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カテゴリ:世界のオーケストラ( 29 )

世界のオーケストラ/第29回 <パリ管弦楽団> はたしてフランス独特の煌びやかさは今もあるのか?

2017年5月9日(火)

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パリ管弦楽団 


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パリ管弦楽団のことを語る時、避けて通れないのは、アンドレ・クリュイタンスとともに初来日した前身のパリ音楽院管弦楽団のことであろう。1964年4月、大阪国際フェスティバル協会の招聘によってフランスのオーケストラが初めて日本の土をふんだ。このときは4日連続フェスティバルホールでの演奏会で幕を開けた。公演初日はオール・ラヴェルプログラム。
ラヴェル/スペイン狂詩曲
ラヴェル/マ・メール・ロア組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ラヴェル/クープランの墓
ラヴェル/亡き王女の為のパヴァーヌ
ラヴェル/ダフニスとクロエ第2組曲
これには日本の聴衆も最初から度肝を抜かれたことだろう。そして翌日以降に、ブラームス(4番)を聴き、ベートーヴェン(7番)、そして東京文化会館の公園ではベルリオーズの「幻想」の演奏を直に聴き、魅了され続けた。聴衆たちは「これは日本のオケは永遠に追いつけない」といったことを実感したのである。
その3年後、名匠クリュイタンスが急逝すると同時に、パリ音楽院管弦楽団が発展的解消し、1967年、今から50年前にパリ管弦楽団が誕生する。初代の首席に就いたのがクリュイタンスの先輩格シャルル・ミュンシュ(1969~71)であった。
以下、個性に富む豪華陣が順に名を連ねる。 音楽顧問にヘルベルト・フォン・カラヤン(1969~71)ゲオルク・ショルティ (1972~75)ダニエル・バレンボイム (1975~89)セミヨン・ビシュコフ (1989~98年)芸術顧問にクリストフ・フォン・ドホナーニ (1998~2000) クリストフ・エッシェンバッハ (2000~08年)パーヴォ・ヤルヴィ(2010~16年)ダニエル・ハーディング(2016~) そしてこの顔ぶれを見て気づくことは、クリュイタンスがベルギー人であり、ミュンシュももとはドイツ人で壮年になってから帰化した。以下、ドイツ系のシェフが続いたにもかかわらずサウンドは一貫してフランス的な明るさと煌びやかさを維持したという不思議さである。低弦を効かせたドイツ的響きとは明らかに一線を画している。ベルリンフィルに対抗できる世界的オーケストラが目指されたされるパリ管、発足当初から合奏力が高かったが、フランスの香りそのものも守られ続けて来たのである。

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ドイツ、オーストリア、ロシア、イギリス、イタリアそしてアメリカのオーケストラを数多く聴いて来た自分にとって最後に残されたのがフランスのオーケストラであった。2013年10月にフランス放送管、そして翌11月、ついにパリ管の演奏に接することが出来た。好きな曲目のサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」を、首席パーヴォ・ヤルヴィの指揮で京都コンサートホールのパイプオルガンで聴いた。このときの印象を書き記しているが、これがまた意外なものであった。


d0170835_08582605.jpg京都コンサートホールのオルガンの響きは想像をはるかに越えるものだった。それは第一楽章後半での弦楽による瞑想的な主題を、低く物静かな伴奏で支える。もうこの部分からしてこれは只事では済まない予感がする。そしてまだかまだかと待ちわびて、ついに第二楽章後半のあの壮麗な響きを呼び起こす。もうこれは天国にでも登りつめて行くような厳かさである。
あとは力強いファンファーレやフーガが続き、一気に終曲へと突っ走る。
サン=サーンス交響曲第3番 「オルガン付」の、今まで聴いた中での最高の演奏であった。オルガンはティエリー・エスケシュ。国際的にも知られるオルガニストであり作曲家でもある。
パリ管弦楽団煌びやかな印象はまったくしなかった。どちらかといえば弦は思いのほか太い響きで、管楽器は平均的な音色、すこし意外な思いがした。でもアンサンブルはさすがで、パーヴォ・ヤルヴィが云っていた、”室内楽的アンサンブル”が分るような気がする。パーヴォ・ヤルヴィは基本に忠実な指揮者で、決して派手な動きはしないが、オーラが漂っていた。
(2013年11月2日記)


パリ管の持つ印象と、実際に演奏を聴いての印象とは食い違いが生じるものだ。ドイツ系の指揮者で育てられてきたフランスのオーケストラ、果してその音色は50年前と変わってきたのかどうか、もう一度検証してみたい気がする。
ここにクリュイタンス&パリ音楽院管、ミュンシュ&パリ管、ビシュコフ&パリ管、それぞれの「幻想」がある。はたして音色に変遷はあるのか。


幻想交響曲 Op. 14

Symphonie fantastique, Op. 14

    • 録音時期:1955年

    幻想交響曲 Op. 14

    Symphonie fantastique, Op. 14

      • 録音時期:1967年11月

      幻想交響曲 Op. 14

      Symphonie fantastique, Op. 14


        なお、ミュンシュとパリ管の演奏は、フランス政府が威信をかけたオーケストラ創立の最初の演奏会で、1967年11月14日にパリのシャンゼリゼ劇場でおこなわれた。この記念碑的な最初の演奏が今でも同曲の最上の名盤とされている。


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        by kirakuossan | 2017-05-09 07:45 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第28回 <ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団> 金管の響きが冴える。 

        2017年4月6日(木)

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        ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団


