』は1989年最晩年に書かれた最後の作品である。6度にわたる中国訪問を経て生まれた渾身の力作で、2500年前、春秋末期の乱世に生きた孔子の人間像を描く長編歴史小説。『論語』に収められた孔子の詞はどのような背景を持って生れてきたのか。十四年にも亘る亡命・遊説の旅は、何を目的としていたのか。孔子と弟子たちが戦乱の中原を放浪する姿を、架空の弟子の語り調として書き進められていく。第一章の冒頭部から引きこまれていった。・・・


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by kirakuossan | 2017-05-15 23:08 | 文芸 | Trackback

道に迷い孔子さまに出逢う。

2017年5月15日(月)
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d0170835_09544482.jpg京都大野球部員が甲子園の土を踏む。近畿大の前に敗れるが「敗者の美学」は甲子園でも花開いた。

5回途中で球場を後にして、兵庫芸術センターへ向かうことに。
前日地図を頭に描いておいたが、道に迷い、思わぬところで孔子さまと出逢うことに、これも運命だろう。d0170835_10074759.jpg(2017年5月14日)
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by kirakuossan | 2017-05-15 09:46 | 偶感 | Trackback

モームの「読書案内」

2017年5月5日(金)

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サマセット・モーム(Somerset Maugham、1874~1965)は、著書『読書案内』の冒頭部で次のように語る。

わたくしが話をしている相手の「あなた」というのは、その職業柄、ある程度の暇にめぐまれ、よまないでおいては自分の損になるような書物を、よんでみたいと考える成年のひとのことを考えている。本の虫に向かって話をしているのではない。読書狂は自分の好きなようによんでゆけばそれでよろしい。その種の読者は、好奇心のみちびくままに、あまりひとの通らぬそこここの道に足をふみいれ、半ば忘れられたすぐれた書物を発見しては、そこに大きな喜びを見出すことだろう。だが、わたくしは、最大傑作であると、昔から多くの人びとの意見の一致を見ている書物についてだけ、語ることにしたいと思う。わたくしはみな、そうした書物を一度はよんでいるということなっている。だが、じじつは、ごく少数のひとしかよんでいないものである。



イギリス文学

Moll Flanders 「モル・フランダーズ」(1722年)
ダニエル・デフォー(Daniel Defoe ,1660~1731)
「道徳的な書物ではない。あわただしく騒がしい、下品で残酷な書物である。だが、英国の国民性の一部をなすと考えたい一種の逞しさが、この作品にはある」

Gulliver's Travels 「ガリヴァー旅行記」( 1726年)
ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift、1667~1745)
「機知あり、皮肉あり、さらに巧みな思いつき、淫らなユーモア、痛烈な諷刺、溌剌とした生気をもつ作品である。その文体は感嘆のほかない」

Tom Jones 「トム・ジョーンズ」(1749年)
ヘンリー・フィールディング(Henry Fielding, 1707~1754)
「おそらく英文学でもっとも健康な小説であるだろう。颯爽として、勇敢で陽気で、逞しく太っ腹な作品である。男らしい、インチキなところの少しもない書物で、読者の心をすみずみまで暖めてくれるからである」

The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gentleman 「トリストラム・シャンディ」(1759年)
ローレンス・スターン(Laurence Sterne, 1713~1768)
「あなたの気質いかんによって、こんなにおもしろい本はいまだかつてよんだことがないとも、退屈で気障な本だとも、お思いになることだろう。統一を欠き、首尾が一貫していない。話は脱線につぐまた脱線である」

The Journal of a Tour to the Hebrides「ヘブリディーズ諸島旅行記」 (1785年)
ジェイムズ・ボズウェル(James Boswell, 1740~1795)
「「サミュエル・ジョンソン伝」が一番の代表作だが、いまどきこのような著作をほめるのはばかげている。それでわたくしは、そのほかにいま一冊、不当にも、とわたくしには思えるのだが、さほどよくは知られていない書物をつけ加えておきたい」

The Lives of the Most Eminen English Poets; with Critical Observations on their Works 「イギリス詩人伝」(1779年)
サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson、1709~1784)
「文章は明晰、鋭い諷刺とユーモアにとみ、また実際に即した常識がいたるところに見出される。時に、たとえばグレイは退屈だといい、ミルトンの「リシダス」についてあまりよくはいっていないなど、彼の見解はわたくしたちをおどろかせることがありはする。だが、わたくしたちは、そこに彼自身の個性があらわれているので、その見解をよんでおもしろいと思う」

