ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

2017年 05月 09日 ( 2 )

一旦は地面に落としてしまわないことには”した”気がしないのではないか?

2017年5月9日(火)

ちょっと息抜きに小噺を3つほど。

その1
息子からの又聞きで、犬のウンチの話。散歩に連れているわんちゃんが大きい方の用をたすとき、飼い主は後始末をするのが当然だが、周囲をぐるぐる回り出したら、いち早く察知して地面に新聞紙を敷いたりして対応するわけで、これも結構面倒なもので大変。そこである飼い主が思いついたのは、もよおしてきたら、さっとビニール袋を広げて尻の下で待機して、直接につかみ取ってしまおうというもの。だから、ウンチは地面に落ちることもなく、たしかに段取りは良い。でもいくらわんちゃんにしてみても、やはり引力の作用で一旦は地面に落としてしまわないことには”した”気がしないのではないか? と松ちゃんがわんちゃんの身になって心配していた。
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その2
うちのばーさんがきのうの夕方、自分の手の爪を器用に切っていた。たいしたものだと褒めていたら、しばらくして足の爪もついでに切ったらどうかと尋ねてみると、「夜に爪を切ると親の死に目に会えんからやめとくわ」と94歳の母が云った。「・・・・・」

その3
これはだいぶ前だが、孫娘がまだ小学校の低学年のときのこと。毎日の学校の行きかえりにそば屋の前を通る。そこは地元でも老舗のそば屋で表に大きな水車がいつも廻っている。そこに石を集めては水車の中に入れて止まるかどうか、確かめていた。これは私も一度機会があればやってみたいな、と思ったりもするのです。


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by kirakuossan | 2017-05-09 16:04 | 偶感 | Trackback

世界のオーケストラ/第29回 <パリ管弦楽団> はたしてフランス独特の煌びやかさは今もあるのか?

2017年5月9日(火)

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パリ管弦楽団 


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パリ管弦楽団のことを語る時、避けて通れないのは、アンドレ・クリュイタンスとともに初来日した前身のパリ音楽院管弦楽団のことであろう。1964年4月、大阪国際フェスティバル協会の招聘によってフランスのオーケストラが初めて日本の土をふんだ。このときは4日連続フェスティバルホールでの演奏会で幕を開けた。公演初日はオール・ラヴェルプログラム。
ラヴェル/スペイン狂詩曲
ラヴェル/マ・メール・ロア組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ラヴェル/クープランの墓
ラヴェル/亡き王女の為のパヴァーヌ
ラヴェル/ダフニスとクロエ第2組曲
これには日本の聴衆も最初から度肝を抜かれたことだろう。そして翌日以降に、ブラームス(4番)を聴き、ベートーヴェン(7番)、そして東京文化会館の公園ではベルリオーズの「幻想」の演奏を直に聴き、魅了され続けた。聴衆たちは「これは日本のオケは永遠に追いつけない」といったことを実感したのである。
その3年後、名匠クリュイタンスが急逝すると同時に、パリ音楽院管弦楽団が発展的解消し、1967年、今から50年前にパリ管弦楽団が誕生する。初代の首席に就いたのがクリュイタンスの先輩格シャルル・ミュンシュ(1969~71)であった。
以下、個性に富む豪華陣が順に名を連ねる。 音楽顧問にヘルベルト・フォン・カラヤン(1969~71)ゲオルク・ショルティ (1972~75)ダニエル・バレンボイム (1975~89)セミヨン・ビシュコフ (1989~98年)芸術顧問にクリストフ・フォン・ドホナーニ (1998~2000) クリストフ・エッシェンバッハ (2000~08年)パーヴォ・ヤルヴィ(2010~16年)ダニエル・ハーディング(2016~) そしてこの顔ぶれを見て気づくことは、クリュイタンスがベルギー人であり、ミュンシュももとはドイツ人で壮年になってから帰化した。以下、ドイツ系のシェフが続いたにもかかわらずサウンドは一貫してフランス的な明るさと煌びやかさを維持したという不思議さである。低弦を効かせたドイツ的響きとは明らかに一線を画している。ベルリンフィルに対抗できる世界的オーケストラが目指されたされるパリ管、発足当初から合奏力が高かったが、フランスの香りそのものも守られ続けて来たのである。

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ドイツ、オーストリア、ロシア、イギリス、イタリアそしてアメリカのオーケストラを数多く聴いて来た自分にとって最後に残されたのがフランスのオーケストラであった。2013年10月にフランス放送管、そして翌11月、ついにパリ管の演奏に接することが出来た。好きな曲目のサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」を、首席パーヴォ・ヤルヴィの指揮で京都コンサートホールのパイプオルガンで聴いた。このときの印象を書き記しているが、これがまた意外なものであった。


d0170835_08582605.jpg京都コンサートホールのオルガンの響きは想像をはるかに越えるものだった。それは第一楽章後半での弦楽による瞑想的な主題を、低く物静かな伴奏で支える。もうこの部分からしてこれは只事では済まない予感がする。そしてまだかまだかと待ちわびて、ついに第二楽章後半のあの壮麗な響きを呼び起こす。もうこれは天国にでも登りつめて行くような厳かさである。
あとは力強いファンファーレやフーガが続き、一気に終曲へと突っ走る。
サン=サーンス交響曲第3番 「オルガン付」の、今まで聴いた中での最高の演奏であった。オルガンはティエリー・エスケシュ。国際的にも知られるオルガニストであり作曲家でもある。
パリ管弦楽団煌びやかな印象はまったくしなかった。どちらかといえば弦は思いのほか太い響きで、管楽器は平均的な音色、すこし意外な思いがした。でもアンサンブルはさすがで、パーヴォ・ヤルヴィが云っていた、”室内楽的アンサンブル”が分るような気がする。パーヴォ・ヤルヴィは基本に忠実な指揮者で、決して派手な動きはしないが、オーラが漂っていた。
(2013年11月2日記)


パリ管の持つ印象と、実際に演奏を聴いての印象とは食い違いが生じるものだ。ドイツ系の指揮者で育てられてきたフランスのオーケストラ、果してその音色は50年前と変わってきたのかどうか、もう一度検証してみたい気がする。
ここにクリュイタンス&パリ音楽院管、ミュンシュ&パリ管、ビシュコフ&パリ管、それぞれの「幻想」がある。はたして音色に変遷はあるのか。


幻想交響曲 Op. 14

Symphonie fantastique, Op. 14

    • 録音時期:1955年

    幻想交響曲 Op. 14

    Symphonie fantastique, Op. 14

      • 録音時期:1967年11月

      幻想交響曲 Op. 14

      Symphonie fantastique, Op. 14


        なお、ミュンシュとパリ管の演奏は、フランス政府が威信をかけたオーケストラ創立の最初の演奏会で、1967年11月14日にパリのシャンゼリゼ劇場でおこなわれた。この記念碑的な最初の演奏が今でも同曲の最上の名盤とされている。


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        by kirakuossan | 2017-05-09 07:45 | 世界のオーケストラ | Trackback

        信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


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        d0170835_9203688.jpgシマノフスカ:
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