ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

カテゴリ:ピアニスト列伝( 32 )

ピアニスト列伝―32 グリンベルク

2017年3月6日(月)
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マリア・グリンベルク( Maria Grinberg  1908~1978)

エリソ・ヴィルサラーゼが11月下旬に来日して新日本フィルとモーツァルト20番など3つの協奏曲コンサートを開くが、運よく中央の好い席のチケットが手に入った。彼女が気に入っている東京のすみだトリフォニーホールでの演奏会、今から楽しみにしているが、実はこのヴィルサラーゼが尊敬しているピアニストにマリア・グリンベルクがいる。
Wikipediaによると、「おそらく20世紀屈指のピアニストの一人であったが、ソ連時代のユダヤ人敵視の風潮から、継続的で安定した演奏活動を阻まれ、西側諸国ではほとんど無名のままだった」とあるが、このピアニストの存在をもっとも端的に言い著している。ソ連とイスラエル国の対立が高まるなか、ユダヤ系であった彼女が29歳のとき、夫と父親が「人民の敵」の烙印を押されて逮捕され、処刑されてしまう。そんな暗い過去を背負いながらも明るい性格が自分自身をささえ、やがて国内では引く手あまたのピアニストになる。やがてモスクワ音楽院の教授にも迎えられるが、チャイコフスキー国際コンクールの審査委員席に就くことはなく、彼女に対する扱いは生涯を通じて変わらなかった。スターリン没後に、ようやく国外での演奏旅行を認められるが、14回の外遊の12回までは東側諸国で、僅か2回、西側のオランダを訪れただけであった。
そんなグリンベルクの演奏に接する機会はごく稀であったが、幸い、1970年に発表したベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音集が遺されている。これは、ソ連のピアニストによる最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集という触れ込みで売り出されたものである。
今、「告別」を聴いているが、残念ながらモノ録音で決して良質な音源ではないが、その奥から聞こえてくるピアノは深刻ぶらず、自然で明るく、こころ優しいものである。こちらもマリアという名で、スターリンも一目置いたとされるマリア・ユージナ(1899~1970)と比較されるが、私はユージナのどこか冷徹な響きより、グリンベルクの音色の方が好きである。


d0170835_739835.jpgベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 「告別」 Op. 81a
マリア・グリンベルク - Maria Grinberg (ピアノ)
(録音: 1966, Moscow, Russia)


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by kirakuossan | 2017-03-06 06:53 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―31 内田光子

2017年2月14日(火)

内田光子さんにグラミー賞=世界的ピアニスト、2度目の栄誉
時事通信 2/13(月) 7:22配信

米音楽界最高の栄誉とされる第59回グラミー賞の授賞式が12日、ロサンゼルスで行われ、ピアニストの内田光子さんの参加作品がクラシック部門の最優秀ソロ・ボーカル・アルバム賞に輝いた
内田さんのグラミー賞受賞は、2011年の最優秀器楽ソリスト演奏賞に続き2度目。
今回は、ドイツのソプラノ歌手ドロテア・レシュマンさんの伴奏を務めた演奏会を収録したアルバム「シューマン リーダークライス、女の愛と生涯/ベルク 初期の7つの歌」が授与対象。


こんな記事が昨日流れたが、内田光子(1948~ )のグラミー賞の受賞は2度目である。6年前は、クリーヴランド管弦楽団を弾き振りしたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番・第24番が最優秀インストゥルメンタル・ソリスト演奏賞に輝いた。日本の現役ピアニストで世界に通用するのは彼女ひとりで、今回の受賞はそれを再認識させるものであった。
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彼女のレパートリーはたいへん広く、モーツァルト、ショパン、シューベルトにはじまり、シューマン、ベートーヴェン、ドビュッシー、シェーンベルク、ヴェーベルン、ベルクなどの作品を数多く録音している。なかでもモーツァルトとシューベルトは名演奏が多いが、彼女のピアニズムは日本人演奏家の枠にとらわれず、ヨーロッパの風土のなかでその精神を吸収したような表現にある。それは必ずしも楽譜に忠実ではなく、確固たる知識と哲学的解釈に基づいた独自の表現法である。そのことは賛否両論あることも事実であるが、それを超越して自己主張をつづける彼女は、一種孤高のピアニストの様相を呈する。



d0170835_1861548.jpgモーツァルト:
ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K. 488
内田光子 - Mitsuko Uchida (ピアノ)
イギリス室内管弦楽団 - English Chamber Orchestra
ジェフリー・テイト - Jeffrey Tate (指揮)
(録音: July 1986)