Memoirs of my life 「自叙伝」(1796年)
エドワード・ギボン(Edward Gibbon, 1737~1794)
「わたしはギボンの「自叙伝」を心から愛好しはするものの、よまなかったからといって、それがどれだけわたくしの損になったか、疑問に思えるからである。よんでひじょうにおもしろい書物である。分量はさほど多くはなく、この著者の得意とする高雅な文章で書かれ、荘重な趣とユーモアと、その両方をもっている」

David Copperfield 「デイヴィッド・コパフィールド」(1849年)
チャールズ・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens, 1812~1870)
「英国小説の偉大な伝統に深く根をおろしているだけではなく、英文学の特徴と思われる諸性格が著しくあらわれている。この作品にはディケンズの最大傑作であるとだけいっておこう。彼の長所がもっともよく出ていて、短所がいちばん目立たないのが、この作品である。誇張、卑俗、饒舌、感傷癖など、欠点はいろいろあるにせよ、やはりディケンズは最大である」

The Way of All Flesh" 「万人の道」(1903年)
サミュエル・バトラー(Samuel Butler、1835~1902)
「ディケンズと同様、英文学の特徴と思われる諸性格が著しくあらわれている。「万人の道」は、堂々としたスタイルを用いて書かれた最後の英国小説であると、わたくしは考える。また、それは、多少とも重要な作品であって、しかもフランスおよびロシアの偉大な小説家に何ひとつ負うところのない最後の小説でもある」

Mansfield Park 「マンスフィールド・パーク」(1814年)
ジェーン・オースティン(Jane Austen 、1775~1817)
「たしかに彼女の世界は限られていて、彼女がとりあつかっているのは、田園紳士、牧師、中産階級の人びと、といったごく狭い世界であるにすぎない。しかし、彼女ほど、人間を見る鋭い目をもった者が、これまでほかにあったろうか。彼女以上に、細かい心づかいと慎重な分別とをもって、人間の心の奥底に探りを入れた者が、ほかにあったろうか。わたくしは「マンスフィールド・パーク」がいちばん好きである。」

The Round Table 「卓上閑話」 (1817年)
ウィリアム・ハズリット(William Hazlitt、1778~1830)「彼はチャールズ・ラム(Charles Lamb、1775~1834)に圧倒されて、名声はさほど高くはないが、ハズリットのほうが、一段とすぐれたエセイストであると、わたくしは考える。彼のもっともすぐれた文章の多くは、「卓上閑話」のなかにふくまれているが、「はじめて詩人の知己をえて」が、かならずえらばれているはずである。わたくしは、この一篇こそ、彼の書いたもっとも感動的な文章であるばかりか、英語で書かれたもっともみごとなエセイであると考える」

Vanity Fair 「虚栄の市」(1847年)
ウィリアム・サッカレー(William Thackeray , 1811~1863)
「彼のものの見方は、現代人のそれである。彼は、人間というものがいかに平凡なものであるかを深く悟り、人間のもつさまざまな矛盾に興味をいだいた。彼の感傷癖と説教好きは、たしかに慨嘆に値する。また、性格の弱さから、世間一般の要求にたいして不当なほど譲歩の態度に出たのは、遺憾であるにちがいない」

Wuthering Heights 「嵐が丘」(1847年)
エミリー・ブロンテ(Emily Jane Brontë、1818~1848)
「『嵐が丘』はユニークな作品である。もっとも、手際のよい小説ではなく、現に、場所によると、とうていありそうには思えぬことが書いてあるので、読者はあっけにとられてしまうほどであるが、それにもかかわらず、情熱にみち、深い感動をよむひとにあたえないではおかない。この小説をよむことは、あなたの生活を根底からくつがえさないではおかぬ経験をもつことになる」


これを参考に、少しでも英文学に馴染めれば・・・と思っている。


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by kirakuossan | 2017-05-05 09:32 | 文芸 | Trackback

