2014年 02月 26日
音楽のロマン主義 |
2014年2月26日(水)
音楽のロマン主義。
ここではすべて個人の感情や、趣味や才能が、全然さえぎられるものなしに表現される。つまり作曲家の癖が強くでる。だから形式に支配された古典主義とは、理論的には対立するもので、古典主義の音楽が線的で、鮮明なのに対して、ロマン主義の音楽は色彩的であり、情緒的であり、主観的で空想的な要素の多い音楽である。
だから古典主義では、たとえばハイドンとモーツァルトは、生まれた年代からいっても24年もちがうのに、時には区別がつかないほど似かよっているが、ロマン主義時代の音楽では、ショパンとシューマンが同じ年に生まれた人であってもその音楽は全くちがうし、ショパンとリストはどちらも同じ時代のピアノ音楽家だったのに、どの一小節をきいただけでも区別が就くほどちがっている。
しかしこれは原則上の区別であって実際問題としては、古典主義の中にすでにロマン主義の要素があったし、ロマン派の作品の中にも古典的なものが多いのである。このちがった二つの要素は、どの時代にもあったもので、一つは過去につながりをもとうとする要素であり、一つは伝統の殻を破ろうとする要素のように思われる。
属啓成「音楽の歴史」より
今朝はまた寒い、と言うより冷たい。久々に早起きして大阪へ、年1回の人間ドッグだ。いつもこんなに早く起きてこのバスに乗っていたんだ。顔ぶれも随分変わった。
14階から望む大阪市街は霧、帰る11時近くになっても霧はまだ完全には晴れていなかった。
音楽のロマン主義。
ここではすべて個人の感情や、趣味や才能が、全然さえぎられるものなしに表現される。つまり作曲家の癖が強くでる。だから形式に支配された古典主義とは、理論的には対立するもので、古典主義の音楽が線的で、鮮明なのに対して、ロマン主義の音楽は色彩的であり、情緒的であり、主観的で空想的な要素の多い音楽である。
だから古典主義では、たとえばハイドンとモーツァルトは、生まれた年代からいっても24年もちがうのに、時には区別がつかないほど似かよっているが、ロマン主義時代の音楽では、ショパンとシューマンが同じ年に生まれた人であってもその音楽は全くちがうし、ショパンとリストはどちらも同じ時代のピアノ音楽家だったのに、どの一小節をきいただけでも区別が就くほどちがっている。
しかしこれは原則上の区別であって実際問題としては、古典主義の中にすでにロマン主義の要素があったし、ロマン派の作品の中にも古典的なものが多いのである。このちがった二つの要素は、どの時代にもあったもので、一つは過去につながりをもとうとする要素であり、一つは伝統の殻を破ろうとする要素のように思われる。
属啓成「音楽の歴史」より
今朝はまた寒い、と言うより冷たい。久々に早起きして大阪へ、年1回の人間ドッグだ。いつもこんなに早く起きてこのバスに乗っていたんだ。顔ぶれも随分変わった。
14階から望む大阪市街は霧、帰る11時近くになっても霧はまだ完全には晴れていなかった。
by kirakuossan
| 2014-02-26 06:35
| クラシック
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