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by kirakuossan | 2017-02-14 17:31 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―30 ロン

2017年2月13日(月)

若手音楽家の登龍門として知られるのにフランスのロン=ティボー国際コンクールというのがあるが、これは1943年、名ヴァイオリン奏者のジャック・ティボーと名女流ピアニストのマルグリット・ロンとの共同で創設された。最初は3年ごとの開催で、すぐに2年ごとになり、最近ではほぼ毎年開かれている。もちろん名のとおり、ヴァイオリンとピアノの2部門で行われてきたが2011年より声楽部門が加わり、3部門となり、これを機に、ヴァイオリンはジャック・ティボー国際ヴァイオリンコンクールに、ピアノはマルグリット・ロン国際ピアノコンクールと単独で表記されるようになった。ピアノ部門での第1回優勝者は19歳のサンソン・フランソワ(フランス)であった。

d0170835_9362585.jpg今日はそのマルグリット・ロン(Marguerite Long, 1874~1966)の命日にあたるが、彼女のピアノは、古典派からロマン派、そしてフランス近代音楽にいたるまで幅広く演奏したが、とくにフランスの伝統的ピアニズムを継承しているとされ、奏者以上に教育者としての評価が高い。彼女の弟子で最も成功したのはコンクールの1953年大会で2位に入ったフィリップ・アントルモン、それに61年3位のブルーノ・レオナルド・ゲルバーだろう。とくに後者には「あなたは私の最後の、最高の生徒」と評価した。園田高広も彼女の指導を仰いでいる。
彼女につきまとう噂は金銭欲・名誉欲にも長けていたといわれ、名前からしても”ロン!(あがり)である。面白いエピソードに、いつも大事にしている手持ちのバックは、肌身離さず持ち歩き、演奏するステージでも盗まれないように椅子の下に置いていた。


ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op. 37
マルグリット・ロン - Marguerite Long (ピアノ)
パリ音楽院管弦楽団 - Paris Conservatoire Orchestra
フェリックス・ワインガルトナー - Felix Weingartner (指揮)
録音: 10 June 1939, Theatre Pigalle, Paris
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by kirakuossan | 2017-02-13 08:57 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―29 シフ

2017年2月8日(水)
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今や巨匠の風格さえ感じさせるアンドラーシュ・シフ、 いやハンガリー人だからシフ・アンドラーシュ(Schiff András 1953~)である。

d0170835_1011574.jpgd0170835_10151830.jpg昨夜、久々にサイモンとガーファンクルの音楽を聴いていて悦に入っていたが、その一人によく似ている。だから思い出したのでもないが、シフのバッハを聴けば、もう彼の右に出る者はいないような、そんな最高の演奏をする。今朝も、セルジオ・フィオレンティーノとかいうイタリアのピアニストでフランス組曲第5番をなにげにかけてみたが、バッハにしては何となく耳障りである。そこでシフで聴き直すと、これが全然違うんだなあ、やっぱし。
彼はバッハだけかというと、それが実に幅広いレパートリーを誇る。バロック音楽や古典派音楽を中心としてロマン派音楽までにいたる。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、さらにはシューマンやショパンまで、と。若いときのコンクール歴をみてもわかるが、そう群を抜いて目立った存在ではなかった。当初、コチシュ・ゾルターン(1952~2016)、ラーンキ・デジェー(1951~)と並んでハンガリーの若手三羽烏と称されたが、正直、人気の面でも先の二人に後塵を拝する印象であった。そんな彼を一躍ひのき舞台に押しやるきっかけとなったのが、やはりバッハであった。1980年代に契約したイギリスのデッカ・レーベルからモーツァルトのソナタ全集に次いで出した一連のバッハ演奏が「グールド以来のバッハ解釈者」と評されることになる。