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        ベートーヴェンの時代から戦前まで存在したロイヤル・フィルハーモニー(ロンドン・フィルの前身が中心)とは別団体。1946年に英国の巨匠トーマス・ビーチャムによって創設されたオーケストラということで、印象からしても個人的な色彩が先に立ち、その存在を軽んじる傾向にあったが、どうしてどうしてこのオケの響きに驚いたのである。それは例のリーダーズ・ダイジェスト社が1961年に出したルネ・レイボヴィッツ 指揮のベートーヴェン交響曲全集を聴いたからだ。ベートーヴェン自身のオリジナルなメトロノーム記号に従った演奏ということで、普段聴きなれたものより速いが、その速さによって演奏が破たんするどころか、軽快に、しかもダイナミックな響きを聴かせる。とくにここでの金管楽器の楽員のテクニックは相当のもので、完全に聴き惚れた。正直、今まで二流オケの思いを持っていたが、完全に覆されたのである。それもそのはずでこの顔ぶれを見れば、成るほどと納得するものである。ビーチャムの後、ケンペが基礎を鍛えたし、ドラティに続いてヴェラーまで就いていたのだ。

        歴代首席指揮者
        1946~1961 トーマス・ビーチャム
        1961~1975 ルドルフ・ケンペ(1970年から終身指揮者)
        1975~1978 アンタル・ドラティ
        1985~1992 ヴァルター・ヴェラー
        1985~1992 アンドレ・プレヴィン
        1987~1994 ウラディーミル・アシュケナージ
        1992~1996 ユーリ・テミルカーノフ
        1996~2009 ダニエレ・ガッティ
        2009~ シャルル・デュトワ

        ビーチャム個人が「ロイヤル」の称号を女王エリザベス2世から正式に許可された経緯もあって、「女王陛下のオーケストラ」と呼ばれることもある。ビーチャムはイギリス最高の音楽水準を意図し結成、各楽団から優秀な人材を引き抜いた。
        d0170835_105442.jpg金管の素晴らしさを挙げたが、これもなるほどといった話で、実はホルンの名手デニス・ブレインも戦後からの一時期加わっており、1954年まで在籍していた。だからロイヤル・フィルは管が伝統的に高い水準なのかも知れない。
        ただ、ビーチャムの死後、その遺志通り、ルドルフ・ケンペに引き継がれたが、「ロイヤル」の名称継承問題などのいざこざで、ケンペが去り、また呼び戻すというゴタゴタがあった。そのためケンペとの録音は比較的少なかった。
        ロンドン交響楽団、フィルハーモニー管、ロンドン・フィルなど安定した経営基盤と違い、常に揺り動いて来たロイヤル・フィルだが、新たな立て直しに、ダニエレ・ガッティが加わり、そのあとをシャルル・デュトワが引き継ぎ、今、ロンドンで最もやる気のある楽団と言われるまでに復活を遂げて来た。
        ここでは、デニス・ブレインの加わっていた頃の演奏、隠れ名盤と噂されるルネ・レイボヴィッツとのベートーヴェン、そしてケンペとの演奏を挙げる。


        d0170835_9504271.jpgワーグナー:
        歌劇「タンホイザー」 - 第3幕 前奏曲
        ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 - Royal Philharmonic Orchestra
        トーマス・ビーチャム - Thomas Beecham (指揮)
        録音: 5 and 8 February 1947, Abbey Road, London, United Kingdom


        d0170835_9343631.jpgベートーヴェン:
        交響曲第3番 変ホ長調 「英雄」 Op. 55
        ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 - Royal Philharmonic Orchestra
        ルネ・レイボヴィッツ - Rene Leibowitz (指揮)
        録音: April - June 1961, London, England, United Kingdom


        d0170835_9362177.jpgブルッフ:
        スコットランド幻想曲 Op. 46
        チョン・キョンファ - Kyung-Wha Chung (ヴァイオリン)
        ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 - Royal Philharmonic Orchestra
        ルドルフ・ケンペ - Rudolf Kempe (指揮)
        録音: May 1972, Kingsway Hall, London, United Kingdom



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        by kirakuossan | 2017-04-06 07:59 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第27回 <オセアニアのオーケストラ> 日本のオケに似通っている? 

        2017年1月25日(水)

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        オセアニアのオーケストラ


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        d0170835_9213254.jpgオーストラリア
        シドニー交響楽団
        オーストラリア室内管弦楽団
        メルボルン交響楽団
        アデレード交響楽団
        クイーンズランド交響楽団
        西オーストラリア交響楽団
        タスマニア交響楽団
        キャンベラ交響楽団
        ニュージーランド
        *ニュージーランド交響楽団
        クライストチャーチ交響楽団



        シドニー交響楽団
        1932年にオーストラリア放送協会によって設立、オセアニアでは最も知名度があり、歴代の首席指揮者陣の顔ぶれも揃っている。
        ユージン・グーセンス(1947~56)ニコライ・マルコ(1957~61)モーシェ・アツモン(1967~71)ウィレム・ヴァン・オッテルロー(1971~78)ルイ・フレモー(1979~82)チャールズ・マッケラス(1982~85)エド・デ・ワールト(1993~2003)ジャンルイジ・ジェルメッティ(2004~08)ヴラディーミル・アシュケナージ(2009~12)デイヴィッド・ロバートソン(2012~)
        オーケストラビルダーのエド・デ・ワールトも10年かけて立て直した。ちょうど就任期間中に2000年のシドニーオリンピックを迎え、開会式での式典の音楽を演奏した。

        d0170835_1059164.jpgリヒャルト・シュトラウス:
        交響詩「英雄の生涯」 Op. 40, TrV 190
        シドニー交響楽団
        エド・デ・ワールト




        メルボルン交響楽団
        1907年創立と唯一戦前から存在し、今年で110周年になる歴史を誇る。ただ歴代の指揮者の顔ぶれはワルター・ジュスキント、クルト・ヴェス、ウィレム・ヴァン・オッテルロー、フリッツ・リーガー・・・と並んでいるがシドニー響にはかなわない。
        岩城宏之が1974年42歳で首席指揮者に就き、87年からは桂冠指揮者になるなどその深いつながりはよく知られるところである。また尾高忠明が2010年より2年間首席客演指揮者の地位にあった。現在、アンドルー・ディヴィスが音楽監督を務める。

