ホンマ!気楽おっさんの蓼科偶感

2017年 05月 02日 ( 4 )

日本の原風景 六合

2017年5月2日(火)
d0170835_19322120.jpg
d0170835_21022550.jpg
d0170835_20023738.jpg尻焼温泉に行く手前に六合と書いてクニという村落がある。
「日本で最も美しい村」を目指す。
垂れ桜の下で、花吹雪にあいながら昼を摂る。
赤い陸橋の遥か彼方に聳えるのは浅間である。
ここには確かに日本の原風景がある。
d0170835_20552917.jpg
d0170835_20075544.jpg
d0170835_19544340.jpg
d0170835_19415111.jpg
.

by kirakuossan | 2017-05-02 19:31 | 新日本紀行 | Trackback

最高の温泉日和 ~尻焼温泉

2017年5月2日(火)
d0170835_16464665.jpg

d0170835_16472437.jpg尻焼温泉は群馬県吾妻郡中之条町にある川原の温泉。吾妻川支流の白砂川のさらに支流、長笹川沿いに湧いており、名前の由来は川底から湧出している温泉で温められた石に腰を下ろして痔を治したこととされ平家の落人によって発見されたと伝えられる。川沿いに3軒の温泉宿があるが、誰でも自由に川に降りて湯に浸かることが出来る。勿論無料。
d0170835_16451855.jpg
d0170835_16505906.jpg
前回来たときにアブに刺されてひと月近く太腿が腫れたこともあって、今日は十分に注意して入る。群馬から来た常連さんがいて、云うには、「梅雨明けからアブが出るので気をつけないといけない。それまでは大丈夫」
別荘から車で2時間、ここから草津温泉も目と鼻の先だが、向こうはゴールデンウイークで多分ごったがえしているだろうけれど、こちらは10数人ほどで、ゆっくりと浸かれる。しかも泉温が41~42℃くらいと長湯も出来る適温。ただ天候など自然に左右されやすいので温度は日によってまちまちらしいが、今日は桜を見ながら、外気温も温かく最高の温泉日和でありました。

泉質:カルシウム・ナトリウム・硫酸塩・塩化物温泉
.

by kirakuossan | 2017-05-02 09:20 | 温泉♨ | Trackback

”変な老人”?

2017年5月2日(火)

d0170835_08584210.jpg
d0170835_08591624.jpg明治おいしい牛乳、やはりキャップ付きは関西圏だけのようで、ここ甲信越地方では旧来のままだ。でもこちらの、3回に1回は尻洩れする注ぎ口の方がおいしい牛乳に思える。
ところで、今度の文学温泉紀行に彼も連れていこう。車中泊なのでこの風貌だと立派な用心棒になるだろう。人が見たら多分”変な老人”に映るだろうな。
そこが面白い。


.

by kirakuossan | 2017-05-02 08:55 | 偶感 | Trackback

吉本隆明の小林秀雄論

2017年5月2日(火)
d0170835_07044101.jpg
昨日、茅野へ買い出しに行ったついでにいつものように先にBOOK OFF に立ち寄り、吉本隆明の『悲劇の解読』を買う。吉本が、青年期に心から没入し、読み耽った太宰治、小林秀雄、横光利一、芥川龍之介、宮沢賢治についての論考集。

吉本は自らを、戦時中は軍国青年で、戦後はすぐ左に行ってしまったと回顧するが、小林秀雄は「事変に黙って処する」といった一貫した考えを持ち、敗戦の放心状態にあっても戦前から同様の立場を貫いた点をあげ、また吉本は小林秀雄の「マルクスの悟達』に至るまでの文章を挙げて「マルクスを一番良く理解していたのは小林だった」と評価している。


記憶をたどると小林秀雄の『ドストエフスキイの生活』を手に入れたのは昭和十七年ごろである。おなじ寮にいた湯玉輝という台湾の留学生の書棚にあるのをみつけて、湯さんいい本をもっているじゃないかというと、かれはキミニアゲヨウといって進呈してくれた。ようするにかれはキミモ魂が飢エテイルノカといって恵んでくれたのにちがいない。『ドストエフスキイの生活』やときどき雑誌でみかけた古典についての断片にあらわれた小林秀雄は、がさつな戦争政策追従の思潮を尻目に、見事な文学的な彫琢で孤独な内部の声を練りあげていた。なにが書かれているかよりも、書かれたということが重要だというように存在した。なにが書かれているかを重視してこれらの作品が読まれるようになったのはむしろ戦後である。だがもう一方でなにが書かれているかが重要であるといった作品が、実生活に処する倫理として書かれていた。そしてわたしは明らかに読みちがえていた。この方の作品は平凡な生活人の声として読むべきなのに非凡な批評家の肉声が、平凡な青年に語りかけるものとして受けとっていた。魂が沈むときは思想も実生活も沈むのに、かれのとった方法は両者を戦術的に分離することだったようにみえる。生活者小林秀雄の声は、覚悟して戦争に応じる庶民というところで実感のこもった戦争に処する態度を披瀝していた。このふたつのあいだに連結し架橋するものは小林秀雄のどこにもなかった。そして作品はますます孤独な営為になってゆき、時勢論は歯切れのよいタンカを吐いて戦争に処する決意をのべることになり、このふた色の距離は拡がるばかりだった。


日本に生まれたといふ事は、僕等の運命だ。誰だって運命に関する智慧は持ってゐる。大事なのはこの智慧を着々と育てる事であって、運命をこの智慧の犠牲にする為にあはせる事ではない。自分一身上の問題では無力な様な社会道徳が意味がない様に、自国民の団結を顧みない様な国際正義は無意味である。僕は、国家や民族を盲信するのではないが、歴史的必然病患者には間違ってもなりたくはないのだ。日本主義が神秘主義だとか非合理主義だとかいふ議論は、暇人が永遠に繰返してゐればいいだらう。いろんな主義を食ひ過ぎて腹を壊し、すっかり無気力になって了ったのでは未だ足らず、戦争が始まっても歴史の合理的解釈論で揚足の取りっこをする楽しみが捨てられず、時来れば喜んで銃をとるといふ言葉さへ、反動家と見られやしないかと恐れて、はっきり発音出来ない様なインテリゲンチャから、僕はもう何物も期待する事が出来ないのである。(「戦争について」小林秀雄)

どこかしら今の世相とあまりにも似通ってはいないか、もし今、小林秀雄がいたら、どう語り、どう処すだろう。多分彼はこう嘆くだろう。
「やはり智慧は着々と育っては来なかったのだ。それだけのことだ」

小林秀雄は吉本隆明より二回り年長であった。



.

by kirakuossan | 2017-05-02 07:04 | 文芸 | Trackback

信州の名峰蓼科山麓の女神湖近くの山荘"tutti”は標高1650mにある。これほどの高地にある別荘は日本でもそう多くはない。だから平地とは気温が10℃も違うのです。


by kirakuossan

プロフィールを見る





ブログパーツwww.rock-roll-bands.com





47NEWS

世界時計

・・・・・・・・・・・・・・・
exciteカウンター
369729
直近1週間訪問者数
353
364
468
456
452
409
386(昨日)
2888


d0170835_742451.jpg
d0170835_9203688.jpgシマノフスカ:
夜想曲 変ロ長調

グリンカ:
歌曲「ひばり」

カテゴリ

タグ

記事ランキング

以前の記事

フォロー中のブログ

ブログジャンル