バッハ:
フランス組曲全曲
アンドラーシュ・シフ - Andras Schiff (ピアノ)
(録音: January 1991, Reitstadel, Neumarkt, Germany)


d0170835_10171356.jpg思い出したが、彼の奥さんはヴァイオリニストの塩川悠子である。





奥さんと共演したモーツァルトもある。聴き惚れるヴァイオリンである。

モーツァルト:
ピアノ三重奏曲第3番 変ロ長調 K. 502
アンドラーシュ・シフ - Andras Schiff (フォルテピアノ)
塩川悠子 - Yuuko Shiokawa (ヴァイオリン)
ミクローシュ・ペレーニ - Miklós Perényi (チェロ)

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by kirakuossan | 2017-02-08 09:29 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―28 グリゴリー・ソコロフ

2016年12月11日(日)
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現代のピアニストでひとり偉大な人を見落としていた。というよりその存在を知らなかった。名だけは辛うじて耳にしたことはあったが、そこまでのピアニストであるとはつゆ知らずに来た。
ロシアのピアニスト、グリゴリー・ソコロフ((ригорий Соколов/Grigory Sokolov, 1950~ )である。
ちょうど50年前の第3回チャイコフスキー国際コンクールで優勝した経歴を持つ。その時は僅か16歳であったが、その後、ソ連国内のみの活動に制約され、西側諸国にはその存在は忘れ去られた。ソ連崩壊後、国際的な演奏活動がいよいよ活発するなか、次第に彼の存在を知るようになり、今では一定の評価が確立されてきた。そのピアノはあくまでも思慮深く、陰影を帯び、重いタッチである。でも聴くものには心の奥底で共鳴するのである。どんな凄いピアニストであるか、それは次の一片の文章ですべてを言い表し、端的に説明したことになるであろう。
2015年のショパン・コンクールのファイナリスト10人に「理想のピアニストは誰か?」と問うと、7名のピアニストがグレゴリー・ソコロフの名前を挙げた。

d0170835_2133859.jpgレパートリーは古典派からロマン派が中心だが、とくにバッハ、ベートーヴェン、そしてショパンに定評がある。鍵盤の炸裂に圧倒されるベートーヴェンのディアベリ変奏曲、これがショパンかと思わせる24の前奏曲の重い演奏、そして一転してバッハのフーガの技法で見せる一種たおやかな音色、そのどれもが個性に満ち、特異なピアニズムである。強奏するこのピアニストの真価を知るには自分にとってはもう少し時が必要な気がする。

ショパン:
24の前奏曲 Op. 28
グリゴリー・ソコロフ (ピアノ)

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by kirakuossan | 2016-12-11 21:15 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―27 マウリツィオ・ポリーニ

2016年9月10日(土)
d0170835_13241686.jpgイタリア人ピアニスト、マウリツィオ・ポリーニ(Maurizio Pollini, 1942~)のことをまだ書いていなかった。1960年、18歳で受けた第6回ショパン国際ピアノコンクールに審査員全員一致で優勝した。審査委員長のアルトゥール・ルービンシュタインは「今ここにいる審査員の中で、誰よりも巧い」と賛辞を述べたことはあまりにも有名である。彼はこれを機会に国際的な名声を勝ち得、順調に階段を登りつめていった。現存のもっとも偉大なピアノの巨匠の一人に上げられるが、まだ70歳の半ばにようやくさしかかったところであり、真の巨匠としての活躍はまだこれからとも言えるであろう。ルービンシュタインがちょうど審査委員長のとき、今のポリーニとほぼ同年代であって、彼はそれから16年も現役を続けたし、バックハウスは最後まで舞台に立ち、シューベルトの即興曲を生涯最後の演目として弾いたコンサートのあと亡くなったのが85歳であった。ポリーニもまだまだこれからである。アルゲリッチと並んで一度生の演奏を聴いておきたいとも思っている。