        クイーンズランド交響楽団
        クイーンズランド州ブリスベンに本拠を置き、1947年戦後すぐに創立された。2001年にクイーンズランド・フィルハーモニー管弦楽団と合併して、クイーンズランド管弦楽団となったが、2010年に現名称に戻った。歴代の首席指揮者は10人を数えるが著名な指揮者はいない。
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        今年からメキシコの女性指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラが首席に就いた。5年前、東京フィルハーモニー交響楽団を指揮して知られるようになったが、美貌と話題性とが相まってこのオケが見直されるかもしれない。

        ニュージーランド交響楽団
        首都ウェリントンを本拠地とするオーケストラで1946年にラジオ・ニュージーランド運営のオーケストラとして設立された。長く常任指揮者を置かずに来たが、1999年よりイギリス人指揮者ジェームズ・ジャッドが音楽監督に、2000年から5年間はマティアス・バーメルトが首席客演指揮者を務め、続いて2008年よりフィンランド出身のピエタリ・インキネンが音楽監督に就任した。そして昨年3月より名匠エド・デ・ワールトが音楽監督に就任し現在に至る。



        詳しく聴いたことがないので、オーケストラごとの詳細なコメントを記することはできないが、全体的にアンサンブルは良好で、日本のトップレベルのオケの水準に似通っているのではないか。
        オーストラリア放送協会(Australian Broadcasting Corporation)はオーストラリア連邦の公共放送局であるが、通称ABCと呼ばれ、日本でもレーベルとしてもよく知られる。また、ネットラジオでこれらオーストラリアのオーケストラの演奏が高音質で聴けるのも有り難いことである。

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        by kirakuossan | 2017-01-25 07:38 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第26回 <バンベルク交響楽団> 小ベニスの街が生んだ重厚で華麗な響き

        2017年1月16日(月)

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        バンベルク交響楽団

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        バンベルク交響楽団(Bayerische Staatsphilharmonie)は、ドイツ・バイエルン州バンベルクに本拠を置くオーケストラで、戦後すぐに発足され1946年から活動を開始した、比較的新興のオーケストラである。設立当初は名匠ヨーゼフ・カイルベルトが首席に就いた。
        彼は1940~45年と1949~68年の2期に分かれてその地位にあったが、通算すれば四半世紀にわたる。オーケストラの70年の歴史から見れば彼の与えた影響は大きかったと言わねばならないだろう。創立当初にハンス・クナッパーツブッシュが客演したり、カイルベルトに続けて68年から5年間オイゲン・ヨッフムが芸術顧問になり、その後ホルスト・シュタインが1985年から96年まで首席の地位にあったと聞けば、彼ら指揮者の音楽を知る者にとっては、そのオーケストラがどんな音色を聞かせ、どんな響きをさせるかはおおよその見当がつくというものである。一言でいえば、それは”重厚””華麗””渋さ”などを併せ持つ、まさに本格的なドイツ・オーストリア音楽の真髄が堪能できるものである。
        そもそもは、1940年にチェコのドイツ系住民によって創立されたプラハ・ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団(Deutschen Philharmonischen Orchesters Prag)がその前身である。そしてドイツの敗戦後すぐにチェコからドイツへ逃れた同楽団の楽団員が集結して新たにバンベルク・トーンキュンストラー管弦楽団を創立、すぐさまバンベルク交響楽団と改称した。
        1973年ヨッフムの後、しばらく首席の座は空席が続いた。それは実はヨッフム後を引き継ぐことに決まっていたハンガリー生まれの名指揮者イシュトヴァン・ケルテスが不慮の事故で急逝したためである。もしケルテスが健在であったら、当然長きにわたって君臨していたであろうし、楽団に与えた影響は、また違ったものを生んだかも知れない。
        ドイツ北部の港湾都市ハンブルクは人口170万人を擁する大都市であり、そこに構える北ドイツ放送交響楽団、NDRはこの3月に来日し、演奏会を聴きに行く予定だが、バンベルクをいつもこのオケとよく錯覚するが、もちろん全く別の団体である。

        d0170835_11334263.jpgドイツ東部に位置するバンベルクは人口約20万人の小さな都市である。ビールで名高く、また小ベニスと讃えられる世界遺産の町でもある。でもなぜこのような小都市のオーケストラが世界的にも名が通るように有名なったかは、歴代の首席に就いた有能な指揮者の功績によるものだろう。最近でも2000年に入って、ジョナサン・ノットが昨年まで16年間にわたり首席の地位にあり、現在はヤクブ・フルシャが勤める。


        d0170835_1140119.jpg明日、京都大学交響楽団の定期演奏会でマーラーの「復活」を聴きに行くが、今朝はその予習である。ジョナサン・ノットの指揮、バンベルク交響楽団の演奏で聴いている。荘厳な音楽、オケの重厚感ある響きはより心打つ。明日の演奏会を控えて、先に素晴らしい演奏を聴いてしまって逆に後悔している。

        マーラー:
        交響曲第2番 ハ短調 「復活」
        アンネ・シュヴァネヴィルムス(ソプラノ)
        リオバ・ブラウン(アルト)
        バンベルク交響合唱団
        バンベルク交響楽団
        ジョナサン・ノット(指揮)


        そして、往年の名指揮者による演奏も・・・


        d0170835_11571830.jpgモーツァルト:
        セレナード第13番 ト長調 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 K. 525
        バンベルク交響楽団
        ヨーゼフ・カイルベルト(指揮)
        (録音: 1959年)



        d0170835_120137.jpgモーツァルト:
        交響曲第39番 変ホ長調 K. 543
        バンベルク交響楽団
        オイゲン・ヨッフム(指揮)
        (録音:1982年)



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        by kirakuossan | 2017-01-16 10:33 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第25回 <ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団> 王道を行くオランダの名門 

        2016年9月23日(金)