『Ambarvalia』 ~五月の穀物祭

2017年5月5日(金)

d0170835_07485768.jpg(覆された宝石)のやうな朝
何人も戸口にて誰かとささやく
それは神の生誕の日

西脇順三郎『Ambarvalia』(アムバルワリア)より






詩人で英文学者の西脇順三郎(1894~1982)は、あの中原中也が信奉した高橋新吉らとともに戦前にはモダニズム・ダダイスム運動の中心人物であった。画家としても非凡な才能を示し、詩集『Ambarvalia』を萩原朔太郎、室生犀星らが称賛する。
川端康成が1968年にノーベル文学賞を授賞するが、その10年ほど前から谷崎潤一郎とともに毎年ノーベル文学賞の候補者として挙げられていた。ただ西脇の作品に関して、翻訳の壁が大きな障害となり、受賞を逸したとされている。.
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by kirakuossan | 2017-05-05 06:56 | 文芸 | Trackback

吉本隆明の小林秀雄論

2017年5月2日(火)
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昨日、茅野へ買い出しに行ったついでにいつものように先にBOOK OFF に立ち寄り、吉本隆明の『悲劇の解読』を買う。吉本が、青年期に心から没入し、読み耽った太宰治、小林秀雄、横光利一、芥川龍之介、宮沢賢治についての論考集。

吉本は自らを、戦時中は軍国青年で、戦後はすぐ左に行ってしまったと回顧するが、小林秀雄は「事変に黙って処する」といった一貫した考えを持ち、敗戦の放心状態にあっても戦前から同様の立場を貫いた点をあげ、また吉本は小林秀雄の「マルクスの悟達』に至るまでの文章を挙げて「マルクスを一番良く理解していたのは小林だった」と評価している。


記憶をたどると小林秀雄の『ドストエフスキイの生活』を手に入れたのは昭和十七年ごろである。おなじ寮にいた湯玉輝という台湾の留学生の書棚にあるのをみつけて、湯さんいい本をもっているじゃないかというと、かれはキミニアゲヨウといって進呈してくれた。ようするにかれはキミモ魂が飢エテイルノカといって恵んでくれたのにちがいない。『ドストエフスキイの生活』やときどき雑誌でみかけた古典についての断片にあらわれた小林秀雄は、がさつな戦争政策追従の思潮を尻目に、見事な文学的な彫琢で孤独な内部の声を練りあげていた。なにが書かれているかよりも、書かれたということが重要だというように存在した。なにが書かれているかを重視してこれらの作品が読まれるようになったのはむしろ戦後である。だがもう一方でなにが書かれているかが重要であるといった作品が、実生活に処する倫理として書かれていた。そしてわたしは明らかに読みちがえていた。この方の作品は平凡な生活人の声として読むべきなのに非凡な批評家の肉声が、平凡な青年に語りかけるものとして受けとっていた。魂が沈むときは思想も実生活も沈むのに、かれのとった方法は両者を戦術的に分離することだったようにみえる。生活者小林秀雄の声は、覚悟して戦争に応じる庶民というところで実感のこもった戦争に処する態度を披瀝していた。このふたつのあいだに連結し架橋するものは小林秀雄のどこにもなかった。そして作品はますます孤独な営為になってゆき、時勢論は歯切れのよいタンカを吐いて戦争に処する決意をのべることになり、このふた色の距離は拡がるばかりだった。


日本に生まれたといふ事は、僕等の運命だ。誰だって運命に関する智慧は持ってゐる。大事なのはこの智慧を着々と育てる事であって、運命をこの智慧の犠牲にする為にあはせる事ではない。自分一身上の問題では無力な様な社会道徳が意味がない様に、自国民の団結を顧みない様な国際正義は無意味である。僕は、国家や民族を盲信するのではないが、歴史的必然病患者には間違ってもなりたくはないのだ。日本主義が神秘主義だとか非合理主義だとかいふ議論は、暇人が永遠に繰返してゐればいいだらう。いろんな主義を食ひ過ぎて腹を壊し、すっかり無気力になって了ったのでは未だ足らず、戦争が始まっても歴史の合理的解釈論で揚足の取りっこをする楽しみが捨てられず、時来れば喜んで銃をとるといふ言葉さへ、反動家と見られやしないかと恐れて、はっきり発音出来ない様なインテリゲンチャから、僕はもう何物も期待する事が出来ないのである。(「戦争について」小林秀雄)