ポリーニの録音は実に豊富で、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、シューマン、ブラームス、さらにストラヴィンスキーなどが代表的なものだろう。山荘へ2枚のレコードを持ってきている。一枚はブラームスの協奏曲第2番であり、もう一枚はベートーヴェンの第3番コンチェルトである。前者はアバド、後者はベーム、いずれもウィーン・フィルとの共演でどちらも名演奏に挙げられる。

d0170835_13463415.jpgベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op. 37
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
カール・ベーム(指揮)
(録音: November 1977, Grosser Saal, Musikverein, Wien, Austria)

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ポリーニのピアニズムの最大の特徴はその「完璧さ」にある。卓抜した超絶技巧が、時として「冷たいピアニズム」と評されることも事実であり、感情に溺れない正確無比さを「機械的と」批判されることもある。そのどちらも正解だろう。その意味ではどことなくリヒテルとダブるところがある。
同じミラノ出身のクラウディオ・アバドとは親愛な関係にあり共演も多かった。9歳年上のアバドにピアノを教えたのはポリーニであった。



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by kirakuossan | 2016-09-10 13:02 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―26 ラザール・ベルマン

2016年7月21日(木)

d0170835_6104551.jpgラザール・ベルマン(Lazar' Berman1930~2005)
ステージでアリス=紗良・オットのラ・カンパネラは何度かアンコールで聴いたことがあるが、先日の読響の演奏会で小菅優のピアノで珍しいリストのピアノ協奏曲第2番を聴いた。ドラマ性があってなかなか好いコンチェルトだった。リストといえば交響詩作曲家ということもあってもともとその楽曲は詩的ではある。当代のリスト弾きといえば誰か、クラウディオ・アラウであり、ジョルジュ・シフラであり、あるいは同郷のスヴャトスラフ・リヒテルを挙げるかもしれない。でも意外と知られていないのがベルマンのリストである。彼のピアニズムがリストの音楽によく合う。まさに硬軟織り交ぜて、なりふり構わず腕力で弾きまくるかと思えば一転、道端の野草を見つけては心落ち着けて愛でるようなピアノを聴かせたりもする。
「巡礼の年」第1年スイスでの、唐突な主題に終始する”ウィリアム・テルの聖堂”や”夕立”で腕力を見せれば、”ワレンシュタインの湖”や”田園曲”、”オーベルマンの谷”あるいは”ノスタルジア”などでは惚れ惚れするようなピアニシモを聴かせてくれる。そこがベルマンの凄いところだ。
幼少時からギレリスをして神童と呼ばせた彼は、1951年のベルリン国際青少年音楽祭と1956年のブダペスト国際音楽コンクールにおいて優勝し、ソ連以外に東欧で、時にはロンドンなどで演奏会を開くなど活発な活動に入った。ハンガリーでは「フランツ・リストの再来」と絶賛された。1975年アメリカデビュー後、活発なレコーディングを行ったが、なぜか日本ではリヒテルやギレリスと比してあまりに知られてこなかった。ごたぶんにもれずソ連当局は断続的にベルマンの海外での演奏旅行を制したが、1990年60歳になって、ついにイタリア入りし、やがてフィレンツェに定住した。イタリアでもミケランジェリと人気を二分するくらいであった。
面白い逸話がある。彼はショパンだけは弾かなかった。その原因は幾度か挑戦したショパン国際ピアノコンクールに入選しなかったことにあった。
日本にも何度か訪れ、愛用したファツィオリ社のピアノで演奏会を催した。またマスタークラスを主宰して日本人のピアニストを教えた。一昨年春、松本でリサイタルを聴いた山岸ルツ子は彼の最後の弟子の一人である。

d0170835_8504342.jpgリスト:
巡礼の年 第1年 スイス S160/R10
No. 5. Orage(夕立)
No. 6. Vallee d'Obermann

チャイコフスキー:
ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op. 23
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)


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by kirakuossan | 2016-07-21 06:03 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―25 グレン・グールド

2016年2月9日(火)