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        ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
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        世界のオーケストラでウィーン・フィルとベルリン・フィルを甲乙つけがたい二大オーケストラとして挙げるのは妥当なところだろうが、ナンバー3となると、これは意見の分かれるところである。シュターツカペレ・ドレスデンやシカゴ交響楽団、あるいは人によってはバイエルン放送交響楽団を挙げるかもしれない。だがオランダの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を外すことはやはりできないであろう。
        コンセルトヘボウとはオランダ語で「コンサートホール」を意味する言葉だが、1888年、アムステルダムにコンセルトヘボウがオープンしたとき、その専属のオーケストラが誕生した。それがまさしくアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、現在のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団である。1888年ということは今年で128年の歴史を数える。ウィーン・フィルが174年、古くはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が273年、シュターツカペレ・ドレスデンにいたっては実に468年と、その長さにおいては遠く及ばないが、ベルリン・フィルの134年に匹敵するものである。
        その128年を迎えるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の第7代首席指揮者としてダニエーレ・ガッティがこの9月9日の「RCOオープニング・ナイト」をもって正式に着任した。ガッティは待ち焦がれた新しい顔である。
        7代を振り返ると・・・メンゲルベルクが戦前の50年にわたり君臨、ハイティンクも28年の長きに及んだ。そしてベイヌムもシャイーも前任のヤンソンスもいずれも10年以上を安定して務め上げた。それからするとすでに54歳であるが、ダニエレ・ガッティも70歳近くまでの就任が予想され、最も若々しい充実した時期にコンセルトヘボウとの演奏が聴けることになりそうだ。

        ①ウィレム・ケス(1888年~1895年)
        ②ウィレム・メンゲルベルク(1895年~1945年)
        ③エドゥアルト・ファン・ベイヌム(1945年~1959年)
        ④ベルナルト・ハイティンク(1961年~1988年)オイゲン・ヨッフム(1961年~1964年)
        ⑤リッカルド・シャイー(1988年~2004年)
        ⑥マリス・ヤンソンス(2004年~2015年)
        ⑦ダニエレ・ガッティ(2016年~)

        d0170835_940528.jpgただここで面白いのは第4代目に弱冠32歳のベルナルト・ハイティンクが就いたが、あまりの若さで後見人的存在として時の長老オイゲン・ヨッフムが3年間共同で首席に就いたことだ。今では押しも押されもしない巨匠ハイティンクにもこんな時代があったのだ。そのハイティンクの時代、彼も40歳半ばになり、ようやくコンセルトヘボウを手中に収めかけた頃、来日公演を聴く機会があった。
        d0170835_938501.jpg1974年4月24日(水)
        フェスティバルホール

        ハイドン:
        交響曲第95番ハ短調
        ラヴェル:
        スペイン狂詩曲
        ドボルザーク:
        交響曲第8番ト長調作品88

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        音の響きも柔らかく、やさしい。卓越した管楽器の響きが、又とくに素晴らしい。
        ウィーン・フィルのようなすましたところがなく、レニングラードのように重々しくもない。楽しく聞かせる陽気なオーケストラである。多分、指揮者ハイティンクの性格にも影響されているのに違いない・・・

        と当時の演奏会記に書いている。


        ブルックナー:
        交響曲第7番 ホ長調 WAB 107 (1885年稿・ハース版)
        ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
        ベルナルド・ハイティンク(指揮)
        (録音: November 1966, Concertgebouw, Grote Zaal, Amsterdam, Netherlands)

        独裁者メンゲルベルクは半世紀にわたり同楽団のアンサンブルを鍛え上げたことは偉大な功績だが、それは管弦のバランスはもとより、弦の合奏が極みつきすぎ、さらに加えてポルタメントの多用によりかえって音楽が軽薄に聴こえるほどでもあった。戦後引き継いだベイヌムは新たな息吹を吹き込み、それを継承したハイティンクの端正で造形美と優れた解釈の音楽が徐々に定着し、マーラーやブルックナーの交響曲を積極的に展開した。そして今のコンセルトヘボウの洗練された響きの基礎を新たに築き上げたといえる。

        ベルリオーズ:
        幻想交響曲 Op. 14
        ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
        ダニエレ・ガッティ(指揮)
        (録音: 31 March, 1 and 3 April 2016, Concertgebouw Amsterdam, Netherlands)

        d0170835_1184480.jpgこれは新しい指揮者を迎えての最新のコンセルトヘボウの演奏である。「幻想」において、昨今の過剰に煽るようないかにも奇をてらうように華美な演奏が横行する中、このガッティとコンセルトヘボウの「幻想」はゆったりと構え、正面突破の実に堂々とした王道を行くものである。とくにIII. Scène aux Champsの美しさ、V. Songe d'une Nuit du Sabbatの正統性はやはり現代のオーケストラ演奏の最高水準をいくものであることを実感させる。こういう演奏を聴くと、来年11月に来日公演が予定されているが、何が何でも聴かなければいけないといった心境になる。ロイヤル・コンセルトヘボウ管は昨今のすこしマンネリ化したマリス・ヤンソンスの演奏と違い、新しい指揮者を迎え、大いなる変身が予感され、要注目である。


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        by kirakuossan | 2016-09-23 07:47 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第24回 <スイス・ロマンド管弦楽団> アンセルメとともに半世紀 

        2016年6月4日(土)

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        スイス・ロマンド管弦楽団

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        スイス・ロマンド管弦楽団(Orchestre de la Suisse Romande)は、1918年に指揮者エルネスト・アンセルメ (1883~1969)によって創設された。アンセルメ35歳のときである。その後、1967年まで実に半世紀にわたって君臨した。だからスイス・ロマンドといえばイコールアンセルメなのである。もう彼が世を去ってから、これまた半世紀近くになるが、未だに彼の名前はロマンドとともにあって、永遠不滅なのである。
        だからロマンドの音楽を語るということは、同時にアンセルメを語ることとほぼ等しい。評論家の小林利之氏がアンセルメ=スイスロマンドに演奏ついて実に適確にとらえた文章があるのでここに挙げる。