どこかしら今の世相とあまりにも似通ってはいないか、もし今、小林秀雄がいたら、どう語り、どう処すだろう。多分彼はこう嘆くだろう。
「やはり智慧は着々と育っては来なかったのだ。それだけのことだ」

小林秀雄は吉本隆明より二回り年長であった。



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by kirakuossan | 2017-05-02 07:04 | 文芸 | Trackback

コンクリート床にひとり立つ父

2017年4月28日(金)

さっそくジョージ・エリオットの詩を一つ読んでみた。吉田健一が云う「荒地」という題の詩は見当たらなかったが、ひとつ興味を惹く詩を見つけた。
「ストラディバリウス」、長い詩だが、冒頭部を書き上げてみる。



ストラディバリウス

おまえの魂は、今日、音楽の翼をつけられて舞い上がった。名匠が弾くバイオリンを聴いて。
おまえは、彼を称賛した。そして、見事なシャコンヌを作曲した。
偉大なるセバスティアンも称賛した。しかし、おまえは年老いたアントニオ・ストラディバーリのことを考えたか?
彼は一五〇年ほど前に
あの茶色の楽器に精魂を込めた。
そして、フレームの見事な調整によって
共鳴する息吹きをバイオリンに与えた。
名匠の指先によって絶え間なく、
そして繊細かつ正確な指使いによってそれが完成された。
我々の今日の喜びをもたらしたのは、
先行する立派な才能に助けられたバッハだけではない。
心に耳を傾けたり、神経と筋肉による精密な表記法によって
混じり合った新たな緊張を持ち合わせたヨアヒムでもない。
優れた発明と共鳴する技術を
真の意味で救出するかのように支配する。
もう一人の存在、ストラディバーリがいる。
あの素朴な白いエプロンを身に付けた男性。
満八〇年間立ち続けて、忍耐強く、寸分の狂いもない仕事をした。
自制によって視力と触覚を大事にした男。
そして鋭敏な感覚こそ完璧を愛する証であるからこそ
彼は完璧なバイオリンを作った。それは
インスピレーションと高い熟練を聴き手に届けるために必要な道であった。
彼ほど地味な男はいない。彼は決して
「なぜわたしは、バイオリン製造、といったこの単調な作業をするために生まれたのか?」と泣き叫ぶことはなかった。

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あさって九四歳を迎える母が、先日こんなことを初めて語ってくれた。

お父さんは、地べたの上で、裸足で突っ立ってやすりで研いだ。「靴を履いても、靴下一枚履いても狂う。寸分の狂いもない仕事をしようと思おーたら裸足が一番や」
あの人は、ほんまに、よー働かはーたわ・・・


このエリオットの詩を読んで・・・
真冬のしんしんと冷え込む町工場の片隅で、冷え切ったコンクリート床にひとり立つ父を連想した。五八歳で逝った父を。
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by kirakuossan | 2017-04-28 08:47 | 偶感 | Trackback

英文学を少し読んでみたくなった。

2017年4月26日(水)

d0170835_16142808.jpeg寒ければ部屋を温くする一方、ものを食べて体内の熱を上げなければならない。英国人が一般に食べものについては、質よりも量を尊ぶ感じがしなくもないのはその為かと思われるのであって、肉類も多量に食べられるように、少くとも最近までは淡味に仕立ててあって、今日でも純英国風の料理となれば淡味のものが多い。ジョオジ・エリオットの小説で、Silas Marner だったかに、地方の豪族の家で朝からロオスト・ビイフが出ることが書いてある処があるが、これも今世紀の初め頃までは、英国では別に珍しいことではなかったのではないかと思う。その点、コオヒイとクロアッサンという三日月形のパン一個で朝の食事をすませるフランス人とは対照的で、ここにもフランス人と英国人の生活態度の相違が見られる。フランスも北部は寒いが、フランス人にはもっと南の民族の血も流れていて、その国土の南部は地中海に面し、冬になっても冬に対抗することばかり考えなくてもすむから、部屋を温くして肉を食うことが生活の中心になるということもない。この違いは更に、クリスマスの祝い方にも現れている。もちろん、フランス人の多くは旧教徒、英国人は新教徒だという事実も見逃せなくて、フランス人もクリスマス前夜の深夜のミサには出かけて行くが、英国人のように親類や友達が集ってクリスマスを楽しく過ごすということはしない。英国人のいわゆる、クリスマスパアティが子供を中心に何故あれ程楽しい年中行事の一つになっているかと言うと、宗教上の問題は別として、やはり各家庭の冬籠りの生活をなるべく明るくしたい気持、また実際にそうする必要から来ているのではないかと思う。
(吉田健一著『英国に就いて』から「英国の四季」より)


