2016年 11月 22日
桜田門外ノ変 ⑩ |
2016年11月22日(火)
吉村昭著「桜田門外ノ変」
安政七年(1860)の新年を迎え、関鉄之介は高橋多一郎から次の書状を待った。そしてやがてその書状が届けられ、文面を眼で追ったあと胸の動悸が激しく高まった。そこには具体的な実行方法が、想像していた以上に綿密なものであった。それらには隠語が用いられていた。
一、斬奸期日、来月十日前後、但し、事情切迫の節は繰り上げることあるも、延期せず
来月十日前後が実行日ということは、あと二十日前後になる。鉄之介は体が熱くなるのを感じた。
一、有志が江戸に来るのは、来月上旬
一、星月夜よりの三千人は、ただちに花を守護すること
「星月夜」は薩摩藩、「花」は京のそれぞれの隠語で、薩摩藩兵三千が京に出勤することをしめしていた。
一、斬奸が成功した折には、一物(井伊大老の首)を南品(南品川)まで馬に乗った者が運び、それから舟で京へ送ること
一、浅カンヲンへ夜五つ時比百度参り。但し、カンと問えば、オンと受けること
浅カンヲンとは浅草観音で、毎日夜五つ(八時)頃、同志がお百度参りをしているようにみせかけて寺の境内に行き、水戸から江戸に出た襲撃参加予定者と待合わせ、連絡をとるようにする。その折、同志であることを互いに確かめ合う符牒として、「カン」と声をかければ、「オン」と答えるようにせよ、という取り決めであった。
一、夜間に待ち合わせ場所で会う時は同志であるのを確認するため、互いの提灯に桜の花を一輪印すこと
さらに、江戸へ出た襲撃参加予定者は、浅草観音は境内で待合せた後、市中に潜伏する場所が指示され、
一、清西は星月夜邸中へ潜む
として、高橋と金子が、江戸へ出た後、薩摩藩邸に潜伏し、そこで総指揮をとることも記されていた。
こういった条項につづいて従来の隠語では解読される危険もあるので新たな隠語を指示している。
例えば、
月・・・江戸
浦浪・・・井伊大老
両馬・・・安藤信睦
清狂・・・高橋多一郎
西遜・・・金子孫二郎
など。
襲撃に加わるのは有志五十人だとしているが、むろん、自分(鉄之介)は主要な一員として選ばれることはまちがいない。高橋と金子は全体を統率する指揮者だが、実際に二人の指令をうけて行動する同志は自分が中心になるはずだった。
手をたたき、妻のふさを呼んだ。
「酒だ。今夜は思いきり飲む」
ふさは、鉄之介の表情に喜ぶべきことがあると察したらしく、頬をゆるめると台所の方へ去った。
体にふつふつと熱いものが湧き、かれは大きく息を吐いた。かれの眼は行灯の灯に燃えるように光っていた。
しかしことはそうは順調には進まなかった。当初予定していた2月10日より大幅にずれることになる。
つづく・・・
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吉村昭著「桜田門外ノ変」
安政七年(1860)の新年を迎え、関鉄之介は高橋多一郎から次の書状を待った。そしてやがてその書状が届けられ、文面を眼で追ったあと胸の動悸が激しく高まった。そこには具体的な実行方法が、想像していた以上に綿密なものであった。それらには隠語が用いられていた。
一、斬奸期日、来月十日前後、但し、事情切迫の節は繰り上げることあるも、延期せず
来月十日前後が実行日ということは、あと二十日前後になる。鉄之介は体が熱くなるのを感じた。
一、有志が江戸に来るのは、来月上旬
一、星月夜よりの三千人は、ただちに花を守護すること
「星月夜」は薩摩藩、「花」は京のそれぞれの隠語で、薩摩藩兵三千が京に出勤することをしめしていた。
一、斬奸が成功した折には、一物(井伊大老の首)を南品(南品川)まで馬に乗った者が運び、それから舟で京へ送ること
一、浅カンヲンへ夜五つ時比百度参り。但し、カンと問えば、オンと受けること
浅カンヲンとは浅草観音で、毎日夜五つ(八時)頃、同志がお百度参りをしているようにみせかけて寺の境内に行き、水戸から江戸に出た襲撃参加予定者と待合わせ、連絡をとるようにする。その折、同志であることを互いに確かめ合う符牒として、「カン」と声をかければ、「オン」と答えるようにせよ、という取り決めであった。
一、夜間に待ち合わせ場所で会う時は同志であるのを確認するため、互いの提灯に桜の花を一輪印すこと
さらに、江戸へ出た襲撃参加予定者は、浅草観音は境内で待合せた後、市中に潜伏する場所が指示され、
一、清西は星月夜邸中へ潜む
として、高橋と金子が、江戸へ出た後、薩摩藩邸に潜伏し、そこで総指揮をとることも記されていた。
こういった条項につづいて従来の隠語では解読される危険もあるので新たな隠語を指示している。
例えば、
月・・・江戸
浦浪・・・井伊大老
両馬・・・安藤信睦
清狂・・・高橋多一郎
西遜・・・金子孫二郎
など。
手をたたき、妻のふさを呼んだ。
「酒だ。今夜は思いきり飲む」
ふさは、鉄之介の表情に喜ぶべきことがあると察したらしく、頬をゆるめると台所の方へ去った。
体にふつふつと熱いものが湧き、かれは大きく息を吐いた。かれの眼は行灯の灯に燃えるように光っていた。
しかしことはそうは順調には進まなかった。当初予定していた2月10日より大幅にずれることになる。
つづく・・・
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by kirakuossan
| 2016-11-22 06:44
| ヒストリー
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