        彼のもっとも得意としたレパートリーにおいては、アンセルメ盤がひとつの範例として今なお生き続けているのである。アンセルメが得意だったのはフランス近代から現代の作品、ドビュッシーにラヴェルがそ中心であり、若いころのバレエ・リュッス指揮者としての経験をふまえてバレエ音楽とそれにかかわるストラヴィンスキー、プロコフィエフの作品、あるいはデ・ファリヤなどの音楽に定評があった。
        勿論、アンセルメとてスイス・ロマンド管弦楽団の常任指揮者である職責から、ドイツ・オーストリアをふくむスタンダードなシンフォニック・レパートリーも当然手がけていた。レコーディングの場合においても、ベートーヴェンとブラームスの交響曲全集にまでそのレパートリーは及んでいる。~
        楽曲分析に冷静かつ知性の働く思考の要素が優先されるその演奏は、生き生きと躍動するリズムの鮮烈刻印と、管弦楽の色彩感への凝視にくまどられながらも、時として優雅なファンタジーを消去し、音と音のあいだにただようニュアンスや詩情をフィルターにかけて除去しがちなクールさがなくはない。曲の起伏にゆれうごくべき情感の綾を抑制して、すべてを音色とリズムの変化に、そしてダイナミックスの明暗に割りきってしまう傾向があった。


        これらのことはアンセルメの録音を担当した名プロデューサーのジョン・カルショーも「オーケストラのバランスの精密さに対する耳はあきれかえるほどに凄かった」と評していることからもわかる。

        d0170835_14144164.jpgアンセルメのあとは以下の指揮者が首席に就くが、スイス出身者はわずかにジョルダン一人である。彼は一時期低迷したサウンドを再び復活させ、さらにルイージやブルックナーで境地を開いたヤノフスキにおいて独自の活動が見られるなか、アンセルメ一辺倒の印象は徐々に薄らいできたといえる。
        パウル・クレツキ (1967年 - 1970年)
        ヴォルフガング・サヴァリッシュ (1970年 - 1980年)
        ホルスト・シュタイン (1980年 - 1985年)
        アルミン・ジョルダン (1985年 - 1997年)
        ファビオ・ルイージ (1997年 - 2002年)
        ピンカス・スタインバーグ (2002年 - 2005年)
        マレク・ヤノフスキ (2005年 - 2012年)
        ネーメ・ヤルヴィ (2012年 - 2015年)
        ジョナサン・ノット (2016年 - )

        d0170835_13271715.jpg録音の数はロンドン、デッカを中心に膨大な量にのぼるが、やはりアンセルメとの名盤をさけては通れない。Myライブラリーも結構充実していて、レコードだけでも5~6枚、CDに及んでは相当数になる。アンセルメ盤では代表して最高音質の誉れ高い「展覧会の絵」を挙げる。これはレコードで聴くと、もう身震いするぐらいの生々しい楽器の音が愉しめる。


        ムソルグスキー:
        組曲「展覧会の絵」
        スイス・ロマンド管弦楽団
        エルネスト・アンセルメ(指揮)
        録音: 1960


        それともう一枚はジョルダンのマーラーである。

        マーラー
        交響曲第3番 ニ短調
        スイス・ロマンド管弦楽団
        アルミン・ジョルダン(指揮)


        2012年秋からは若手の日本人指揮者山田和樹が同楽団の首席客演指揮者に就き、録音も比較的積極に取り組んでいるが、まだまだその実力は未知数であって、人気先行の感が強い。今年もバーミング市響とともに里帰り的迎え方をされ、チラシなどには”ヨーロッパで躍進するヤマカズの指揮・・・”云々と掲げているが、ヤマカズといえば、あくまでも「日本人指揮者の最高峰のひとり山田一雄」のことを指すのが常識であって、むやみやたらに知らずしてヤマカズというものではない。山田和樹などはまだまだ10年以上早いのである。


        .
        by kirakuossan | 2016-06-04 12:30 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第23回 <ウィーン交響楽団> ウィーンの香りも持ち合わせた国際感覚の音楽

        2016年3月10日(木)

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        ウィーン交響楽団

        d0170835_1162554.jpg
        イギリスのロンドンではロンドン交響楽団に劣らずフィルハーモニー管弦楽団が素晴らしい、パリではパリ管弦楽団もよいが、フランス国立管弦楽団も負けてはいない、プラハでいえば、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団に対してプラハ交響楽団の存在、そして東京でもNHK交響団より読売日本交響楽団の方が魅力あるように、どこの芸術都市にもNO2と言われるオーケストラに優れた楽団があることが多い。オーストリアの音楽の都ウィーンにおいても、ウィーン・フィルハーモニーに次ぐこのウィーン交響楽団の歴史と実力は欧米でもトップクラスに位置し、奏でる音色はどの音楽にも通じるレベルの高いものである。

        その実力のほどは歴代の指揮者の顔ぶれを眺めても想像がつくものである。
        フェルディナント・レーヴェ(1900年 - 1925年、首席指揮者)
        ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1927年–1930年、ウィーン演奏協会音楽監督)
        オズヴァルト・カバスタ(1934年 - 1938年、首席指揮者)
        ハンス・スワロフスキー(1946年 - 1948年、首席指揮者)
        ヘルベルト・フォン・カラヤン(1948年 - 1960年、ウィーン演奏協会音楽監督)
        ヴォルフガング・サヴァリッシュ(1960年 - 1970年、首席指揮者)
        ヨーゼフ・クリップス(1970年 - 1973年、芸術顧問)
        カルロ・マリア・ジュリーニ(1973年 - 1976年、首席指揮者)
        エーリッヒ・ラインスドルフ(1976年 - 1978年、首席指揮者)
        ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(1980年 - 1982年、首席指揮者)
        クリストフ・エッシェンバッハ(1982年 - 1986年、首席指揮者)
        ジョルジュ・プレートル(1986年 - 1991年、第一客演指揮者)
        ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス(1991年 - 1996年、首席指揮者)
        ウラジミール・フェドセーエフ(1997年 - 2005年、首席指揮者)
        ファビオ・ルイージ(2005年 - 2013年、首席指揮者)
        フィリップ・ジョルダン(2014年 - 、首席指揮者)