d0170835_19175174.jpg吉田健一は英文学者であるので、当然のことながら英国の作家の話がよく出て来る。ここでも女流作家のジョージ・エリオットのことが触れられるが、彼女のことは、同じく英国のサマセット・モームが著した読書案内』のなかで、冒頭のはしがきに詳しく紹介され、彼女の著書『ミドルマーチ』を絶賛する。




わたくしは、わたくしの『ミドルマーチ』観を要約して、ジョージ・エリオットは、情熱は別として、偉大な小説家に必要なあらゆる天賦の才をもっていたと、こういいたい。英国の作家で、人生について、彼女ほど周到で合理的な解釈を下した者はほかにはいない。ただひとつ、思慮にとみ、同情心に厚い彼女の観察眼が見落としている特質が、ロマンスなのである。

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英文学を少し読んでみたくなった。







by kirakuossan | 2017-04-26 15:47 | 文芸 | Trackback

「五月の緑」と「八月の青」

2017年4月25日(火)
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d0170835_11215078.jpg昨日、サンタナのリサイタルに出かけるとき、石山寺の前を歩いていると、八重桜が満開だった。ソメイヨシノはもうすっかりなくなり、そのあとの青々とした鮮やかなが一層美しく目に映った。もう「五月の緑」である。

(2017年4月24日)



冬と夏の間を行きつ戻りつしているうちに、冬は去って夏がもうすぐそこまで来ているのに気づくのが、英国の春というものである。雪解けと風と、雨と泥の季節とも言えるだろうか。そうするとその点でも、もし英国の春の詩を一篇挙げることになったら、それはエリオットの「荒地」だということになるかも知れない。

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オォガスタ・ジョンという画家の作品に「八月の青」という題で紺碧の海にボオトを浮べて一群の裸体の少年が泳いでいるところを描いた油絵がある。いかにもその題通りの明るい感じがする絵であるが、こういう絵が出来るのも、一つには英国の夏が決して長くはなくて、そして冬が英国では半年以上も続いているからである。日本の北国に似ていて、冬が明けて春になると、それが早足で夏に変っていく。そうなることを待っていた自然が緑を拡げ、花を咲かせるのを急ぐのと同じ具合に、人間も一斉に外に出て来て、長い冬の間に不足していた太陽の光と熱を取り戻すのが仕事にも、夏の喜びにもなる。~
その昔、
また夏の期限が余りにも短いのをどうしたらいいか。

というシェイクスピアの詩を引用して、こう書いたことがある。

この詩を読む時、西に傾いた太陽の、いつかは終るとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏を思わざるを得ない。我々東洋人はこういう濃厚で、そしてそれでいて生のままの美しさを持った現実を、西洋の詩や音楽、或は絵画を通してしか知らない。それは英国の冬がどの位陰惨かを知らないのと同じである。例えば、英国の秋は木が紅葉すると言っても、その色は赤と黄に限られているのではなくて、紫、茶、黄、赤などの色がまだ紅葉していない緑と混じって何れがより鮮明であるかを秋空の下に競うのであり、英国の夏の緑もそれに劣らず、何か現実とは思えない光沢を持っている。
(吉田健一『英国に就いて』から「英国の四季」より)

ここで些細なことだが一つの間違いに気づく。吉田健一がオォガスタ・ジョンと言ったのは、どうもヘンリー・スコット・テュークの勘違いのようである。



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by kirakuossan | 2017-04-25 10:59 | 文芸 | Trackback

「大阪の宿」を読もうとして

2017年4月19日(水)
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d0170835_14075001.jpgちょっと前に「うすごほり」という短篇を読んで、水上龍太郎という作家の、あの大正ロマンの香りが漂うとでも言うのか、独特の淡い描写が好かった。
そこでこの人の代表作である「大阪の宿」がどうしても読みたくなって本屋へ行くが、むかし岩波文庫で発刊していたが、今は勿論廃刊となっている。で、図書館で借りることにする。

