2015年 12月 09日
漱石忌 |
2015年12月9日(水)
漱石忌
凩に裸で御はす仁王哉
明暗双双三万字
あなたがたから端書がきたから奮発してこの手紙を上げます。僕は相変わらず「明暗」を午前中書いています。心持ちは苦痛、快楽、器械的、この三つをかねています。存外涼しいのが何より仕合わせです。それでも毎日百回近くもあんな事を書いていると大いに俗了された心持ちになりますので、三四日前から午後の日課として漢詩を作ります。日に一つくらいです。そうして七言律です。中々出来ません。厭になればすぐやめるのだからいくつ出来るか分かりません。<略>
勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になる積りでしょう。僕もその積りであなた方の将来を見ています。どうぞ偉くなって下さい。しかしむやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。文壇にもっと心持ちの好い愉快な空気を輸入したいと思います。それからむやみにカタカナに平伏する癖をやめさせてやりたいと思います。これは両君とも御同感だろうと思います。
今日からつくつく法師が鳴き出しました。もう秋が近づいて来たのでしょう。
私はこんな長い手紙をただ書くのです。永い日が何時までもつづいてどうしても日が暮れないという証拠に書くのです。そういう心持ちの中に入っている自分を君らに紹介するために書くのです。それからそういう心持ちでいる事を自分で味わって見るために書くのです。日は長いのです。四方は蝉の声で埋まっています。 以上
八月二十一日 夏目金之助
久米正雄様
芥川龍之介様
漱石は最後の夏に弟子たちに手紙を書き送った。カタカナとは外国文学のことである。
凩に裸で御はす仁王哉
明暗双双三万字
あなたがたから端書がきたから奮発してこの手紙を上げます。僕は相変わらず「明暗」を午前中書いています。心持ちは苦痛、快楽、器械的、この三つをかねています。存外涼しいのが何より仕合わせです。それでも毎日百回近くもあんな事を書いていると大いに俗了された心持ちになりますので、三四日前から午後の日課として漢詩を作ります。日に一つくらいです。そうして七言律です。中々出来ません。厭になればすぐやめるのだからいくつ出来るか分かりません。<略>
勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になる積りでしょう。僕もその積りであなた方の将来を見ています。どうぞ偉くなって下さい。しかしむやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。文壇にもっと心持ちの好い愉快な空気を輸入したいと思います。それからむやみにカタカナに平伏する癖をやめさせてやりたいと思います。これは両君とも御同感だろうと思います。
今日からつくつく法師が鳴き出しました。もう秋が近づいて来たのでしょう。
私はこんな長い手紙をただ書くのです。永い日が何時までもつづいてどうしても日が暮れないという証拠に書くのです。そういう心持ちの中に入っている自分を君らに紹介するために書くのです。それからそういう心持ちでいる事を自分で味わって見るために書くのです。日は長いのです。四方は蝉の声で埋まっています。 以上
八月二十一日 夏目金之助
久米正雄様
芥川龍之介様
漱石は最後の夏に弟子たちに手紙を書き送った。カタカナとは外国文学のことである。
by kirakuossan
| 2015-12-09 07:37
| 文芸
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