        d0170835_9441580.jpgd0170835_9442681.jpg
        戦前ではフルトヴェングラーが、戦後ではカラヤン、サヴァリッシュ、クリップス、ジュリーニ・・・とその偉大な系譜は続いていく。最近ではフェドセーエフの後をルイージが引き継ぎ、今は期待のフィリップ・ジョルダンが一昨年から率いている。
        1900年に創立され、116年にも及ぶ長い歴史の中にあって、不遇な歴史に翻弄されてきた時期もあるが、演奏水準を落とすことはあってもウィーンでの”音楽する”心を絶やすことなく守り続けてこれたのは、こういった優れた指揮者の下に歩んできた幸運があったのだろう。
        しかも偏った一人の指揮者でなく、多くが2~3年のd0170835_10371351.jpg比較的短い期間の就任であったのが結果としてこのオーケストラに好結果をもたらしたのではないか。数年間、ナチス政権の「文化管弦楽団」政策に組み入れられ、ナチスの宣伝目的のため、軍需工場の中での演奏という任務に従事させられた暗黒の体験を払しょくし、戦後いち早く軌道に乗せる重要な役割を果したのが、自らも後に芸術顧問として係わるが、ヨーゼフ・クリップスである。


        シューベルト:
        交響曲第9番 ハ長調 「ザ・グレート」 D. 944
        ウィーン交響楽団
        ヨーゼフ・クリップス(指揮)
        録音: 8 August 1972, Live recording, Stadthalle Bregenz, Austria(49:53)

        その後の指揮者が、ドイツ人以外でも、イタリア、フランス、スペイン、ロシアと色んな指揮者の血が混じることが、世界に通用する国際的なオーケストラに成長した最大の要因であろう。そうかといって、その根底にある独特の”ウィーンの香り”も片方で持ち合わせている、という贅沢なオーケストラなのである。
        d0170835_10594122.jpgこのオーケストラのさらなる新しい発展はこの若きスイス人指揮者フィリップ・ジョルダンの双肩にかかっている。

        シューベルト:
        交響曲第9番 ハ長調 「ザ・グレート」 D. 944
        ウィーン交響楽団
        フィリップ・ジョルダン(指揮)
        録音: 11-12 April 2015, Musikverein, Vienna, Austria(54:50)


        ウィーンが生んだ偉大な作曲家シューベルトの楽曲をウィーンを代表するオーケストラの新旧二人の演奏で聴き比べるのも悪くない。なおクリップスはこの「グレート」シンフォニーは昔より愛し、得意の曲とした。

        あっ、そうそうニコラス・アーノンクールはこのオーケストラのチェロ奏者だった。


        by kirakuossan | 2016-03-10 09:23 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第22回 <フィラデルフィア管弦楽団> 銀光輝くサウンドの復活

        2015年12月11日(金)

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        フィラデルフィア管弦楽団
        d0170835_10434481.jpg
        ようやく大阪でアメリカのオーケストラの演奏会が来年6月に聴ける。最近の傾向としてアメリカのオケは東京や横浜だけで公演をやってそのまま地方公演も行わず帰国してしまうことが続いた。アメリカ一流の名門オーケストラが、しかもフィラデルフィア管弦楽団がフェスティバル・ホールにやって来るのは朗報である。昨年も来日したが関西へは来なかったから東京公演だけで終わってしまうのではと半分諦めていたので喜びは倍増である。もちろん先行販売でチケットを購入した。珍しくC席がまだ1席だけ残っていた。これもラッキー! 
        3階席奥だがちょうど真ん中あたりなので音響的には良好のはずである。

        フィラデルフィア管弦楽団は僕にとっては憧れの楽団である。過去に、ニューヨーク・フィルやクリーヴランド管弦楽団は聴く機会があったがフィラデルフィア管はなかった。振り返ってみると、どうしてかアメリカのオーケストラは何時でも聴けるとたかをくくってきたのか、意外と少ない。圧倒的にヨーロッパやロシアの楽団であった。だからアメリカのビッグ5のうち、このフィラデルフィアとあとシカゴ、ボストンはどうしても聴かなければ収まらないのである。その一つがついに来年実現するわけだ。ただシカゴ響も来年早々に来日するのだが東京公演だけなので今回は断念せざるを得ない。

        フィラデルフィア管弦楽団は1900年創立、古さではビッグ5の中では新興の方である。何といってもユージン・オーマンディとの蜜月期間は長く、42年に及んだ。ボストン響小澤征爾の29年、クリーヴランド管のジョージ・セルが24年、シカゴ響のゲオルグ・ショルティが22年、それらをはるかに凌ぐ長さである。その間に培われた華麗なサウンドはもともとはレオポルド・ストコフスキーが24年の歳月をかけて醸成したものであったが、それを引き継ぎさらに磨きをかけてオーマンディが”フィラデルフィア・サウンド”を完成させた。その特徴は、音色の輝き、美しさにあり、他のどのオケにも出せないような魅惑的な音色とされた。アンサンブルではセルのクリーヴランドに軍配が上がったかもしれないが、華麗さではパリ管と並んで独自の色合いを見せ、一世を風靡した。ちょうどその全盛期に録音された「悲愴」と「幻想」のLPは擦り切れるほど聴いたものである。梅津氏が「このまま心臓が止まってしまいそうや」と呟いたのはこのオーマンディとフィラデルフィア管の「悲愴」(1968年盤)であった。
        d0170835_1212513.jpg
        歴代音楽監督・首席指揮者
        フリッツ・シェール(1900~07)
        カール・ポーリヒ(1908~12)
        レオポルド・ストコフスキー(1912~38)
        ユージン・オーマンディ(1938~80)
        d0170835_16255759.jpgリッカルド・ムーティ(1980~92)
        ヴォルフガング・サヴァリッシュ
        (1993~2003)
        クリストフ・エッシェンバッハ
        (2003~08)
        シャルル・デュトワ(2008~)
        ヤニック・ネゼ=セガン(2012~)