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カナダ生まれのピアニスト、グレン・グールド(Glenn Herbert Gould, 1932~1982)の「ゴルトベルク変奏曲」の演奏は何度も触れたが、100年に一度出るか出ないかの傑出したピアニストであったことには間違いない。天才と変人は紙一重といったピアニストであった。「ゴルトベルク変奏曲」を世に出したのは1955年、23歳の時。それから8年後、1964年3月28日のシカゴ・リサイタルを最後にコンサート活動からいっさい手をひき、のちは放送媒体のみの音楽活動とレコーディングに専念した。
彼の音楽性や演奏の質の高さは数多くのエピソードとともに蘇る。
ピアノはホモフォニーの楽器ではないといって対位法を重視、各声部が明瞭で、多くはペダルをほとんど踏まないノン・レガート奏法であった。バッハ以外の作曲家についてもベートーヴェンは、その楽曲ごとに賛否両論を唱えたが録音は多く残した。でもショパンやリストに対しては一貫して否定的であり、またモーツァルトについてはソナタ全曲録音を遺したが、「モーツァルトは、むしろ死ぬのが遅すぎたのだ」とも形容した。
d0170835_14575545.jpg演奏するスタイルは身長が180cmあったが、常に猫背でしゃがみ込むような姿勢で弾いた。そこからどこか神経質で病的なイメージがしたが、事実、常にビタミン剤を持ち歩き、過剰すぎるほどの潔癖症で、まるで泉鏡花と同じように対人との接触や外食を拒否した。また常にメロディーや主題の一部を鼻歌を歌いながら演奏したり、協奏曲などを弾くときは自分も指揮をする身振りをして指揮者からはずいぶんひんしゅくをかった。カラヤンが言った「君はピアノより指揮台が似合っている」と。
指揮者との衝突で有名なのは、1962年、カーネギー・ホールでのブラームスの協奏曲第1番の演奏でリハーサルの時、指揮者のレナード・バーンスタインとテンポでの見解が食い違い論争となった。そこでバーンスタインは事前に聴衆に「自分とは違う音楽だ」と断りをいれて指揮をした。またジョージ・セルはグールドが神経質なほどに何度も椅子を調節するので、本番では指揮を下りてしまった。などなど話題が尽きない。ピアニストではヴラジーミル・ホロヴィッツに一時関心を示したが、否定的でもあった。


ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op. 109
グレン・グールド(ピアノ)
録音: 7 June 1957, Vienna Festival; Mozart-Saal, Konzerthaus, Vienna


逸話をもうひとつ・・・
グールドは文学を愛した。なかでもトーマス・マン、シェークスピア、ニーチェ、ヘルマン・ヘッセを読み、夏目漱石は何度も読み返した。彼の死の枕元には書き込みだらけの「草枕」が置いてあった。
余談だが、今年は夏目漱石の没100年にあたるが、その漱石が生まれたのは1867年の今日、2月9日である。

by kirakuossan | 2016-02-09 13:05 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―24 ウラディーミル・ホロヴィッツ

2016年2月1日(月)

今私たちの目の前にいるのは、骨董としてのホロヴィッツにほかならない。骨董である以上、その価値は、つきつめたところ、人の好みによるほかない。ある人は万金を投じても悔いないかもしれないし、ある人は一顧だに値しないと思うかもしれない。それはそれでいい。
だが、残念ながら、私はもう一つつけ加えなければならない。なるほど、この芸術は、かつては無類の名品だっただろうが、今は-最も控え目にいっても-ひびが入っている。それも一つや二つのひびではない。


これは吉田秀和の、1983年、79歳で初来日したホロヴィッツに対する論評で、当時音楽界だけでなく、ひとつの社会問題としても採りあげられたぐらい有名な話だ。なにせ、このリサイタルは5万円もする席もあったとかで、高額チケットでも話題になっていた。
d0170835_17215660.jpgウラディーミル・ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz 1903~1989)はウクライナ生まれのアメリカのピアニストで、20世紀最大のピアニストの一人と言っても過言ないであろう。彼は、超絶技巧を前面に押し出し、主観性の強い演奏をした。その反面、繊細なリリシズムも持ち合わせ、聴衆を唸らせるかと思えば、一方では張りつめた糸が切れんばかりの緊張も強いるようなピアノであった。その特色をもっともよく表したのはスカルラッティの作品であっただろうし、あるいはスクリャービンやラフマニノフ、シューマンにも名演が多い。