「大阪の宿」は、水上氏が明治生命の創業者である阿部泰蔵の四男として生まれたこともあって、一時期明治生命に勤務、2年余の大阪勤務での思い出を題材にした小説である。筑摩書房の「現代日本文學全集」の第57巻に久保田万太郎と一緒に収められている。万太郎も好きな作家のひとりなのでこの二人が並んで読めるのはありがたい。
ところで、巻末に掲載されている解説書を読むことも楽しみの一つで、水上龍太郎は義弟にあたる小泉信三が、そして久保田万太郎については、これまた河上徹太郎が書いている。この文章がまた面白い。


井伏鱒二にいはせると、「久保田万太郎といふタイプは慶應にも早稲田にもない」のださうだ。さういへばさういふ御当人だって「早稲田にも慶應にもない」タイプに違ひない。しかもそれでゐて、一面早稲田的なものが井伏の風貌の隅々に見出せる。それと同じ意味で、仔細に見ると久保田さんには慶應ボーイの風格が打消すべくもなく現れてゐる。小柄の體をナポレオンのやうに胸を張って交詢社のロビーをせかせか歩き乍ら、電話をかけたり、人に会ったりしてゐる所は、江戸っ子であるよりは、「塾」を出た東京人である。今まで久保田さんは、餘りにも専ら浅草っ子として売れ過ぎてゐた。それは小説家としては滅びゆく浅草情緒を代表する最後の郷土作家であらう。然し人間としては、恬淡としてそんなものにこだはる人ではない。
親しい友人に聞いても、「未だ曾て愚痴をいふのを聞いたことがない」といふ。戦災に遭って、「五月二十四日早晩、極めて無事に罹災」と一知人に書き、その数時間後には、平気な顔をして、鞄一つ持って或る会合に出席してゐた、と別の知人は証言してゐる。古い情緒に未練がましく心中立てをしてばかりゐる人ではない。
その人柄は、あくまで通人とは反対の、当世風なハイカラな人であり、又野暮な人である。何しろ飯にはトンカツ、酒の肴には、かまぼこと玉子焼が好きな人だ。~


d0170835_14560456.jpgこうして読んでいくと、何一つ万太郎の文学について詳しく触れてもいないが、不思議なもので、河上徹太郎が書き綴ると、もう万太郎の世界がものの見事に浮かび上がってくるのである。もうそれで十分なのである。




初めから話が脱線してしまった。そうだ、水上龍太郎の「大阪の宿」を読むのだった。


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by kirakuossan | 2017-04-19 13:56 | 文芸 | Trackback

英国人の優しさ

2017年4月13日(木)

d0170835_2162782.jpgOUTBACKの点検中にいつもの古本屋「オウミ堂」まで往復45分かけて歩く。そこで「英国に就いて」(吉田健一著)を買う。さっそく久々に健一節を味わっている。

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薔薇にとってその棘は花と同様に大事かも知れないが、このような花にそのくらいの棘があるのは当然という見方をすることも許されて、英国人はその花を愛してきた。薔薇戦争の時に、一方が赤い薔薇をその印に選び、一方が白い薔薇を印にして対抗したというのはその優雅に殆んど東洋的なものがあることを思わせるとともに、既に十五世紀に英国人が薔薇を庭に植えていたことを示していて、そのお蔭で薔薇戦争という戦史に余り類例がない名称ができた。スコットが南極から帰って来る途中の、最後の野営地で書いた遺書にも薔薇の花の優しさを思わせるものがある。ここで大事なのは、その優しさが英国人というものの性格に見られる一切の原動力になっているということで、英国人の忍耐力も、勇気も、冷酷も、詩情もそこから出ている。そう言えば、富士の山としての最も大きな特徴もその姿の優しさにある。
(『英国に就いて』から「象徴」)



吉田健一は評論家であり小説も書いたが、本業は英文学者である。少年時代、青年時代とイギリスの地に住み、学んだ経験からイギリスの社会や文化については熟知し、その奥深さは群を抜いており、そこからは真のイギリスの姿が浮かび上がって来る。



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by kirakuossan | 2017-04-13 20:52 | 文芸 | Trackback

信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


by kirakuossan

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夜想曲 変ロ長調

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