2014年 01月 31日
『べルツの日記』 -5 |
2014年1月31日(金)
(出典:NHK)
ドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツは、草津温泉を再発見し、世界に紹介した人物でも知られる。
彼は来日早々から日本の温泉の存在を知り、温泉の効能を医学的にも注目していて、とくに高く評価したのが強い酸性で雑菌が繁殖しにくい草津のお湯であった。
ベルツは、この草津温泉を何よりも愛し、日本で29年間滞在したなかで、何度もこの草津を訪れている。その時定宿にした旅館「一井」、今も湯畑のまえに姿を見せる。ついでだがその隣にあるのが「山本館」といって、ここも雰囲気のある老舗の温泉宿である。(自分も一昨年、この宿に世話になった)
明治三十七年
九月十九日
朝四時半頃、軽井沢を出発。大抵の兵士たちがもう目覚めていて、井戸や小川で手水を使うのに忙しかった。誰もかれも、丹念に歯ブラシを使っていた。わが国でも、農村の若い連中は毎朝、口をすすぐが、歯を磨くかどうか?
軽井沢から草津への道程は四十二キロある。この道を何度歩いたことか!それなのに今日は、この道程が初めて辛くなりそうだった。そこで急に、五十五の年齢を意識するわけである。この道が苦しいのは、山を上ったり下ったりして通じているせいも確かにある。しかしながら、日本中枢の山々を経ての旅路は素晴らしく―先ず日本最大の活火山浅間山のふもとに沿って、起伏のある草原を越え、次に小さい峠を経てマツ林を通り、ささやかな温泉場小瀬に向い、それから五時間は無人の境を往くのであって、小さいマツが辛うじて命をつないでいる、荒涼とした赤い溶岩の原であるが、それを通り越すと、今度は、カシやクリの立木がある。広々とした緑野で、ここは、その小川や樹木と共に、雄大な公園としての理想的な風景を形作っている。これを取囲む右側の山々は、大小様々の森林を有する広大な芝生の観を呈しているが、左側ではきげんの悪い巨人浅間が、すさまじい煙の雲を大空に吐き出している。
草津には、無比の温泉以外に、日本で最上の山の空気と、全く理想的な飲料水がある。こんな土地が、もしヨーロッパにあったとしたら、カルルスバードよりもにぎわうことだろう。<略>
草津は狭い盆地にある。初めてこの地を訪れた者には、日本の町というよりは、むしろチロール地方の村落が念頭にうかぶ。風雨で黒ずんだ木造の二階家は、周囲に縁側をめぐらし、往来に面して、正真正銘の枠組の破風があり、張り出した屋根、屋根板の上のおもしなど、一般にこの国では極めて珍しい風景を呈している。町の真中には、湯気を立てて猛烈に臭う、硫黄を含んだ熱湯の大噴泉がある。
草津は、他のどこの温泉よりも、湯の温度が高く、入浴の度数が多い―摂氏四十六度ないし五十度で、毎日五回の入浴を通例とする。これを、少なくとも一ヵ月継続するのだ。凡そ二週間後には、大抵の入湯者の、皮膚の軟らかい箇所に、化膿性の発疹ができて、次第に広がってゆくが、これを「タダレ」と称する。それでもなお、入浴を続けなければならないのであって、これは、湯が強い酸を含んでいるため、苦痛である。引き続き入浴するうちに、発疹は再び良くなるが、後に患者が帰途、沢渡のアルカリ性の温泉で三、四日入浴すると、あらゆる痛みと烈しいかゆみが治まり、発疹はしごく簡単にいえてしまう。
おしまい。
ドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツは、草津温泉を再発見し、世界に紹介した人物でも知られる。
彼は来日早々から日本の温泉の存在を知り、温泉の効能を医学的にも注目していて、とくに高く評価したのが強い酸性で雑菌が繁殖しにくい草津のお湯であった。
ベルツは、この草津温泉を何よりも愛し、日本で29年間滞在したなかで、何度もこの草津を訪れている。その時定宿にした旅館「一井」、今も湯畑のまえに姿を見せる。ついでだがその隣にあるのが「山本館」といって、ここも雰囲気のある老舗の温泉宿である。(自分も一昨年、この宿に世話になった)
明治三十七年
九月十九日
朝四時半頃、軽井沢を出発。大抵の兵士たちがもう目覚めていて、井戸や小川で手水を使うのに忙しかった。誰もかれも、丹念に歯ブラシを使っていた。わが国でも、農村の若い連中は毎朝、口をすすぐが、歯を磨くかどうか?
軽井沢から草津への道程は四十二キロある。この道を何度歩いたことか!それなのに今日は、この道程が初めて辛くなりそうだった。そこで急に、五十五の年齢を意識するわけである。この道が苦しいのは、山を上ったり下ったりして通じているせいも確かにある。しかしながら、日本中枢の山々を経ての旅路は素晴らしく―先ず日本最大の活火山浅間山のふもとに沿って、起伏のある草原を越え、次に小さい峠を経てマツ林を通り、ささやかな温泉場小瀬に向い、それから五時間は無人の境を往くのであって、小さいマツが辛うじて命をつないでいる、荒涼とした赤い溶岩の原であるが、それを通り越すと、今度は、カシやクリの立木がある。広々とした緑野で、ここは、その小川や樹木と共に、雄大な公園としての理想的な風景を形作っている。これを取囲む右側の山々は、大小様々の森林を有する広大な芝生の観を呈しているが、左側ではきげんの悪い巨人浅間が、すさまじい煙の雲を大空に吐き出している。
草津は狭い盆地にある。初めてこの地を訪れた者には、日本の町というよりは、むしろチロール地方の村落が念頭にうかぶ。風雨で黒ずんだ木造の二階家は、周囲に縁側をめぐらし、往来に面して、正真正銘の枠組の破風があり、張り出した屋根、屋根板の上のおもしなど、一般にこの国では極めて珍しい風景を呈している。町の真中には、湯気を立てて猛烈に臭う、硫黄を含んだ熱湯の大噴泉がある。
おしまい。
by kirakuossan
| 2014-01-31 19:46
| 人
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