1951年カーネギーホール・リサイタルから
D. スカルラッティ:
ソナタ ホ長調 K.380/L.23/P.483
シューマン:
ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調 Op. 14 第3楽章
変奏曲風に 「クララ・ヴィークのアンダンティーノ」
ショパン:
ポロネーズ第7番 変イ長調 「幻想」 Op. 61

今の彼を大家と呼ぶとすれば、それは小品の演奏で偉大だからである。~
この人は今も比類のない鍵盤上の魔術師であると共に、この概念そのものがどんなに深く十九世紀的なものかということと、当時の名手大家の何たるかを伝える貴重な存在といわねばならない。~
この人が先年の不調を自分でもはっきり認めて、何とかして自分の真の姿の記憶を残しておきたいと考えて、遠路はるばる再訪してくれたことに、心から感謝せずにはいられない。


これも吉田秀和のホロヴィッツ初来日から3年後の1986年のリサイタル評である。先の論評に比べてこの3年後の論評は余り知られていないが、二日間のリサイタル全プログラムを聴き、誠心誠意ホロヴィッツの演奏内容を分析していて読む価値大である。

ホロヴィッツ晩年でのリサイタルのアンコールはシューマンの「トロイメライ」と、そしてその次は必ずこの曲であったという。名誉挽回のための1986年(写真)来日のあと、3年して亡くなった。

モーリッツ・モシュコフスキ
8つの性格的小品 Op. 36 - 第6曲 火花
by kirakuossan | 2016-02-01 17:16 | ピアニスト列伝 | Trackback

ピアニスト列伝―23 フリードリヒ・グルダ

2016年1月27日(水)

d0170835_20144395.jpg20世紀を代表する巨匠ピアニストのひとりにオーストリアのフリードリヒ・グルダ(Friedrich Gulda, 1930~2000)がいる。彼はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの王道の演奏を得意とするかと思うと、一方ではジャズ演奏でも非凡な才能を示した。実際、40歳ころジャズに傾倒し、真剣にジャズピアニストになろうと思った時期もあったようだ。
戦後まもなく16歳でジュネーヴ国際コンクールで優勝して脚光を浴びるが、20歳代からジャズへの興味も尋常ではなくクラシック界の異端児と見られた。
グルダはモーツァルトの協奏曲を好んで演奏した。若くしてはアンソニー・コリンズと、次にハンス・ロスバウト(南西ドイツ放響)、ハンス・スワロフスキー(ウィーン歌劇場管)、そしてニコラウス・アーノンクール(コンセルトヘボウ)やクラウディオ・アバド(ウイーン・フィル)との共演の演奏が多数残っている。

モーツァルト:
ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K. 467
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
クラウディオ・アバド(指揮)

d0170835_21512762.jpgしかし彼の原典として評価が高いのはベートーヴェンのソナタ演奏とされ、生涯3回録音している。最初の録音は1957~8年のもので、即興やアドリブも多かったピアニストだが、ここでは正統派のピアニズムを聴かせる。ちょうどジャズへの転向を考えたころに3回目の録音を行ったが、残念ながらNMLでも配信していないのでそれは聴くことができない。

d0170835_2211187.jpg「テンペスト」などを聴いていると、あのリヒテルの演奏も素晴らしいが、やはりスマートさにおいてはグルダが一枚上だ。生粋のウイーン気質を持ったピアニストでもあった。決して燕尾服を着て演奏はしなかったが、古きよき時代の伝統を守りながらも常に新しい音楽も追及し続けた。異端児というより”自由人”という方が的確かもしれない。
モーツァルトをこよなく愛したグルダ、今日、モーツァルトの生誕日が彼の命日でもある。
by kirakuossan | 2016-01-27 20:11 | ピアニスト列伝 | Trackback

信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


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d0170835_9203688.jpgシマノフスカ:
夜想曲 変ロ長調

グリンカ:
歌曲「ひばり」

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