        オーマンディの後任に若きリッカルド・ムーティが就いたが12年間でその輝きの上に音楽的な要素も徐々に織り込んだ。それを継いだのがヴォルフガング・サヴァリッシュであるが、この10年でサヴァリッシュの学術的な解釈を持ち込んだことがマイナスに作用して、僕は”フィラデルフィア・サウンド”が色褪せたと言われるようになったと思っている。その後、クリストフ・エッシェンバッハが盛り返し、現在の期待の星ヤニック・ネゼ=セガンに引き継いだ。
        これから真に銀光輝く”フィラデルフィア・サウンド”が復活なるか、また楽団が経営難に陥って久しいが破綻から再生、復活へと、音楽・経営両面で40歳の若きリーダーの双肩にかかっているのである。そのセガンが来年日本にやって来る。

        「悲愴」三代聴き比べ

        チャイコフスキー:
        交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 Op. 74
        フィラデルフィア管弦楽団 - Philadelphia Orchestra
        ユージン・オーマンディ - Eugene Ormandy (指揮)
        (1981年)

        交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 Op. 74
        フィラデルフィア管弦楽団 - Philadelphia Orchestra
        リッカルド・ムーティ- Riccardo Muti (指揮)
        (1978年)

        交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 Op. 74
        フィラデルフィア管弦楽団 - Philadelphia Orchestra
        クリストフ・エッシェンバッハ - Christoph Eschenbach (指揮)
        (2006年)


        この2006年のディスクについては、kirakuossanが偶然にも5年前の12月11日にNMLに投稿している記事がある。

        レビュアー: kirakuossan 投稿日:2010/12/11
        d0170835_14112899.jpg2008年5月クリストフ・エッシェンバッハがフィラデルフィア管弦楽団を率いて来日した際にあわせて発売された。 第1楽章の第2主題の美しさ,第4楽章の激しく聴かせる盛り上がり方などいずれも見事で非常に完成度の高い演奏だ。この見事に銀光輝く”フィラデルフィア・サウンド”と、持ち前のクールさを失わず、綺羅びやかに響き、冴えわたるエッシェンバッハの指揮は、まさに絶妙の融合だ。しかし、実はこのコンビも一昨年すでに解消、惜しい気がする。
        by kirakuossan | 2015-12-11 10:39 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第21回 <ボストン交響楽団> ”弦のボストン” 

        2015年9月19日(土)

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        ボストン交響楽団
        d0170835_5563186.jpg
        よく言われることだが、ボストン交響楽団はアメリカのオーケストラのビッグ5の一角を占めると。その5つのオーケストラとは意見の分かれるところであるが、50年前の1960年代、アメリカの華やかし時代のビッグ5という前提条件をつければボストン交響楽団は確実に入るし、他にはシカゴ交響楽団、クリーヴランド管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、そしてニューヨーク・フィルハーモニックが挙げられる。これらに共通していえることは、その時代の首席指揮者が名実ともに偉大であったということだろう。シカゴは第1期黄金時代を築いたフリッツ・ライナーだったし、クリーヴランドは言わずと知れたジョージ・セルであったし、フィラデルフィアはもちろんユージン・オーマンディ、ニューヨークは弱冠39歳で常任に就いたレナード・バーンスタインであった。そしてボストン交響楽団はシャルル・ミュンシュである。この5人の名前を挙げるだけでゾクゾクしてくるのであるが、いずれも甲乙つけがたい大巨匠ばかりであった。(バーンスタインは後になるが)

        d0170835_5554212.jpgそのシャルル・ミュンシュの演奏を録音した「グレート・コンダクターズ - シャルル・ミュンシュ(1960-1961)」というディスクが昨日のNMLの新着タイトルで登場した。シューマンの「春」と「マンフレッド」序曲、それに好きな曲であるサン=サーンスの交響曲第3番ハ短調 「オルガン付き」が収録されていたが、このサン=サーンスの3番を耳にして、即座にこれは名演奏であると悟った。そこですぐに調べてみると、その通りで、ある音楽書物には同曲のBEST1として紹介されていた。評論家小石忠男はこう評する。
        ボストン交響楽団は、ミュンシュによって彼らの黄金時代を築いた。いっぽうでアンサンブルの規律が弛緩したというきびしい意見もあるが、ミュンシュの健康で輝かしい、豪壮な力感をもった音楽は、やはり空前絶後の芸術を生み出したといってよい。このサン=サーンスの《オルガン付き》は、そうした彼らの代表的な名盤のひとつである。

        d0170835_7154022.jpgサン=サーンス:
        交響曲第3番 ハ短調 「オルガン付き」 Op. 78
        ベルイ・ザムコヒアン(オルガン)ほか
        ボストン交響楽団
        シャルル・ミュンシュ(指揮)
        (録音: 1960, Boston, United States)


