2017年 03月 22日
「火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました」 |
2017年3月22日(水)
「去年の木」
新美南吉
いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。小鳥はいちんちその木の枝で歌をうたい、木はいちんちじゅう小鳥の歌をきいていました。
けれど寒い冬がちかづいてきたので、小鳥は木からわかれてゆかねばなりませんでした。
「さよなら。また来年きて、歌をきかせてください。」
と木はいいました。
「え。それまで待っててね。」
と、小鳥はいって、南の方へとんでゆきました。
春がめぐってきました。野や森から、雪がきえていきました。
小鳥は、なかよしの去年の木のところへまたかえっていきました。
ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。根っこだけがのこっていました。
「ここに立ってた木は、どこへいったの。」
と小鳥は根っこにききました。
根っこは、
「きこりが斧でうちたおして、谷のほうへもっていっちゃったよ。」
といいました。
小鳥は谷のほうへとんでいきました。
谷の底には大きな工場があって、木をきる音が、びィんびィん、としていました。
小鳥は工場の門の上にとまって、
「門さん、わたしのなかよしの木は、どうなったか知りませんか。」
とききました。
門は、
「木なら、工場の中でこまかくきりきざまれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ。」
といいました。
小鳥は村のほうへとんでいきました。
ランプのそばに女の子がいました。
そこで小鳥は、
「もしもし、マッチをごぞんじありませんか。」
とききました。
すると女の子は、
「マッチはもえてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプにともっています。」
といいました。
小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。
それから、去年の歌をうたって火にきかせてやりました。火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました。
歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました。それから、どこかへとんでいってしまいました。
新美南吉(1913~1943年3月22日)児童文学作家。愛知県知多郡半田町に生まれ、安城高等女学校の教員を亡くなる直前までの5年間務める。「北の賢治、南の南吉」と呼ばれ、教師を務め若くして亡くなった童話作家という共通点から宮沢賢治と比較される。賢治が独特の宗教観・宇宙観で語るのに対し、南吉は主観的・情緒的な視線で自分の周囲を見つめた。代表作に「手袋を買いに」「ごん狐 」などがある。
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「去年の木」
新美南吉
いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。小鳥はいちんちその木の枝で歌をうたい、木はいちんちじゅう小鳥の歌をきいていました。
けれど寒い冬がちかづいてきたので、小鳥は木からわかれてゆかねばなりませんでした。
「さよなら。また来年きて、歌をきかせてください。」
と木はいいました。
「え。それまで待っててね。」
と、小鳥はいって、南の方へとんでゆきました。
春がめぐってきました。野や森から、雪がきえていきました。
小鳥は、なかよしの去年の木のところへまたかえっていきました。
ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。根っこだけがのこっていました。
「ここに立ってた木は、どこへいったの。」
と小鳥は根っこにききました。
根っこは、
「きこりが斧でうちたおして、谷のほうへもっていっちゃったよ。」
といいました。
小鳥は谷のほうへとんでいきました。
谷の底には大きな工場があって、木をきる音が、びィんびィん、としていました。
小鳥は工場の門の上にとまって、
「門さん、わたしのなかよしの木は、どうなったか知りませんか。」
とききました。
門は、
「木なら、工場の中でこまかくきりきざまれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ。」
といいました。
小鳥は村のほうへとんでいきました。
ランプのそばに女の子がいました。
そこで小鳥は、
「もしもし、マッチをごぞんじありませんか。」
とききました。
すると女の子は、
「マッチはもえてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプにともっています。」
といいました。
小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。
それから、去年の歌をうたって火にきかせてやりました。火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました。
歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました。それから、どこかへとんでいってしまいました。
新美南吉(1913~1943年3月22日)児童文学作家。愛知県知多郡半田町に生まれ、安城高等女学校の教員を亡くなる直前までの5年間務める。「北の賢治、南の南吉」と呼ばれ、教師を務め若くして亡くなった童話作家という共通点から宮沢賢治と比較される。賢治が独特の宗教観・宇宙観で語るのに対し、南吉は主観的・情緒的な視線で自分の周囲を見つめた。代表作に「手袋を買いに」「ごん狐 」などがある。
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by kirakuossan
| 2017-03-22 18:57
| 文芸
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