        ミュンシュとボストン響には1950年代のハイフェンツとのベートーヴェンとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、或はベルリオーズの「幻想交響曲」が稀代の名盤と誉れ高いが、これもそれに匹敵する演奏ではないかと思う。

        d0170835_791870.jpgボストン交響楽団は、10代目常任のピエール・モントゥー(1919-1924)のあとを引き継いだ元コントラバス奏者であったセルゲイ・クーセヴィツキー(1924-1949)は指揮はいつまでも素人の域を脱しなかったと評されることもあるが、楽団の弦楽器の水準は大いに高めた。”金管のシカゴ”に対して、ここに”弦のボストン”といわれる伝統を作り上げた。そしてシャルル・ミュンシュ(1949-1962)の13年間常任のあとは長く低迷期が続くことになる。エーリヒ・ラインスドルフ(1962-1969)ウィリアム・スタインバーグ(1969-1972)、そして小澤征爾(1973-2002)その期間40年。
        ここでもアンサンブルの乱れを修正すべくドイツ人指揮者ラインスドルフが登用されるわけだが、演奏曲目も含めてあまりにもミュンシュと正反対の動きをするために期待通りの活躍が出来なかった。またここで小澤征爾との30年間という異常な長さをどう判断するかだが、小澤は38歳で就任し、実に幅広いレパートリーを駆使して数多くの録音をこなしたが、正直どれだけの名演を残したか?厳しいようだが、ボストン響にとってはあまりにも長すぎた30年ではなかったか。むしろこの時期、レナード・バーンスタインやコリン・デイヴィスなどの客演指揮者との名盤が光る。バーンスタインとのリスト作曲「ファウスト交響曲」、コリン・デイヴィスのシベリウス交響曲全集などはその代表的なものである。デイヴィスはシベリウスを得意とし、2番などシュターツカペレ・ドレスデンやロンドン響と録音しているが、このボストン響との演奏が最初のものであった。
        小澤のあとを継いだ実力指揮者ジェームズ・レヴァイン(2004-2011)は残念ながら体調もすぐれず、期待されたほどの活躍は出来なかった。そして先日ゲバントハウス管弦楽団のカペルマイスター就任を報じたあのアンドリス・ネルソンスを昨年から音楽監督に迎え、ようやく新しい時代を開こうとしている。
        by kirakuossan | 2015-09-19 06:28 | 世界のオーケストラ | Trackback

        世界のオーケストラ/第20回 <ロンドン交響楽団>  女王陛下のオーケストラ

        2015年8月19日(水)

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        ロンドン交響楽団

        ドイツ、フランス、チェコ、ロシア、イタリア、北欧、アメリカなどその国の主要なオーケストラは長年の間に順番に聴いてきたが、一つ残っていたのがロンドン交響楽団である。いつでも聴けそうなのになぜか今日に至った。そしてこの10月についに初めて生の演奏を聴く機会に恵まれた。
        ロンドン交響楽団は、「1904年にクィーンズホール管弦楽団のメンバーを中心に英国初の独立採算、自主運営のオーケストラとして発足。同年6月9日にクィーンズホールにおいて、ハンス・リヒターの指揮で第1回コンサートを開催した。その後、リヒターは首席指揮者に就任し、1911年にエドワード・エルガーにその座を譲るまで楽団の基礎を固める」とある。

        d0170835_939980.jpg

        首席指揮者の変遷
        1904年-1911年 ハンス・リヒター
        1911年-1912年 エドワード・エルガー
        1912年-1914年 アルトゥール・ニキシュ
        1915年-1916年 トーマス・ビーチャム
        1919年-1923年 アルバート・コーツ
        1930年-1931年 ウィレム・メンゲルベルク
        1932年-1935年 ハミルトン・ハーティ
        1950年-1954年 ヨーゼフ・クリップス
        1961年-1964年 ピエール・モントゥー
        1965年-1968年 イシュトヴァン・ケルテス
        1968年-1979年 アンドレ・プレヴィン
        1979年-1983年 クラウディオ・アバド(83~88年:音楽監督)
        1987年-1995年 マイケル・ティルソン・トーマス
        1995年-2006年 コリン・デイヴィス
        2007年-2015年 ヴァレリー・ゲルギエフ
        2017年-     サイモン・ラトル(予定)

        10月の京都でのコンサートはベルナルト・ハイティンク指揮によるブルックナーの交響曲第7番ホ長調だが、ハイティンクは過去にコンセルトヘボウ(1974年)、ドレスデン・シュターツカペレ(2004年)との共演で聴いたが、今回は3度目となる。彼も86歳の高齢となり、得意の完成されたブルックナーを楽しみにしている。
        首席指揮者の顔ぶれを見るとその豪華さに圧倒される。戦前の指揮者の凄さもさることながら1960年代以降も途切れることなくその伝統は守りぬかれた。ピエール・モントゥーとの名演奏の数々、さらにコリン・デイヴィスとのコンビは印象に強く残る。d0170835_10503329.jpgとくに、2000年に自主レーベルLSO LIVEを設立してからさらに身近に聴く機会が増え、コリン・ディヴィスとの名演、そしてd0170835_10462697.jpgベルナルト・ハイティンクもベートーヴェンやブラームス、ブルックナーの交響曲を録音している。それらのどれもが高い水準の音楽に達している。なのに常に付いて回るのが、ウイーン・フィルやベルリン・フィルとの比較における一段下がった印象である。たとえば「音色にこれといった特色がない」、「どんな音楽にも対応する器用なオケ」といったことだが、これは同じ英国の名門オーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団にも言えることだった。しかし、その偏見は一昨年の2月に聴いたフィルハーモニア管弦楽団の演奏会でものの見事に覆されたしまったものだった。今度聴くロンドン交響楽団もその時と同じ印象を受けそうな予感がする。フィルハーモニア管弦楽団との比較においてもこれまた愉しみ大である。


        ブルックナー:
        交響曲第9番 ニ短調 WAB 109 (1894年初稿・ノヴァーク版)
        ロンドン交響楽団
        ベルナルド・ハイティンク(指揮)
        録音: 17-21 February 2013, Barbican, London
        by kirakuossan | 2015-08-19 10:50 | 世界のオーケストラ | Trackback

        信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


        by kirakuossan

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        d0170835_9203688.jpgシマノフスカ:
        夜想曲 変ロ長調

        グリンカ:
        歌曲「ひばり」

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